君にエールを

@aoitori21

第1話

彼女とのデートには、いつもビールがあった。


僕も彼女もビールが好きで色々なビールを分けっこしながら飲んでは感想を言い合っ


ていた。それが僕にはたまらなく楽しかった。


ドイツのヴァイツェンやイギリスのエール、日本の物ではいろいろなクラフトビール


を飲んだと思う。


彼女は、しっかりと人の目を見て話しをする人だ。


見つめ合うというわけではないが、俯いて話をしたり、よそ見をしたりしながら話す


人が多い中で、僕にとっては魅力的だった。


1回目と2回目のデートは食事に行ってからBARにいった。ビールが好きだという


彼女に合わせて1回目のデートではドイツ式のビアホール。


2回目はクラフトビールが飲める大衆居酒屋。


BARは1回目も2回目も同じ、僕らのような若造には不似合いなオーセンティックバー。


正直エスコートは下手だったし、BARというのもかなり背伸びで、傍から見れば滑


稽だったろう。反省点などいくらでも出てくる。


2回目のデート以降、メールの返事は遅くなり、また淡白になった。


でも、当時の僕は、彼女は元々返信が遅くなりがちになることが原因だろうと簡単に


片づけてしまった。いや気付かいなフリをしたのだろう


実は3回目のデートの最後、告白しようとも思っていた。デートの最後に一言「好き


です」と。その時に付き合おうとは思っていなかった。ただ、好きだと思っているこ


とは伝えよう。それでデートに応えてくれれば…とモテない男のお手本のようなこと


を考えながら。


3回目のデートはというと、情けないことに手もつなげなかった。もちろんつなごう


とはした。ただ彼女の雰囲気がそれをさせなかった。少し拒んでいる。彼女と僕の数


㎝の距離に確かにそんな空気があった。世の中のモテる人たちはそこで行動に移すの


だろうが、僕にはできなかった。「付き合う前からは嫌だと思っているんだろう」と


自分に言い聞かせていた。都合のいいように。


映画を観て、映画館の近くの動物園に行った。ここでは少し打ち解けていたような気


がする。パネルに書かれた動物の説明を観ながら2人で動物をみた。お土産屋さんの


ぬいぐるみでじゃれたりもした。シロクマやペンギンのショーも見た。その時には少


し彼女と近付けた。


「何か食べて行こっか。」


彼女が言う。少し歩いて店を探し、結局ま今までの2回と同じ、ビールのお店に入っ


た。正直ぼくは嬉しかった。元来ビールは好きだし、彼女とのルーティーンになった


ような気がしたのだ。その日の彼女は仕事の愚痴を少しこぼしていた。過去2回には


ないことで、それも僕にとっては喜ばしいことだった。


このまま、告白してしまおうか。店の中はマズい。雰囲気がない。じゃあ、帰り道。


考えているうちに駅までついた。結局言えなかった。代わりに別のことを聞いた。


「僕といて、楽しい?」


心からの疑問だった。淡白になったメールと裏腹に会ってデートをすると楽しい、う


れしい反応が来る。だけどその中に不安な空気も感じられる。そんな状況をハッキリ


させたかった。


「楽しくないと、会わないよ。」 


そんなようなことを言われたと思う。


正直この言葉をなんととっていいのかは分からなかった。


どこがと言われると困るが、安心できる言葉ではなかった。


もちろん、ショックを受ける言葉ではない。


だけど、きっと含みをもたせているのだろうということはわかったような気がした。


帰りの電車で、「今日は楽しかった。」とメールした。


返信は2時間後、「こちらこそ、おやすみ」

 

淡白だと思ったが、それにも見ないふりをした。


「明日も仕事だから。疲れているのだろう。」


そう思うことにした。

 

数日が立ち、今まで見ないようにしていたことが不安に感じられてきた。


実は初めから脈などなかったのではないか。


断りづらく、ズルズルとあってくれているだけではないか。


そんなようなことを思うようになっていた。

 

メールを送りたい。だが、またどうせ淡白に返され終わってしまう。


それはきっと彼女にとって迷惑だろう。でも、話がしたい。


どんな話かも決まっていないが。そんなことを考え一人悶々としていた。

 

そんなある日、お酒の力も借り、やっとの思いで


「今度、また遊ぼうよ」とメールを打つ。


「きっとこのまま返信は来ないだろう。何もかも無かったことにされる。今までそんなことが無かったわけじゃない。」


酒も周り、この日はそのまま寝てしまった。


深夜、ふと目が覚めた。何気なくケータイを開く。


携帯のまぶしい画面には、2時過ぎを知らせる時刻と彼女からのメール。


「実は、数日前に彼氏ができて、もうお友達としてしか会えないんだけれど、それでもいい?」


予想はしていた。だが、やはり面食らう。失恋の経験が全くないわけじゃない。


でもやはり、3回デートした相手から聞かされる「彼氏ができました」という報告は、十分に僕の心をかき乱した。


なんて返信するべきか、わからなかった。


これが付き合っている人ならば、「浮気だ」と怒っていいものなのだろうが、僕らは付き合っているわけではない。


彼氏彼女として交際しているわけではないのだ。だから僕に怒る資格はない。


彼女が僕以外の男性とデートしているということは薄々わかっていたことだ。


それに、怒るというような感情は沸いてこない。


ただただ残念で仕様がない。


「そうなんだ、おめでとう。」


そんなことを文頭に書いただろうか。


自分が振られて、(いや振られてすらいないのだが)おめでとうとは…


と自分でも思った。少し、笑えた。

 

「お友達でも君が会ってくれるのはうれしいけど、それは相手の人に申し訳ないよ。」


精一杯の強がりだった。


本当はそれでも会いたい。


「会い続けていればチャンスが巡ってくるのではないか。」


そんなことを考える自分が、ひどく情けない。


精一杯強がって、最後に一言「ごめんね」と付けてしまった。


不要な謝罪だ。


「謝るのは、私の方だよ、ごめんね。」


そんな返事を期待してしまった。汚い手段でと自分でも思う。


彼女からの返信は来ない。


既読にはなっているので見てはいるのだろう。


どういった気持ちで返さないのかはわからない。


もうこれで終わりにしようとしているのか。


返信に悩んでいるのか。


案外「終わった終わった。清々した。」と思っているかもしれない。


どう思っていようが構わない。考えても苦しいし、確かめるすべもない。


心のモヤモヤを晴らすために、文章にしようと思い立ち、キーボードを叩いている。


思いつくままに書くので読みづらいと思うが、勘弁してほしい。


誰に向かって書いているわけでもないのだから。


いま、原稿用紙で八ページ目まで来ている。


段々と気持ちも収まりつつあるので、少しだけきれいな心で言えそうだ。


「末永く、お幸せに。少しだけざわつく心と共に、できるだけ遠くから君の幸せを祈ります。僕の知らないところで、幸せになってください。受けてくれる相手はいないけど、君の幸せに、乾杯。」

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