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「さっきも言ったけど、私って一応モデルでしょ?」

「そうだな」

「他の子に比べて自分が可愛いって自覚もあるし、実際男子の目から見ても私って可愛いよね?」


 それを普通に言えるあたり、さすがモデルだなと思わざる終えないが、概ね事実なので「そうだな」と頷いておく。


「だからなんだけど、入学してすぐに3年に告白されたんだ」

「頭大丈夫かそいつ?」


 一目惚れして即告白とかフットワーク軽すぎて綿毛レベルだわ。


「チャラチャラした人だったし、たぶん結構遊んでるタイプの人だと思う。すごく軽薄だったの覚えてる」


 よくいるナンパ野郎と同じってことか。まあこれだけ可愛ければ、早々に目をつけられてもおかしくないか。


「その人以外からも、とりあえずその日は3人くらいだったかな……もうあんまり覚えてないけど、告白されて」


 告白なんて、俺からしたら一大イベントの一つに数えられるわけだけど、住む世界が違うだけでこうも変わるものなのか。1日に3人とか、どうなってんだよ。ラブコメのヒロインかこいつは。


「そういうのが、え~……っと」


 また人差し指を唇に当てて考え出す。もう片方の手で指折り数えながら「4ヶ月くらい? 夏休みの間はなかったからよかったけど、9月に入ってもほぼ毎日告白されてるね」と当たり前のように述べた。


 ……さすがにそれは男子たちがバカなのではないか?

 いくらなんでもそれだけ拒否していれば、鷺沼を落とすのは難しいと噂が出回ってもいいと思うのだが、それすらなく今だ告白が絶えないなんてあり得ないだろう。


「さすがにおかしいとは思ってね。友達に聞いたら、なんでも誰が私を落とせるか、みたいなゲームが流行ってたみたいでね。簡単な話、遊ばれてたみたいなの。私がモデルをやってたこともあってか、面白がってるみたい」

「……なんだそれ」


 自然と眉間にシワが寄る。

 胸くそ悪い話だ。つまりその告白してきた男たちは、鷺沼に好意を持っている訳じゃないのに告白してきたのか。それで鷺沼を困らせてるんだろ? ふざけるなよ。

 ふつふつと怒りが混み上がってきたが、とうの本人は変わらず話を進める。


「中には本当に告白してくれた人もいるかもしれないけど、残念ながら私は男の人を異性として好きになったことはなくてさ、告白されても断ろうとは思ってたの。でもね……さすがにもう面倒かなって」


 そりゃあそうだ。感じが違うから分かりにくいが、これは虐めと変わらない行為だ。それを今まで我慢してただけでも、鷺沼は凄いと思う。


「だから、そこであなたというわけ」

「……ああ」


 ここに来て、ようやく話が繋がった気がした。ようはあれか、俺に彼氏のフリをしてもらって、その告白ゲーム自体をなくそうとしてるのか。


「わかった?」

「理由はわかった。そういうことなら、別に構わない」


 あまりにもあっさり承諾するものだから、鷺沼は少し驚いた様子だった。


「え? そんな二つ返事でいいの?」

「いいもなにも、別に本当に付き合う訳じゃないんだろ?」

「さっきはあんなに渋ってたのに」

「さっきは話の意味がわからなかったからだ。今ならなんでお前が、俺に告白紛いのことをしたのかわかるから。それだったら力になれる」

「……ちょっと意外だったかも」

「何がだ?」

「あなたって、人に興味はないと思ってたから」


 その言葉に、目を見開く。よく見ているというかなんというか。


「別に興味がない訳でもないし、助けを求めるなら助けるだけだ。でもクラス違うのに、よく見てるな」

「教室の外からでも見えるよ。窓際の一番前の席。いつも休みの時間は外をボーッと眺めてる」


 本当によく見てる……いや、さすがに観察し過ぎじゃないか?


「まあ……だからあなたにしたんだけど」

「元から俺にしようと思ってたのか? いや……てか、さすがにそれはそうか。適当な奴捕まえて告白なんかできないもんな」


 言っていて勝手に納得した。いくらこいつの考えが普通よりズレていても、危機管理能力はあるだろう。モデルで女子だ、逆に持っててもらわないと困る。


「うん、私の理想にピッタリだった。あなただったら告白しても大丈夫って思った。ただ説得は難しいと思ってたけど……」


 もしかして、そう思ってたから断りにくいシチュエーションを組んだのか? ほんと強かだなこいつ。


「彼氏のフリぐらいだったら、まあいいよ。ただ……これから目はつけられそうだが」


 こいつの告白を受けるとなると、俺と鷺沼が付き合っていることは公にしないといけない。そうでないとフリとはいえ付き合う意味がないし、ゲームと称して告白してくるやつを抑制できない。


「そうだと思う。だから契約なの」

「あくまでもビジネス……みたいなことなのか?」

「うん。だって、この条件だったら無条件に私に利益があるでしょ? 別に好きでもない人に気持ちを割くなんてしたくないと思うし、私ばかり得になってもしかたがない。あなたにもメリットを提供しないと」

「なるほどね」

「その方が色々と楽かなと思って。契約自体に不満とかだったら別にいいけど。そうなったら私は、あなたのそんな優しさに漬け込むだけだし」


 本気で言ってそうだ。もらえるものは何でももらおうの精神なんだろう。でなきゃ、芸能界ではやっていけないのかもな。


「とりあえずわかったよ。ただ契約っていう話しなら、条件はあるんだろ?」

「うん。私があなたに求めることと、あなたに提供するメリット。併せて3つほど、考えてはいるよ」


 指を三本立てて、鷺沼は俺に示す。


「まず1つ。契約期間中はフリとはいえ私の彼氏として振舞うこと。もちろん二人っきりの時とかはその限りじゃないけど、せめて誰かの目があるときは、彼氏らしく振舞ってほしいかな。もちろん私も、彼女として振舞う」


 まあ、それは想定内。彼氏のフリをする上で、ただ隣に立ってればいいだけなんて思っていない。それじゃあただの男友達と思われてもおかしくないからな。


「次に、キスとハグまでだったらOKとする」

「ぶっ!」


 まさかの規約に吹いてしまった。


「汚いな~」

「お前が変なこと言うからだろ!」


 いくらフリとはいえ、キスを許容するのはどうかと思うぞ。もっと自分の体を大切にしてほしい。


「ことと次第によってはキスはありだと私は思うよ。だってそれをすれば、一発で私たちが恋仲だってわかるんだもん」


 確かに合理的な解釈だが……。

 ジッと彼女の顔を見る。そして自分と彼女がキスをしている姿を想像して、顔が熱くなる。恥ずかしさと緊張から変な汗が背中に流れる。


「ひとまず、キスは置いておこう。極力、しなくていいならそれにこしたことはないだろ」

「私はそれでもありがたいけど。もしもの時は、していいからね」

「……わかった」


 しないことを祈ろう。


「それ以上はなしだからね」

「重々承知だ!」


 そもそもする根性がねぇよ!


「最後に、これが一番重要かもしれないな」


 鷺沼は一呼吸おいてから「別れたかったら別れていいからね」と、どこかさみし気な雰囲気を醸し出しながら、そう口にした。

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