第6話 若社長宅でゲーム!

 前回までのあらすじ。

 社長に社長室に連れ込まれた。

 私は社長にとうとう告白した。

 社長の家に行くことになった。

 

 社長の住む家は、二階建ての一軒家だった。

 デザイナーズハウスっていうのかな、普通のファミリー向けの一軒家とは一線を画しているけれど決して個性的すぎない外観の、藤井社長らしさが表れた家だった。

 藤井コーポレーションを退勤した私たちは、乗ってきた車を一階部分の車庫に停めて、私は助手席から、社長は運転席から降りる。

 私は社長の家を見上げてぼうっとしていた。大きな家だ。

 社長は私の手を取り、「どうぞ、お上がりください」と玄関へ導いた。

 「すみません、一人暮らしなもので、スリッパなどの用意はないのですが」

 「ああ、いえいえ」

 もともと家の中でスリッパを履く習慣のない私は格段気にしなかった。靴を脱いで社長の家へ上がる。

 玄関は二階まで吹き抜けになっていて開放感がある。

 「立派なおうちですねえ」

 もうそんな感想しか言えない。頭がうまく働かない。

 だって、私が、夜に、社長の家に来てるって。夢かな? それとも幻覚かな? 目が覚めたら病院のベッドの上とかそういうオチじゃないかな?

 「二階に行くので、ついてきてください」

 社長がまた私の手をとって導いてくれる。

 私が転ばないように、二人でゆっくりと階段をのぼり、廊下を歩くと、目当ての部屋の前で社長が立ち止まった。

 「この部屋を、ぜひ能登原のとはらさんに見てほしくて」

 社長はガチャ、とドアを開けた。

 「――わぁ……!」

 私は思わず歓声を上げた。多分、今の私、目が輝いていると思う。

 大画面のテレビとソファがあるところまでは普通の部屋だが、両脇の壁ぎわにガラスケースが置かれ、一昔ひとむかし以上前のレトロゲーム機から先月発売されたばかりの最新ゲーム機まで、歴代のゲーム機がずらりと並んでいた。発売中止になって今はもう入手がほぼ不可能なレアゲーム機まである。壁には仕切りが埋め込まれていて、その中にそれぞれのゲームソフトが並んでいて、まるでゲームの博物館だ。

 「わたくしが集めたゲームコレクション部屋です」

 社長は誇らしげに胸を張る。

 「すごい! すごいですね! これ全部おひとりで集めたんですか!?」

 「秋葉原の店を渡り歩いてすべて自力でかき集めました」

 「すっごーい!」

 私は尊敬の眼差しで社長を見た。いま多分キラキラ出せてる。

 「このすごさがわかる女性は能登原さんくらいでしょうね」

 社長は淋しげな笑顔を浮かべる。

 「わたくしの趣味を女性に話すと、みんな不可解な顔をするのです。『見た目のイメージと合ってない』とまで言われてしまって……だから男性社員とつるんでいるときだけが本来のわたくしなのでしょうね」

 見た目のイメージと合ってない、なんて、ひどい話だ。社長は好きで乙女ゲーの攻略キャラみたいなイケメンに生まれたわけではない。

 「でも、能登原さんだけが、わたくしを理解してくれて、嬉しかったんです。この部屋を見せたら、きっと喜ぶと確信していました」

 信頼されていたのはすごく嬉しい。

 「あっ、しかもテレビ台の上にあるのって……アンゴルモア!? ダンガンビートルやジャスティスビートルまで!? 社長もプラモ作ってたんですね!」

 やっと合点がいった。社長がジョイントの部品をみただけでアンゴルモアと分かったのは、社長自身が組み立てていたからなのか。

 ちなみにダンガンビートルは主人公の操る機体で、覚醒するとジャスティスビートルに姿を変える、というアニメ上の設定である。

 「『ダンガンロボッツ』のプラモデルは初心者でも作りやすく出来ているのが素晴らしいですよね」

 「わかります! 切り離すのも組み立てるのも簡単で、私あんまり器用なほうじゃないんですけど、それでも作れちゃうからすごいですよね!」

 思わずプラモデルの話が白熱してしまう。

 「プラモの話ももう少し続けたいんですが……能登原さん、良かったら一緒にゲームして遊びませんか?」

 せっかくゲーム部屋に招待しましたし、と社長は微笑む。

 「あっ、そうですね! うーん、どれをやろうか迷っちゃいますね……」

 私はゲーム機の並べられたガラスケースを眺めながら、うんうんと悩む。

 「よろしければ、『ファイナルファイターズ』なんていかがでしょう」

 社長はガラスケースから、先月発売されたばかりの最新ゲーム機と、壁に置かれたゲームソフトを取り出す。

 「『ファイファイ』、もう買ったんですか!?」

 私は驚いた。このゲーム機もゲームソフトも人気すぎてどこの店に行っても売り切れ状態である。

 「ゲーム機本体とソフトをセットで予約したんですよ」

 社長は私の反応を楽しむようにニコニコと笑っている。

 「わー、私このゲーム機本体すらまだ買えてないんですよ! 是非やりたいです!」

 「ええ、是非やりましょう」

 そう言って、社長はゲーム機のセットを始める。

 社長と一緒にゲーム! しかも『ファイファイ』の最新作!

 私は率直に言ってわくわくしていた。

 スマホのカードゲームをするのも楽しかったが、テレビゲームはまた違う魅力がある。スマホゲーには『ファイファイ』ないし。

 なにより、社長と一緒にゲームをするのはとても楽しい。社長は決して手加減をするような接待プレイはしないけれど、それは私を対等なプレイヤーとして見ているということだ。そんな強敵を相手に知恵を絞り、引き運と手札を武器に立ち向かうのはワクワク感があった。それでもなかなか勝てないけれど、そもそも目の前に相手がいる状態で対戦ができる事自体がひとりぼっちだった私にとってはかけがえなく楽しい。

 社長が『ファイファイ』でどんなキャラを使うのかも興味があった。

 私は社長から手渡されたコントローラーを握り、胸を高鳴らせながら大きなテレビに映るゲーム画面を見つめるのだった。

 

 ***

 

 「……あの、社長」

 「なんでしょう、能登原さん」

 「この体勢、社長はテレビ見えてます?」

 この体勢、というのは、私と社長の今の位置である。

 私たちはソファに座っているのだが、社長は私を後ろから抱きしめるように私の前に手を回してコントローラーを握っている。なん……なんなのだ、これは。

 「わたくしのほうが身長も座高も高いので大丈夫です、ちゃんと見えておりますよ」

 「ならいいですけど……」

 いや、良くないけど。社長がぴったり背中にくっついている。あまりに距離が近すぎて落ち着かない。距離が近いというかもはや密着している。社長の美しい顔が見えていないからまだ我慢はきくけども。っていうか、これ社長は私の頭でコントローラー見えないと思うんだけど大丈夫かな。まあやり慣れてればコントローラー見なくてもだいたい操作はできるけど。

 テレビの大画面にはキャラクター選択画面が表示されている。私は歴代の『ファイファイ』でずっと使っていた女性キャラを選ぶ。社長はゴリラのようにゴツい男性キャラを選んだので意外だな、と思った。社長の細身で少女漫画のキャラクターみたいに繊細そうな見た目からは想像もつかないキャラ選択だ。

 『ファイファイ』は最大四人まで遊べる格闘アクションゲームだ。使うキャラとステージを選び、ステージを駆け回りながら相手キャラを攻撃してステージから落とすか、画面外に吹っ飛ばせば勝ち。

 「チーム戦にしましょう」という社長の提案で、私と社長、対CPU二体の二チームに分かれて対戦することになった。CPUの強さは私が初めて最新作をプレイするということでお試しで最弱にしてある。

 ステージを選ぶとゲームが始まった。ゲーム画面に『Are You Ready?』という文字が表示され、キャラクターがステージに配置される。

 『...Fight!』

 その文字を合図に、CPUが私と社長に向かってくる。でもレベルは最弱にしてあるから私でも対処できる。『ファイファイ』はどのシリーズもだいたい操作方法は変わらない。最新作でも問題なく操作できるようだ。私は敵に軽くジャブを食らわせる。

 二人の敵のうち一人を食い止めたが、もう一人は私をジャンプで飛び越えて、社長のほうに向かっていく。だが、社長のファイターは微動だにしない。

 「社長? 敵来てますよ?」

 敵が社長にパンチする。社長のファイターがのけぞり、ダメージが蓄積されていく。しかし社長は動かない。――社長の顔が、私の頭に押し付けられていた。

 すうっと社長が息を吸うのが聞こえる。私の髪の匂いを嗅いでいる、と気づくのに時間はかからなかった。

 「あの、しゃちょ、社長」

 「能登原さん、前から思ってましたけど、いい匂いしますよね。シャンプーは何をお使いなんですか?」

 「……えっと、『デュエット』っていうやつですけど」

 スーパーで特価でワゴン売りされてるような安物だ。社長なんかとは縁がなさそうな庶民のシャンプーを、いい匂いだなんて褒め過ぎだろう。

 好きな男性に髪の匂いを嗅がれているという状況に混乱していると、うなじにチュ、チュ、と柔らかいものが当たる。

 「ひえっ、」首元がゾワッとして、思わず悲鳴が出る。

 「ふふ、お可愛らしい」

 どこがーッ!?

 背後から社長に好き放題されて、私のファイターの操作も危うくなる。

 「しゃちょ、社長! ステージから落ちちゃいますから、」

 「スバル」

 「え?」

 「スバル、とお呼びください。ここは会社じゃないんですから」

 「いや、そんなこと言われても、」

 口答えすると、今度はペロッ、とうなじを舐められる。

 「ギャーッ!?」

 あ、操作を間違えて私のファイターがステージから落ちる。

 ジャンプ! ジャンプしないと! でもコントローラーを持つ手が震えて上手く操作できない。

 社長のファイターはすでにステージの画面外に吹っ飛ばされていた。

 「あーっ! 社長! 困ります社長アーッ」

 私の叫びが部屋に響き渡ったが、部屋が防音になっているので外には聞こえなかった。私のファイターは無事退場した。

 こうして、私と社長のチームは最弱のCPUに負けたのである。

 「ああ、もう終わっちゃったんですか。ではそろそろお風呂に入りますか。こずえさんお先にどうぞ」

 「えっ?」

 シャワーを浴びていけと? たしかにもう夜も更けているけど。

 「今夜は寝かせませんよ?」

 社長が目を細めながら言った、その発言が衝撃すぎて、「こずえさん」とナチュラルに呼ばれていることなど頭から吹っ飛んだ。

 いわゆるお泊まりコースである。

 

 ***

 

 本当に寝かせてもらえなかった。

 と書くとつやっぽい想像をする読者もいるかもしれないが、その実情はお色気とはほど遠い。

 交代でシャワーを浴びたあと、ふたりで『浦島太郎鉄道』の百年モードを夜通しプレイしたのである。

 『浦島太郎鉄道』はいわゆるすごろくゲームだ。サイコロを回して日本全国を旅して、途中の駅で物件を買い占めつつ、他の人に貧乏神を押し付けあいながら目的地を目指す。

 十二ターンで一年。それを百年続ける。そりゃ夜も明ける。

 このテレビゲームをしているときも『ファイファイ』と同じ体勢で、社長――いや、スバルさんはずっと髪の匂いを嗅いでいた。

 「この、こずえさんがわたくしと同じ匂いをさせているというのはいいですね。わたくし色に染めている感じがします」

 などと言われて、私は背筋がゾクゾクするのを感じながら必死にテレビ画面に集中していたのである。

 それでもスバルさんはめちゃくちゃ強い。百年終えたあとにはスバルさんが私と二人のCPUをおさえて一位を獲得していた。

 「スバルさんって弱点とかないんですか……?」

 「おや、わたくしに興味ありますか?」

 スバルさんは私がやっと名前で呼んでくれたことに上機嫌である。

 「そうですね……料理が苦手です。食材を黒焦げにしたり……家族からは『お前は家政婦かシェフを雇え。絶対に包丁を持つな』と言われております」

 「そんなに……?」

 いわゆる料理下手か……。

 「今日は家政婦さん来てないみたいですけど」

 「こずえさんが作ってくれたら嬉しいなー、と」

 おいおい、私も料理下手だったらどうする気だったんだ。すごい賭けをする人だな。

 私は料理ができないわけではなかったが、スバルさんの舌に合うだろうか、とものすごく不安だった。

 ふたりで一階の食堂に下りて、とりあえず簡単なものを、と、冷蔵庫の中を失礼ながら拝見させてもらって、フレンチトーストを作った。朝だし。

 スバルさんの反応が不安要素だったが、「美味しいです」とパクパク食べてくれて安心した。

 今日は日曜日である。会社は休みだ。今日一日はゆっくりできる。

 「ふわぁ……」

 私がフレンチトーストを食べながらあくびをすると、スバルさんがくすっと笑う。

 「おねむですか? わたくしもそろそろ眠くなってきましたので、一旦休んでいってください」

 朝食を終えて片付けてから、社長は私の手を引いて再び道案内をしてくれる。

 「たまに家族が泊まっていく用の客間なんですが、よろしければお使いください」

 ――家族以外でわたくしの家に訪れたのは、こずえさんが初めてなんですよ。

 スバルさんはそう言って、いたずらっぽく笑った。

 私が、初めて。

 眠いのもあって、なんだか夢を見ているような気分で、その言葉を反芻はんすうする。

 「ゆっくり休んでいってくださいね」

 スバルさんにベッドまで導かれ、私はそのままベッドに入る。

 「おやすみなさい。またのちほど」

 そう言って、スバルさんは私のまぶたに唇を落として、部屋から出ていった。

 ――結局、スバルさんは私に手を出さなかったな。

 うとうとしながら、私はそんなことを思う。

 うなじを舐められたりはしたけど、てっきりそういう艶っぽいイベントが起こって朝チュンすると思ってた自分が恥ずかしい。

 スバルさんってけっこう無欲な人なんだろうか。

 いや、自分にそういう色気というか魅力がないのは知ってたけどさ、と思いながら目を閉じる。

 寝不足の私はすぐにストン、と眠りに落ちた。

 

 ***

 

 目が覚めて、ベッドのそばの置き時計を見たらお昼時だった。

 思ったよりは早く起きれたな、と思う。

 食堂に行くと、スバルさんは先に起きていて、コーヒーを淹れているところだった。

 「あ、こずえさん。おはようございます」

 「おはようございます……」

 「まだ少し眠そうですね。――どうぞ」

 むにゃむにゃした喋り方になっている私に微笑みかけながら、スバルさんは私にマグカップを渡した。

 「砂糖とミルクは入れますか?」

 「いえ、このままで大丈夫です」

 私はちびちびと熱いコーヒーを飲む。苦い、けど我慢できる苦さだ。いい眠気覚ましになる。

 お昼はチャーハンを作った。仮にも大企業の社長相手にこれは流石に冒険しすぎたかと思ったが、スバルさんは美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくれた。優しい。

 そのあとはスバルさんの家でダラダラと過ごした。『ミスター・マリモレーシング』というレーシングゲームをしたり、『ダンガンロボッツ』や他にふたりが共通で見ているアニメの話をしたり、プラモの話をしたり、いろいろ。

 男性的な趣味の中でも、大きく分けてアウトドア派とインドア派がある。私とスバルさんはふたりともインドア派だった。それこそ家に引きこもってプラモを作ったりテレビゲームをしたり、そういったことだ。私は外に連れ回されたりスポーツをしたりといったことは苦手だったので、スバルさんが同じインドア派だったのは助かった。

 夕方頃、スバルさんは車で私を家まで送り届けてくれた。一度飲みに行って代行運転で帰った時、私の家をしっかり覚えたらしい。何も言わなくてもスムーズに着いた。

 「お世話になりました」

 私は車を降りて、運転席に座るスバルさんにお礼を言う。

 「ええ、また明日、会社で。――こずえさん」

 スバルさんが運転席のドアを開ける。

 なんですか、と訊く前に、唇をふさがれていた。

 「――楽しい時間を過ごさせていただきました。それでは」

 顔を真っ赤に染めた私を置いて、スバルさんはにっこり笑って運転席に戻り、颯爽さっそうと走り去っていった。

 ……もう、もう……!

 私はたちの悪い男を好きになってしまったと、赤いほほを押さえるのであった。

 

 〈続く〉

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