第八.五章 (事後処理)

第40話 その一

 ベバードの灯りが眼下に見える山の頂上。それ以外、何の特徴もない場所に男が二人立っていた。

 一人は白い仮面で顔を覆った「盟主」と呼ばれている男。そしてもう一人は白髪のジャミルだ。


「どうやら残りのデスナイトも捕縛されたようだ」

 盟主がそう言うと、ジャミルは悔しそうに応える。

「申し訳ございません……私の指示が悪かったばかりに……」

「……そうだな。情報がなければ、『勇者』とて、あんな迅速には動けなかっただろう……もっと大きな被害をこの街にもたらせた筈だった……」

 今回、事件を起こした目的はいくつかあった。

 まず一つ目は、「死の螺旋」の実験。これまで死の螺旋はアンデットの発生が多い地域でしか成功しないとされていた。負の力が大量にあるからこそより強いアンデットが生まれてくる。そういった場所でなければ死の螺旋は起きないと考えられていたのだ。

 今回はアンデットの発生が確認されていない場所でも、大量にアンデットを召喚すれば、死の螺旋につなげられるか? そういった実験だった。

 そしてそれは成功した――千体規模の抵位アンデットを一度に召喚すれば、死の螺旋までつなげられる。

 それがわかったのは大きい。今後、条件さえ揃えば、何処でも死の螺旋の魔法儀式が行えるのだ――例えば、王国の都、リ・エステーゼでも。

 二つ目はベバードに大きな損害を与えること。都市国家連合は様々な国や街と交易を行っている。この国でしか産出しないモノも多い。そしてその貿易は全てこの街を通っている。この街が機能しなくなれば、各国の生活に様々な支障を来たす。民に不安や不満が募れば煽動もやり易くなる。そういった思惑だ。

 しかし、それは失敗に終わった。街に多少の損害を与えられたようだが、街の機能を破壊したとまではいかない。これだと、世論的には、辺境の国で起きたテロ事件としか映らないだろう……デスナイトが四体出没したにもかかわらず――だ。

 実は三つ目、四つ目の目的があったのだが、二つ目を阻止された時点で、既に論じるに値しなくなった。

 そして、人的被害も起きた。

「ジャミル。何人捕まった?」

 盟主がそう尋ねると、ジャミルは「間者が三人――」と答える。

 組織の間者は、特殊な訓練を受けた魔導士達である。衛兵レベルでは捕獲するのは無理だ。おそらく何かしら対魔術的なアイテムが使われたのであろう。

 修練を重ねた間者は組織にとって貴重な存在だ、それを失ったのは痛い。

 そればかりでない。間者はいくつか組織の秘密を知っている。

「情報が漏れる可能性はないか?」

 盟主はそれを恐れていた。情報は一度漏れてしまうと奪い返すのは不可能だ。何としてもそれだけは阻止する必要がある。

「それについては心配に及びません。間者には囚われた場合、自殺するよう真相心理を植え付けてあります」

「……そうか」

 盟主は安心したようには見えない。むしろ、それを聞いて自分のミスを悔やんでいるように思えた。

 盟主には崇高な目的がある。それを実現するためにこの組織を作った。

 組織の全ての目的を知っているものは、実は盟主以外にいない。

 十二高弟の一人であるジャミルであっても知っていることは一割程度であろう。

 盟主は組織をいくつかに分けて、それぞれに別々の命令を与えている。

 全ての情報を自分以外持つことがないように、盟主は組織の部隊長でもある十二高弟の名を誰にも明かしていない。

 それぞれに与えた任務の進捗を盟主一人が受けて、次の行動を与える。決して他の組織の状況を教えない。盟主はそうして組織をまとめてきたのだ。


 盟主自身が表舞台に出てきたのは実に二十年ぶりだった。

 二十年前も死の螺旋の魔法儀式を行い世間を震撼させた。初めてズーラーノーンの名を世に知らしめた時でもある。昔、原理を唱えた賢者の考えを自分なりの解釈で、新たに術式を組み直したのが死の螺旋。これにより、一つの町が壊滅した。


 そして、二十年ぶりに姿を現し、ベバードの事件に関わった。


 組織としては、他に一度だけ死の螺旋を行ったことがある。

 十二高弟の一人であったガジットという男に、死の宝珠という貴重なマジックアイテムを授け、死の螺旋の研究をさせていた。自分以外の者が死の螺旋を行えるか? そういった実験だった。しかし、その試みは失敗に終わった。功を焦ったガジットは計画を早めて儀式を実行し、当時無名だったモモンなる冒険者に阻止された。

 ガジットは死亡し、死の宝珠は奪われ、この時も組織として大きな損害を被った。

 実は、ベバードの計画の前に、死の宝珠奪還を目的とした冒険者モモン殺害の計画が進められていたのだ。ただし、モモンが魔導国に属したことで、実行はされなかった。

 魔導王と対峙するにはまだ時期尚早という盟主の判断からだった。

 そして今日、ベバードの計画を実行に移した。自ら赴いたのはひとえにナタリアの存在があったからだ。

 死霊術士として類い稀な才能を示す少女の存在がなければ今回の計画は存在しなかっただろう――そして、十五歳の少女は期待以上の結果を残す。

 彼女を奪われたことが、今回一番の損失だったことは間違いない。彼女さえがいれば、何時でも何処でも死の螺旋を再び実行できるのだから……


「……まあいい。娘はいずれ取り戻すだけのことだ」

 しかし――

 盟主は街にいる青年を見ていた。彼らのいる場所から街までは五キロメートル以上もある。常人ではとても街の様子を見ることはできない。だが、確かに彼はその青年を見ていた。


 今回の作戦で最大の誤算はこの青年がいたことだ。

 勇者や闇騎士の存在は、リスクとして考えていた。しかし、その青年の存在は考えてもいなかった。

 もし、彼がいなければ街の損害は比べ物にならない程大きかった。それは疑いようがない。

 本当なら最も憎き相手なのだが、何故か盟主はその青年に負の感情を抱いていない。それどころか、青年の活躍に心踊るところさえあったのだ。

 能力の高い指導者なら皆そうだが、彼も有能な人材を集めるのが好きだ。青年の活躍は、盟主の御眼鏡に適うだけの能力を見せていた。

 もし彼を自分の組織に取り込めるのであれば、かなりの戦力として見込めるであろう。成長も期待できる――逆に言えば今後、組織の大きな障害になり得る存在だということだ。

 そして、後者になる可能性が遥かに大きい。

「不確定要素は早めに排除すべき――か……今回はそのセオリーに従うべきであろう」

 盟主はそう呟くと右手を高く上げた。すると手に光輝くものが現れ、それが左右に伸びて槍のようになる。

 それを投げ下ろす。

「ふん!」

 槍はみるみる加速し街へと向かうと、やがて見えなくなった。

「ジャミル。この街でやることは終わった。帰るぞ」

「畏まりました。盟主様」

 盟主はそのまま姿が消えた。

 ジャミルは街の反対側へとジャンプすると、一秒もしないうちに姿が見えなくなった。

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