第39話 その五
ユウタは街中を駆け回っていた。デスナイトを瓦礫の中に埋めてしまう作戦は、結局二体が這い上がってきたので、成功とは言い難い。それでも、二体は生き埋めにできたようなので、完全な失敗ではないようだ。
しかし、あと二体、どうやって動きを止めるか?
ルースから預かった捕獲用魔道具を使うとして、あともう一体は?
ユウタは走りながら、辺りを見回す。
あちこちに屋台や飾りなど、ごちゃごちゃしていて武器になりそうなものは見当たらない。
(うーん。何もアイデアが思い浮かばないなあ……)
気が付けば、後ろから追い掛けてきている筈のデスナイトの気配が無くなっている。デスナイトは足が速い方ではない。モンスターとしてはかなり遅い。上手くペースを合わせないと姿が見えなくなってしまう。
付いてこなくなったのかと振り返りながら走ると……
ドン!
何かにぶつかる。もう街中を三周ほどしているので、ここは先程も通った。さっきは、この辺りに障害になるものはなかった筈だ。
いったい何が起きたのかと正面を見てぎょっとする。ぶつかったのはデスナイトだった。先回りしてユウタの前に出ていたのだ。
まずい! と慌てて後ろに飛び跳ねると後ろにもデスナイトが現れる。完全に挟まれた。
「げっ⁉」
デスナイトが振り上げた異様な形の剣をユウタ目掛けて振り下ろす。回避するスペースはない。
ユウタは「大盗賊の魔剣」で、デスナイトの剣を薙ぎ払う。上手く力を逃がしたつもりだったが、それでもかなりの衝撃を手に受け、「くっ!」と呻く。直撃ならかなりのダメージだろう……
できればそんな目に会いたくなかったのだが、直ぐにそれを身をもって体験することになる。後ろにいたデスナイトが盾振り上げユウタを吹っ飛ばしたのだ。
「ぐわっ‼」
体全体に衝撃が伝わると、空中を二十メートルほど舞うユウタ。
運良く、落下したところが屋台の布製の屋根でそれがクッションになる。
しかし、飛ばされた時の衝撃で直ぐに動けない。
「ちっ……」
痛い部分を触ってみるが、骨が折れているようではいない。盾だったので、吹っ飛ばされるだけで済んだようだ――が、剣だったらさすがに無傷ということはないだろう。
問題はデスナイトのパワーだけではない。なによりも体力だ。相手は疲れ知らず。長引けば圧倒的に不利だ。
それに逃げ回っても、また先回りして挟み撃ちにされる……
(待てよ……なぜデスナイトは先回りできた?)
ユウタは街中を周回していたが、同じ道ばかりではない。どうして、ユウタがこの道に来るとデスナイトはわかったのか?
もちろん、予知能力があればそのようなことは容易いだろう。しかし、デスナイトにそんな能力があるとは思えない。
――何かトリックがあるのか?
ユウタは状況を振り返る。
デスナイトは足が速くない。なので見失わないようにユウタはデスナイトのペースに合わせていた。
しかし、周りを気にしながら走っていると、デスナイトが離れてしまったことに気付く。デスナイトが疲れるなんてことはないので、きっとユウタのペースが知らず知らず速くなってしまったのだろう。
そして、一体のデスナイトが先回りしてした……
(それが、先回りをした――のではなく、最短距離でユウタを追っていたとしたら……)
ユウタは街中を周回していた。
デスナイトはユウタのペースに付いていけず遅れた。
しかし、デスナイトは何かの方法でユウタの気配はわかっており、最短距離で追い掛けた。
たまたま街を半周して戻ってきたユウタと最短距離で追い掛けていたデスナイトが正面で鉢合わせした。
その可能性はないか?
デスナイトは目視でユウタを追い掛けていたのではなく、気配で追い掛けていた。きっと、探知のような能力があるのだろう。どんなに離れてもユウタの気配がわかるのだから、シーフの探索能力よりはるかに高性能だ。
あえてデスナイトのペースに合わせなくても、デスナイトはユウタを追い掛けてくる。
――それなら、大きく引き離して待ち伏せすれば……
ユウタは思いっきりジャンプして、デスナイトから離れた。そして、街の中へ駆け出す。一瞬でデスナイトが見えなくなった。
(本当に追い掛けてくるのだろうか……)
一抹の不安を感じながら、走るユウタ。しかし、後ろを気にしていると、ろくなことはない。
案の定、袋小路に入ってしまい。行き止まりでユウタは立ち止まった――
ユウタから一分ほど遅れてデスナイトが現れる。ユウタの気配を感じて、路地裏へ入り込む。普通なら簡単に通り過ぎてしまいそうな路地である。
ゆっくりと歩みを進めるデスナイト。ユウタの気配に動きはない。相手が動かないとわかると、デスナイトも急がない。まるで相手を追い込むのを楽しんでいるように――
小さなクランクを抜けた時、デスナイトの目に――実際は目がないのだが――ユウタの姿が入った。
デスナイトは息を荒げる。相手を追い込んだと確信したのだろう。ユウタとの距離を少しずつ縮め、デスナイトの剣がユウタに届く間合いまで入った。
しかし、ユウタはデスナイトをしっかりと見て動こうとしない。
デスナイトには相手が観念したかのように見えたのだろう。確実に捕らえられる位置で、奇怪な形の剣を振り上げた――その時。
バサッ!
上から何か降ってきた。その音に反応してデスナイトは見上げる。大きな布がデスナイトの降ってきたのだ。
デスナイトはそれを払い除けようとすると、布とつながっていたワイヤーがデスナイトに絡んできた。
ユウタはこの路地いっぱいに、ユグドラシル製の超極細ワイヤーを張り巡らしていたのだ。
もがけばもがくほどワイヤーは絡み合い、デスナイトの動きは拘束されていき、ついに身動きが取れなくなる。
その様子を見たユウタは大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
「よし! 残すはあと一匹!」
ユウタはジャンプして動けなくなったデスナイトを飛び越え路地裏の出口へと向かう。
丁度、路地裏から通りに出たところにもう一体のデスナイトと遭遇する。
ユウタはそれも飛び越えると、また全力で走り出す。
今度も大きく引き離して待ち伏せするためだ。
また適当の路地に入ると、ユウタは隠れるところを探す。
(あれがいいな――)
ユウタは壁を蹴り、反対側の壁まで飛ぶと再び壁を蹴る。そうして、三階のベランダまで到達した。
デスナイトは図体が大きい分、ジャンプができないようだ。頭上の敵を襲うことは苦手らしい。
ユウタは真下までやってきたデスナイトをルースが渡してくれた捕縛用魔道具で捕縛しようと考えたのだ。
ユウタは身を潜めデスナイトを待つ。
直ぐにデスナイトの気配を感じた。あとはデスナイトが真下に来るのを待つだけだ。ユウタは捕縛用魔道具を握り締める。
先ほどのようにデスナイトは少しづつ近付いてくる。しかし、あと数メートルというところで動きが止まった。
そしていくら待っても、それ以上近付いて来ない。
どうしたのかと頭を出したが下にデスナイトの姿がない。
(あれ……?)
不思議に思い、横を見るとデスナイトが壁に張り付いて、ユウタが出で来るのを待ち伏せしていた。
「うわっ!」
ユウタが慌てて飛び出すタイミングとデスナイトが剣を振り下ろすタイミングはほとんど一緒だった。
振り下ろした剣は先ほどまでユウタがいたベランダをズタズタにした。
「畜生! いったいどこまで頭がいいんだ⁉」
待ち伏せができないとなると、捕縛用の魔道具を使うタイミングが難しい。デスナイトに気付かれては、投げた魔道具を叩き落とされてしまう。
自分が囮になってデスナイトの気を引き、誰かに魔道具を投げてもらって捕縛する手を考える。しかし、そんなに上手くいくのだろうか? 自分に気を引かせることに失敗すると、捕縛を手伝ってもらう仲間が危険だ。
仲間が気付かれないように、確実に自分だけにデスナイトの意識が集中するようにするためには……
ユウタは走りながら考えると、妙案が浮かぶ。
(そうか! 自分だけに気を引かせるように仕向けるのではなく、デスナイトが気配を感じない仲間に手伝ってもらえばいいじゃないか)
普通ならそんな仲間は滅多にいない。デスナイトは気配を追ってくるだから、不可視化でもダメだ。しかし、ユウタは完全に気配を消せる仲間がいた――
「シル! 居るか⁉」
するとユウタのとなりに緑色の髪の少女が現れる。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃあん」
「……もしかして、シルって昭和生まれ?」
「……?」
ユウタは捕縛用の魔道具をシルに手渡す。
「……ということだ。シルできる?」
「問題ない」
よし! これでなんとかなりそうだ。シルには一度姿を消えてもらう。
あとはさっきのように、自分が追い詰められたフリをすればいい。
ユウタは先ほどのように路地裏でデスナイトを待つことにする。
ほどなくしてデスナイトは現れる。今度もゆっくりとユウタに近付いてくる。思った通りだ。デスナイトは動かない相手にはじっくりと近付いてくる。
ユウタは息を飲む。このあと、デスナイトの動きが止まったときが勝負だ。
あと五メートル、四、三……二メートルとなった時、デスナイトが立ち止まり剣を振り上げた。
「シル! 今だ!」
シルがデスナイトの背中側に現れる。
「おっけぇー!」
シルが捕縛用の魔道具を投げる。
すると、小さかった魔道具がデスナイトの頭上でみるみる大きくなり、デスナイトの肩幅より大きくなる。
それが下がると捕縛すべく魔道具が小さくなる。
「よし! やったか⁉」
思わず口にしてしまい、ユウタは悪い予感がした……
魔道具が完全に捕縛する前に、デスナイトが煙のように姿を変え、魔道具から逃れるとそのすぐ横に、再びデスナイトの姿となって現れる。
「うっそー⁉」
捕縛する相手がいなくなった魔道具はみるみる小さくなり、指輪程度の大きさになると、地面に落ちた。
デスナイトは後ろにいたシル目掛けて剣を振り下ろす。
「シル!」
振り下ろされた剣は空を斬り、地面に突き刺さった。斬られる前にシルは姿を消したのだ。
さすがにそのような者を相手にしたことがないのか? デスナイトは驚いたのだろう、顔を左右に振る。シルを探しているようだ。
ユウタは転がった魔道具を拾う。輝きは無く、黒ずんでいる。どうやら、一回限りの魔道具らしい。
シルがいないと理解すると、今度はユウタに襲い掛かるデスナイト。
ユウタはそれを交わし、また中心街に向かう。
(何か⁉ 何か使えるモノはないか⁉)
ユウタは通りを真っ直ぐ走りながら、辺りを見回す。
この通りはもう三度目だ。もう、市街地の地図は頭に入っている。このまま真っ直ぐ行けば、噴水、そしてその周りに屋台が連なるロータリーに出る。
屋台……そういえばルースさんが言っていたあの屋台。たしかそれもあった筈――
ユウタはある考えが浮かんだ。もしかしたら、上手く行くかもしれない……
そのままロータリーに出ると屋台を順番に見て回る。
「あった!」
その屋台に向かうと、商品を保存している箱を開ける。
「――こいつか?」
ユウタはそれを取り出そうとするが、素手では無理そうなので、近くにあった布に包んで持ち上げる。
「シル! こいつに掛かっている術は解けるか?」
シルが再び現れ、それを覗き込むと「問題ない」と答える。
「よし、それじゃ僕が合図したら頼む」
シルは「おっけい」と相変わらず無感情に答える。
丁度、そのタイミングでデスナイトが現れた。
ユウタは噴水の池の中に入り込む。思ったより水が深く、膝上まで浸かってしまうので、思ったより動きづらい。なんとか中央まで辿り着き、噴水の吹き出し口の後ろに隠れる。
もちろん、デスナイトはユウタがそこに隠れていることはわかっている。デスナイトも池に入り、ユウタのいる中央へ向かう。デスナイトもさすがに水の抵抗で動きが鈍い。
それでも、中央の吹き出し口まで辿り着く。噴水の水量は結構多く、ユウタの姿は水のカーテンでデスナイトからは見えない――が、そこにユウタが居ることは気配でわかっている。デスナイトは剣を振り上げ、吹き出し口ごと叩き壊す。
ガシャーン!
叩き壊した音のあと、大量の水が吹き上げる。十メートルほどの高さまで到達していた。
ユウタはそれに巻き込まれないように、なんとかジャンプして、回避するとシルを呼ぶ。
「今だ! シル! こいつの術を解いてくれ!」
シルか現れ、術を解くと「それ」の大きな瞳が見えた。
「いっけぇぇぇぇっ‼」
ユウタは吹き出している大量の水にそれを投げる。すると、一瞬で凍り付き、その中にいたデスナイトを飲み込んだ。
ルースが言っていた、アイスクリームを冷凍するために眠らせていたフリーザーという小さなモンスターを使ったのだ。
狙い通り、凍結によりデスナイトの封じ込めに成功した――が、あまりに強力でユウタの足元も凍り付き始める。
「わっ! わっ! わっ! わっ!」
慌てて後退りするユウタ。凍結の進行が止まり、なんとか巻き込まれずに済む。
「終わったーっ!」
ユウタは大の字で寝そべる。攻撃の効かない相手は本当に厄介だった……
「ユウタ!」
ラミィの声だ。声のする方角を見ると、ラミィばかりでなく、ルースやフィン、ナタリアに衛兵達も向かってきているのが見えた。
噴水のが破壊された爆音を聞いて、居ても立ってもいられずやってきたのだ。
「ユウタ! 大丈夫⁉」
「大丈夫。デスナイト四体、捕獲したよ!」
ユウタは、仰向けになりながらガッツポーズする。
「――本当に、四体とも倒したのか?」
ルースが信じられないという顔でそう訪ねる――まあ、実際はまだ倒してないんだけどね……
「そうだ。ナタリア、送還魔法をお願いしたいのだけど」
ユウタが頼むとナタリアは「はい」と返事をする。
まずは一体目、氷付けのデスナイトを火炎の魔術が使える魔導士に上から少しづつ融かしてもらう。やっとの思いでデスナイトの頭が出てくると、ナタリアがそこに魔方陣を書き詠唱する。すると、デスナイトの姿が消えた。
今度は路地裏のデスナイトを同じように送還する。残った超極細ワイヤーはめちゃくちゃに絡み合っており、ユウタは本気で泣いた……
最後に神殿へと向かう。
そこは大量の瓦礫が積み重なっている。とても直ぐにデスナイトを掘り起こせそうもない……
ルースの指示で、夜が明けてから作業を開始することになった。
作業を開始しても、慎重に掘り起こす必要があるので、数日はまだ掛かりそうだ。
「そういうわけだから、ナタリア。まだ数日ベバードに残ってもらえるかな?」
ユウタがナタリアに向かってすまなそうにお願いする。
しかし――衛兵の一人、上腕筋が「そのことなのだが――」とユウタに説明する。
「彼女はこの街で拘束することになったんだよ」
「…………えっ?」
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