第41話 その二
「それって……どういう意味?」
ユウタは耳を疑った。今、確かに衛兵、「上腕筋」はナタリアを拘束すると言った。
何故、彼女を拘束しなければならないのか?
「話はナタリアから聞いたんでしょ? ナタリアは精神支配を受けていたんだ。彼女は被害者だ。拘束される理由なんてない!」
ユウタには理解できなかった。被害者を拘束するなんて本末転倒だ。
上腕筋は「気持ちはわかるが……」と、前置きをして話を続ける。
「彼女以外に事件を起こした側の人間は、逃げたか死んだかの何れかだ。この事件の当事者である以上、私たちは彼女から事情を聞く必要がある。まだ、彼女に罪があると決まったわけではない」
「罪って……」
ユウタはその言葉に強く反応する。
「当たり前じゃないか! ナタリアは何も悪くない! 彼女が精神支配を受けていた時に、彼女を利用していた犯人を見た。僕が証人になる。シルだって見ていた」
ユウタは興奮して、上腕筋に食って掛かると、ルースが「まあ落ち着け……」と、二人の間に入る。
「ユウタ君、君の言いたいことはわかる。ナタリアが嘘をついているとは思わない。辻褄も合う。彼女が精神支配を受けていたのは間違いないだろう」
ユウタが「だったら……」と言うと、ルースは「そういうことじゃないんだ」と話す。
「この事件で沢山の冒険者が死んだ。衛兵からも犠牲者が出ている。そして、彼女が事件に関わっていたことも事実だ。そうである以上、『自分の意思ではなかった』といって、『ハイそうですか』と帰すわけにはいかないのだよ」
ルースが言っていることも一理ある。本人の意思で事件を起こしたかどうかではない。事件が起きていた時に何をしていたかの問題なのだ。それでも、ユウタは納得できない。
「だったら、拘束なんて言葉を使うのは可笑しいだろう? 最初から犯人扱いじゃないか!」
「そういうことじゃないんだ。彼女はこれだけの事件を起こせるだけの力がある。皆、それが怖いんだ。実際に事件を起こした人間をそのまま解放したら、市民は不安になってしまう……それはわかるな」
「わからないよ! それなら僕だって神殿を破壊したし、他にも何ヵ所か壊した。それと何処が違う⁉」
「君の場合はデスナイトを捕縛するために、やむを得ずのことだった。君がデスナイトを捕縛していなかったら、建物の被害だけでは済まない。一般市民に甚大な被害が出ていたことは疑いない。君は英雄であっても、破壊者ではない」
つまりこうだ。どんな行いも正の部分と負の部分が必ず発生する。最終的にどちらの影響が大きかったのかで、それが正義と悪、どちらになるか判断される。ナタリアは他者に負のイメージを植え付け、ユウタは正のイメージが強かった。それだけのことだ。
ユウタは「それなら――」と言葉を続ける。
「今から僕が街を破壊していくから、ナタリアがそれを止めればいい。そうすれば僕は英雄でなくなり、ナタリアは事件の責任を負わなくて済む――そういうことだよね?」
「そんなむちゃくちゃな……」
「むちゃくちゃなことを言っているのはそっちじゃないか! 犯人を捕まえられなかったから、ナタリアに罪を擦り付けているだけだろ⁉」
確かにそうだ。今、何も事情を知らない人がやってきて、この状況を見たら――きっと、大人が寄ってたかって少女を責めている。そのようにしか見えないだろう……
だからと言って……
皆、黙り込んでしまう。どうやったらユウタにわかってもらえるのか――
その時、突然ルースが笑い始めた。
「えーと、ルースさん?」
「悪い、悪い。いやなに、ユウタ君には
ルースはナタリアの方に向き直し、こう告げる。
「ナタリア・ポート・ペテグリーニ。私、ベバード市長、エリザベート・ロゼ・カベリアの名において、そなたに命じる」
ナタリアは「はい」答える。
「ちょ……ルースさん!」
ユウタは口を挟もうとするが、ルースは無視して話を続ける。
「今から無期限で、ナタリアはユウタの管理下に置く。ユウタの指示に従い行動するように」
「…………えっ?」
ユウタが困惑の表情で固まっていると、ルースはユウタに向き合う。
「ユウタにナタリアの所有を認めるとともに、監視する責任を負うこととする」
そう言うと、ルースは軽くウインクする。
「ということだ、よろしくな。ユウタ君」
「えっ? えーーーーっ!」
いったい、どこがどうなって、そんなことになるの?
「わかりました。私はユウタさんに身も心も捧げます。何なりとお申し付けくださいませ、ご主人様」
ナタリアはユウタの左の腕にそっと抱き付く。
「ちょ、ちょっと? ナタリアさん?」
戸惑うユウタを気にせず、ナタリアは幸せそうに顔を埋める。
「ユウタ。私にも何なりと申し付けていいぞ」
シルも負けじと顔と無い胸をユウタの右腕に押し付ける。こんなところで競わなくてよろしい。
「ちょっと、待ったーーぁ!」
ラミィがナタリアを引き剥がして、ユウタを睨み付ける。
「ユウタぁ? これってどういうこと?」
「えっ? えーっ⁉」
なぜラミィが怒っているの?
「えーと、ラミィさんには関係ありません。これはユウタさんと私だけの問題です」
そう言って、ユウタに近寄ろうとするナタリアをまた引き離す。
「関係無くないの! 私は……そう! 私はユウタのパーティー仲間なの! 私は認めないからね!」
「ラミィさんに認められなくても、私はユウタさんのモノです。そうですよね? ご主人様」
「あのう、ラミィさん? ナタリアさん?」
なんで、修羅場になっているの? と困惑するユウタ……と、今度はフィンがまるでウジムシを見るような目で、ユウタを見やる。
「ユウタさん……あなたは女の子だったら、手当たりしだい手を出すのですね……本当にクズですね。死んでください」
言われなき中傷を受けるユウタ。一部の愛好家なら喜びそうだが、残念ながらそういう特殊趣味を有していないので、ストレートに傷付く。
「ねえユウタ! なんか言ったらどうなの⁉」
もうどうにでもしてください……と、あきらめモードのユウタ。深いため息を付く――その時だった。
背中に激しい衝撃が走った。
(えっ? ……いったい何が?)
ラミィが目を見開いて、こちらを見ている。
(ラミィ? なんで、そんなに怖い顔しているの? フィンも、シルも、ナタリアも……ルースさんまで……………………)
そして、ユウタの息が途絶えた……
「いやああああああああああああああああっ!」
ラミィの叫ぶ声が辺りに響く。
「な⁉」
ルースは驚愕のあまり、言葉が出ない。
いったいどこから飛んできたのか? 光の槍がユウタの背中から胸へと貫通し、ユウタの心臓を吹き飛ばした――即死だった。
ルースは辺りを凝視するのだが槍を放った人物は見当たらない。槍を放ったと同時に離脱したのであろう……
ユウタの体はそのまま地面に転がり、廃棄されたマネキンのようにだらしなく横たわった。
あまりに突然な出来事で、その場にいた誰もが動くことができない。
「ユウタ! ユウタ! ユウタ!」
ラミィだけがユウタに駆け寄り、ユウタの体を揺さぶる。しかし、ユウタが絶命しているのは誰の目から見ても明白だった。
フィンはその場に崩れ落ち、力無くユウタを見つめる。
シルは目を見開いたまま気を失っていた。
ルースは唇を噛み締めた。赤い血が滲んでいる。
光の槍を放ったのが誰なのか? ルースには見当が付いていた。こんな芸当、あの男以外にできる筈もない。
ルースは悔やんでいた。あのとき、あの男、「盟主」を殺しておくべきだった。自分ならできた。自分が剣を抜けば容易く殺せた筈だ。
しかし、呪いで剣を抜けない――抜けば自分の命が無くなる。それでも、消え行く意識の中で一刺しすればよかったのに……あのときにはそこまでの覚悟がなかった。
世界の愁いを取り除く唯一のチャンスだったかもしれないのだ……悔やんでも、悔やみきれない……
「ユウタ! ユウダ! ユウダぁ!」
ラミィは狂乱状態だった。
涙なのか? 鼻水なのか? ヨダレなのか? 顔中の液体をユウタの顔に擦り付けながらユウタの名を叫んでいた。
その中で、ユウタの亡骸まで歩みを進める者がいた。
――ナタリアだった。
そして、ユウタの体に両手を当てると、詠唱を始める。
ユウタの亡骸が魔方陣に包まれた。
「あなた……何してるの?」
ラミィが尋ねる――が、ナタリアは構わず詠唱を続けた。
「ちょっと、やめなさいよ!」
ラミィがナタリアの手を払おうとするが、ルースはラミィの腕を掴み、ナタリアから遠ざける。
「離してよ! こらぁ! やめろぉ!」
暴れるラミィを押さえ込むルース。
「ラミィ君、落ち着くんだ!」
ルースが言っても、ラミィは激しく抵抗する。
「やめなさいよ! やめて!」
狂ったように暴れるラミィ。
「やめて! ユウタがゾンビになっちゃう!」
ナタリアは死霊術士だ。そのナタリアが死体に術を掛けたら……事態は明白だ。しかし、ルースだけが気付いていた。
「死霊術の魔方陣がこんなに暖かくて、美しい筈がない!」
「……えっ?」
「この魔方陣は、この暖かい光は………………蘇生魔法だ……」
ルースの言葉に誰もが耳を疑った。
確かに、今展開されている魔方陣はとても暖かい。そのように見える。しかし、術士は千体のアンデットを召喚した死霊術士だ。何故、そんな彼女が蘇生魔法を詠唱しているのか?
それはルースにもわからなかった。しかし、ルースは蘇生魔法も召喚魔法も見たことがある。彼女の古い友人にそれぞれの術士がいた。
いずれも全く違う魔方陣の色と形だった。見間違える筈はない。
ナタリアは長い詠唱を続けた――五分ほどして、やっと詠唱が終わったのだが、ナタリアの手はユウタの上に置いたままで、魔方陣も展開され続けていた。
その状態のまま、ナタリアは語り始める。
「私はスレイン法国の魔法学校で死霊術を一年ほど学びましたが、教授達に嫌われ、二年目からは図書館で本を読だりして勉強していました。その中に信仰系魔法の書もあり、それを参考に独学で信仰系魔法をマスターしました――」
そこまで聞いて、その話に不自然な点があることを、何人かが気付いた。
信仰系魔法は神官のみが使える――つまり神官としての洗礼を受けた者だけが使える――これは常識だ。
「はい。私も学校でそう習いました。しかし、魔法書には、そのようなことはどこにも書いてありませんでした。必要なのは、素質とやり遂げる信念だけだと……」
話を聞いていた者は皆驚いた。それは、大変なことだ。治癒魔法等、信仰系魔法は神官しか使えない。そう教えられてきた。それは普遍的な摂理だと……しかし、それが神殿勢力が作り上げた虚像だとしたら?
貴重な治癒系の魔導士を神殿勢力の力を借りずに、育てることができるとしたら?
それは神殿勢力にとって由々しき事態であり、勢力が維持できなく可能性もある。
当然、神殿勢力はそのような情報が漏れることを全力で阻止するだろう。つまり、それを知っているナタリア、そして今ここにいる者達の口封じということだ。
ここで聞いたことを他言無用にしなければならない――と、ルースは思案する。
その話だけでも大変な事実なのだが……ナタリアはもう一つ、それ以上に、今までの常識を覆すことを語った。
「私はその本で、蘇生魔法も勉強しました。そして、あることに気付いたのです。蘇生魔法と死霊術の召喚魔法はほぼ同じ魔法だということを……」
誰もが耳を疑った。この娘はいったい何を言っている?
生を取り戻す蘇生魔法と死を扱う死霊術はそれぞれ対極にあって、お互いが相容れないモノ。ましてや、同じ魔法の筈がない!
これはもう常識というレベルではない。
しかし、ナタリアは衝撃的な事実を語る。
「どちらも魂魄を失った肉体に、魂魄を戻す術式で、そのプロセスは全く同じなのです。ただし、召喚魔法は異世界から取り出した疑似魂魄を無理やり肉体に押し込むに対し、蘇生魔法はまだ肉体の近くに浮遊する本人の魂魄を体に戻す。それだけの違いなのです」
ルースは驚きのあまり言葉を失う。確かにどちらの魔法も必要なのは死体だ。そうは理解しても、見た目と感情的な部分でそれが相反すると、どうしても解釈してしまう。
しかし、もしナタリアが言っていることが正しいとすれば――個の素質にもよるが――死霊術士は蘇生魔法を修得することが可能だということなのか?
ナタリアはあくまでも可能性というレベルでは――と前置きして「はい」と答えた。
今、その場で聞いていた者達全てが信じられないという顔をする。
蘇生魔法は高位の魔法だ。神官の中でも特に信仰の徳を求めて、厳しい修練を行った者が会得できるモノ。いわば信仰の極みであり、
当然、術士は数えるほどだ。一国に一人いるかいないかだろう。それだけ、資質があるものが少ないということだ。
しかし、それは単なる思い込みで、それを独占しようとする組織が作った偽りごとだったとしたら……
死霊術士でも蘇生魔法の適正があるとしたら、術士をもっと増やすことができるかもしれない……現に今、目の前にいるではないか!
ルースはそれ以上考えないことにした。それを考察するのは後でもいい。
気が付けば、ユウタの顔が暖かい色に染まってきた。背中から胸まで貫通していた穴も塞がっている。蘇生魔法は同時に治癒魔法でもあるのだろう。
その手際もナタリアは見事だ。
ルースが蘇生魔法を見たのは、今、目の前で行われているモノを含めても三回だ。前の二回は昔のパーティー仲間による術だった。蘇生魔法は第五位階以上といわれ、その美しさに心を奪われたことを強く覚えている。
しかし、ナタリアの術はその時をはるかに凌駕していた。蘇生魔法は高位になると受ける側の体の負担が軽減する。そう聞いたことがある。しかし、それは伝説の話だ。もし、それが伝説でないとしたら……
第五位階でさえ、人類が到達できる限界と言われているのに、この娘はいったいどんな術を行っているのか……
「ゴホッ!」
突然、ユウタの口から鮮血が吐き出された。息を吹き返したのだ。
「ユウタ!」
ラミィが叫ぶ。しかし、ユウタの意識は戻っていない。
「私ができるのはここまでです……あとは……ユウタさんの……生命力が……」
そこまでの話したところで、ナタリアは気を失った。
「ちょっと! ナタリア! 大丈夫⁉」
ラミィは倒れてくるナタリアを抱き抱え、体を揺さぶった。
ルースがラミィの肩に手を置き、やめるように促す。
「ただの魔力切れだ。寝かせてやれ」
ルースは自分が言ったのにも関わらず、「ただの」という言葉に違和感を覚えた。
ナタリアは千体ものアンデットを召喚した。それだけでも大量の魔力を使っている筈なのだ。
その上に蘇生魔法も行った。生身の人間が持つことのできる魔力量ではない。無理に行えば灰になってしまうレベルだ。彼女の魔力量は、おそらく英雄級の魔導士、いやそれ以上かもしれない。
ルースはその華奢な少女に恐怖を覚えた――
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