第36話 その二

 ユウタ達は柵の前まで来ると、衛兵にプレートを見せる。アイアンまでの冒険者は結構多いのだが、シルバー以上になると冒険者全体の1割程度だ。貴重な戦力に衛兵が「お願いします」と頭を下げる。

 アンデットの群れはもうそこまで来ていた。

 先に向かった衛兵達が足の早いスケルトンと既に交戦中だ。

「加勢に来ました!」

「冒険者か⁉ 助かる……て、おい! 温泉にいた兄ちゃんかい?」

 「上腕筋」がユウタの顔を見てびっくりする。そう、あのマッチョ三人組である。

「あっ! あの時の衛兵さんたちですか?」

 金属の兜と防具を装備をしているので、当然、裸の時とはイメージが違っていたが、その声で気付いた。

 さすがに鍛えているだけあって、重そうな大剣をブンブン振り回し、スケルトンが次々と粉々になっていく。しかし、相手の数が増えてくると、少々持て余しぎみになってきた。


「えーっ⁉ アンデットって気持ちわるーい!」

 ラミィが到着早々嫌な顔をする。早くも弱腰だ。

「さっきまではやる気満々だったんじゃないの?」

「だって、こんなにリアルだと思わなかったんだもの!」

 どんな可愛いスケルトンを想像していたんだ?

「それなら、後方から弓で攻撃しなさい」

「弓持ってきてないよ」

 ユウタは頭を抱える。

「――フィン、よろしくな」

 「わかりました」というフィンだが、彼女の武器は短剣。一対一なら強いが、多勢には不向きだ。

 今回、二人には衛兵のサポートに回ってもらおう……


 ユウタ達、冒険者が加勢したことで、再び押し返し始めた衛兵達だが、アンデットは次々と押し寄せてくる。

 北の方からミシミシという嫌な音が聞こえた――かと思うと、暗闇から見えてきたのは、アンデットの大群だった。

「団体さんが到着だぁ! みんな踏ん張れ‼」

 「上腕筋」が叫ぶ。今度はスケルトンだけでなく、足の遅いゾンビやグールも混ざっている。その数、見えるだけでも千体は超えていた。

 さすがにこの数で一斉に攻めて来られたら戦線を維持するのは難しい。

「衛兵さん。僕、前に行って数を減らしてきます!」

 そう言うと、ユウタは戦線を飛び出しアンデットの群れに突っ込む。

「馬鹿‼ 無理だ! すぐ引き返せ!」

 衛兵が激しい口調で叫ぶ。皆、ユウタの無謀な行動に驚き、慌てる――ラミィとフィン以外は――

 ユウタは目一杯ジャンプして、アンデットの群れの真ん中に着地する。四方八方のアンデットがユウタに気付くと一斉に襲い掛かった。

 ユウタは剣先が青く輝く「大盗賊の魔剣」を握り直し、薙ぎ払うイメージを思い浮かべる。ワイバーンを切ったときと同じ方法だ。

「いっっっっっっけえーっ‼」

 目一杯踏み込んだあと、魔剣を全力で三百六十度振り回した。

 青い炎のような光が伸び、ユウタを中心に大きな円を描く。

 何重にもユウタを取り囲んでいたアンデットの動きが一瞬止まると、一斉に崩れ落ち、ユウタの周り十メートル四方にぽっかりと穴が空いた。


「か・い・かーーーーん‼」


 ユウタの声が木霊する。

 ユウタは再びアンデットの群れに突っ込むと、また魔剣を振り回し、百体余りのアンデットを一気に消し去った。

 それを四、五回繰り返して、戦線にいた衛兵や冒険者達の視界から消えて行った。


 呆気に囚われた衛兵や冒険者達は暫く無言になっていたが、誰ともなく呟く。

「おい、あれはいったい、何だったんだ?」

「ヤバい……俺達、伝説の生き証人になっちまった……」

 

 ユウタは襲い掛かるアンデットを薙ぎ払っては、前進を繰り返した。

 そして、ある疑問に行き当たる。

 ……このアンデット達はいったい何処からか来るのだろう……

 ルースは確か「戦士達の丘」で異変が起きたと言っていた。そこに行けばわかるだろうか? 確かにこの先は小高い丘になっている……


「――ユウタ」

「わっ!」

 アンデットしか周りにいない筈の場所で、突然名前を呼ばれたので、ユウタは慌てて声のした方向を見る。

 ――シルだった。

「お、脅かすなよ! びっくりしたなあ……」

 相変わらずチート妖精は行動が読めない。

「シル、このアンデット達は何処からか来ているかわかるか?」

 ユウタが訪ねるとシルが丘の上を指差す。

「多分、この上……」

 やっぱりそうか――ユウタは丘に登り、何が起きているか見ようと決心する。

「それと、もう一つ」

 シルが何か気付いたようだ。

「ん? なんだい?」

「この上にナタリアがいる」

「…………えっ?」

 思いも寄らない少女の名前をシルが発するので、ユウタの思考が一瞬停止する。

「ナタリア……が? いったい、なぜ?」

「――アンデットはナタリアを中心に召喚されている」

 シルがそう話す。いつものように感情の入っていない喋り方だが、何故か悲しそうに聞こえる。

「まさか……あのナタリア……が?」

 ナタリアを中心に……ということは、術者はナタリア……普通に考えればそういうことになる。

(そんな馬鹿な! 彼女がこんな騒ぎを起こせるわけないじゃないか!)

 何かの間違いだ。ユウタはそう願った。この目で確かめるまでは信じない……と。


 ******


 盟主は上空からアンデットを迎え撃つ街側の対応を観察していた。

 その見事な統率は、上空から見ると地上よりもはっきりとわかる。

 これほど大規模の急襲だ。どんな大国だってかなりの混乱が起きるものである。それをこの短時間で見事に立て直せるとは――民間人、国外の人間もいる。そういった末端の人間にまで状況を把握させ、思惑通りに動かすのがどれだけ困難なものか。国を、組織を統べるものなら誰でも理解できる。

 多くのケースを想定し、それぞれの対応策を徹底的に訓練する。有事の際には、指導者がどのケースに当て嵌まるか正確に判断し確実に指示する。

 そこまでしないとここまでの統率は取れない。

「都市国家連合か……平和ボケした国だとあなどっていたが、さすが『勇者』のいる国だ。思ったより難敵だ」

 やらられた――そういうことなのだが、盟主は妙に嬉しそうだった。

 的確な位置に無駄のない防衛線を築いていたベバード側の配置から、たった一人でアンデットの群れに突っ込むものがいた。

 突撃は悪いことではない。相手の混乱と分断が期待できる。

 ただし、一点突破が必須になるため個の能力に頼らざるを得ない。いわゆる一騎当千という者だ。

 いったい、どんな奴がそんなことをやるつもりなのかと注視すると、青い光線が同心円上に回転するのを上空からはっきりと確認できた。

「⁉」

 見たことのない技だった。

 双剣斬撃。四光連斬。

 名のある武人が様々な武技を残してきたが、今見ている剣技はそのどれにも当て嵌まらない。

「何奴?」

 まるで虫けらを追い払うように、数十、数百というアンデットが次々と葬られていくのを盟主は目の当たりにした。

「勇者? 闇騎士? いや違う。『この世界の者』ではないな?」

 盟主はそう推測した。


 彼はこの作戦の計画にあたり、予測される敵をあらかじめ確認していた。

 勇者、闇騎士、これら英雄級の登場が確認された時点で作戦は中止。即座に撤退する。無意味に判断を遅らせるのは味方の損害を増やすだけだ。

 銀糸鳥というアダマンタイト級の冒険者がこの国に移籍してきたようだが、さほど注意する必要はないだろう。死の螺旋の魔法儀式が完成した今となっては、もう驚異となり得ない。

 では、今アンデットを蹴散らしている男はどちらと見るべきか?

 盟主は即座の判断を躊躇った。一つはまだ実験が進行中であること。そしてもう一つは――これは彼個人の好奇心なのだが――下の男がどれだけのものか、もう少し見ていたかったからだ。

 しかし、この時の判断ミスが、後々まで彼を後悔させ続けることになる。


 ******


 ユウタは急いだ。理由は別にして、ナタリアがこの丘の上に居るのなら、とにかくそこに行かなければならない。彼女が囚われているのなら、当然助けなければならないし、万が一、彼女が実行者なら、これ以上罪を増やす前にめなければならない。

 丘の上まで到達したところで、ユウタは「探索」を行った。もちろん、ナタリアのいる場所を把握するために。しかし、アンデットの反応が多すぎて、ナタリアを見つけることが出来ない。

(畜生! 目視に頼るしかないか――)

 ここからは、もう大技は使えない。ナタリアを誤って攻撃しないように、一体、一体慎重に倒して行く必要がある。

「シル、ナタリアのいる方向は?」

「あっち!」

 どうやら、シルの感知能力は、ユウタの――つまり、シーフの探知能力とは根本的に違うもののようだ。

 シルが指差す方向に向かって、ユウタは一直線に進む。

「うりゃ! うりゃ! うりゃ! うりゃ!」

 何重にも重なるアンデットの壁を、一つずつ打ち破って突き進む。

「ユウタ! 左!」

 シルの声に振り向くと、大きな火の玉が向かってくるのが見えた。

「うわっ!」

 ユウタは慌てて前へ飛び込み、火の玉を避ける。

「ちっ、仕留め損ねたか――」

 火の玉が飛んできた方向を見ると白髪の男が立っていた。

「――ゾンビ?」

「ゾンビじゃないわい! 失礼な奴め!」

 不意打ちを食らわす奴に「失礼」とは言われたくないが、そんな言い合いをしている余裕はない。

 白髪の男――ジャミルは何度も業火の魔法をユウタに浴びせる。ユウタはアンデットとジャミルの攻撃を防ぐのがやっとで、前に進めない。

(畜生! これじゃ、ナタリアを探すどころじゃない――)

 こちらから攻撃しようにも、ナタリアの居場所がわからなければ、思いっきり攻撃することはできない。何か策がないか、ユウタが苦悩していると、シルの声が聞こえた。

「ユウタ! ナタリアを見つけた!」

「よし! 良くやった!」

 ユウタはシルの声がした方向へ駆け寄る。直ぐにシルとナタリアを見付けた。

「ナタリア! 大丈夫か⁉」

 ナタリアから返事はない。ユウタはナタリアの顔を覗き込む。しかし、ナタリアに反応はない。

「精神支配を受けているのか? シル、なんとかならないか?」

「――問題ない」

 シルはナタリアの頭に手を当てると、ナタリアの瞳に輝きが戻る。

「シルちゃん!」

 ナタリアがシルに抱き付いた。どうやら、正気に戻ったようだ。

 ナタリアさえ見付かれば、あとはこちらが攻撃する番だ。ユウタは白髪の男を探すが、アンデットの群れに隠れて見えない。しかし、向こうからも攻撃がない。

(そうか! ナタリアがいるから攻撃できないんだ!)

 そうとわかれば、男を探す必要はない。手当たりしだい攻撃すればいい。

 ユウタは「大盗賊の魔剣」を握り直す。


 刹那――

 突然、地面が揺れたかと思うと、今度は盛り上がってくる。

「な⁉ なんだ⁉」

 ユウタ、シル、ナタリアの三人は立っているのがやっとになり、互いにしがみついた。

 盛り上がった地面が崩れ始め、中から、巨大なアンデットが出没する。

「えーーーーっ‼ マジでぇ‼」

 三メートルはあろうかというその大きさにユウタは絶叫する。

 すると、別の場所も地面が盛り上がる。土が剥がれ落ちると同じ巨大なアンデットが現れ、そしてもう一体、最後にもう一体と合わせて四体の巨大なアンデットが出没した。

「おーっ‼ これはデスナイト‼」

 白髪の男が叫ぶ。かなり興奮しているようだ。

「デスナイト⁉」

 ユウタはその名をユグドラシル聞いたことがあった。

 異常に硬いアンデットで絶対に手を出してはいけないモンスターと言われていた。絡まれたら、逃げるしかない――と。


 ジャミルは興奮する。ついに上位アンデットが出没した。実験は成功したのだ!

「ジャミル。もういい。そこから離脱しろ」

 ジャミルの頭の中に盟主の声が聞こえた。音声伝達魔法――メッセージというものだ。

「盟主様、申し訳ございません。娘を相手側に取らてしまい、簡単に奪い返せそうにありません」

「――仕方ない。娘は諦めろ。ジャミル、そこから離脱するのだ」

「しかし……」

「ジャミル! これは私のミスだ。お前のせいではない。これ以上はこちらが不利だ。急ぎ離脱しろ!」

「――畏まりました、盟主様」

 ジャミルは体の向きを変えることなく、後方へと跳び、ユウタ達から離れていった。

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