第37話 その三
男が引いていく姿はユウタにも確認できた。
「逃げた……のか?」
逃げたと見せかけ、不意討ちすることも良くある手だ。念のためユウタは探索を行うが、それらしい気配はない。本当にこの場から離れたようだ。
ユウタは「ふう」とため息を付く。とにかく、これでユウタ達もここにいる必要は無くなったわけだ。
「よーし! 僕達も離脱するぞ!」
「ダメです!」
「――へっ?」
ナタリアが離脱を拒否するので、ユウタは戸惑う。何故かと問うと――
「このまま放置すると、もっと強力なアンデットが召喚されます!」
「そ、そんなあ!」
この目の前にいる四体のデスナイトだって面倒だというのに、これ以上増えたら……
「いったい、どうすれば……」
ナタリアが説明する。
「これは『死の螺旋』という術式です。アンデットが沢山いるところほど、そして強力なアンデットがいるところほど、より強いアンデットが召喚されます。逆に、この辺りにいるアンデットが居なくなれば、死の螺旋は機能しなくなり自然とアンデットの召喚は鎮まります」
「なるほど! 要するにこの辺りのアンデットを根こそぎ消滅させればいいんだね? よし! ちょっと、待ってて!」
ユウタは「大盗賊の魔剣」に目一杯の気を込める。
「最大しゅつりょーーーっく‼」
ユウタが魔剣をブン回すと百メートル四方のアンデットがいきなり消滅する。アンデットが発していた、固いモノが擦れ合う嫌な雑音も、一瞬で聞こえなくなり、辺りが静かになる。
しかし、四体のデスナイトは健在だ。
それでも、これ以上召喚されなければそれでいい。ユウタはナタリアに聞いてみる。
「えーと、はい……これなら多分、大丈夫です」
「よし! あとはこのデスナイトか……」
四体のデスナイトがユウタ達を取り囲む。
「ナタリア! 僕の背中に乗って!」
ユウタがしゃがむとナタリアが飛び乗る。
それを見たシルが不満そうな顔をする。まるで、ユウタの背中は自分専用と言いたそうだ。
「シル、帰ったら、いくらでもおんぶしてあげるから」
「――わかった」
相変わらず無愛想な表情だが、シルはそれ以上何も言わない。
「ナタリア! しっかり捕まってて!」
ユウタはほぼ垂直にジャンプして、デスナイトの包囲から離脱する。デスナイトの剣が一秒前までユウタ達がいた場所に突き刺さった。
「それで……あのデカ物はどうやって倒せばいいんだ?」
誰かに尋ねたわけではない。自問自答しているだけだった。「デスナイト」という言葉で思い出したが、ユグドラシルにも同じ名前のモンスターがいた。異常に防御力の高いモンスターだったと記憶している。
デスナイトに会ったら逃げろ! 相手にするな!
そういったことを誰かから教えてもらったことがある。
つまり、倒すのに苦労するわりに、報酬はその苦労に値しない。少なくてもユグドラシルではそういうモンスターだった――では、この世界では?
「デスナイトは物理攻撃、魔法攻撃、いずれもほとんどダメージを負いません」
背中から声がした。ナタリアだ。
「――えっ?」
「ただ、攻撃は持っている剣と盾を力任せに振り回すだけで、速さはありません。魔法も使えません――知能も低いので罠などが有効らしいです」
ユウタは驚いていた。何故、このような少女がそんなことを知っているのか? ユウタはそれを尋ねる。
「えーと、学校で教わりました」
学校?
「私はスレイン法国で死霊術を学びました」
「死霊術? 神官ではなかったの?」
ナタリアは「はい」と答える。
「神官ではありません、死霊術士です」
思ってもいなかった言葉が彼女から飛び出し、気が動転するユウタ。
「そ、それじゃ、なんで修道服なんて着てるの?」
「えーと、それは……興?」
「……興って?」
この緊迫した状況で、ナタリアがそんなことを言い出すので、さすがにユウタも困惑する。
いや、待て。死霊術士? そして、この状況……まさかとは思うが――
「アンデットを召喚したのは……ナタリアなのか?」
「――はい……私の力です」
ユウタは愕然とする。こんな少女が、これだけの騒ぎを起こすなんて……
「でも、信じてください。これは私の意思ではありません」
それはユウタにもわかっていた。ナタリアは確かに精神支配されていた。
「それじゃ、さっきの男が⁉」
ナタリアは頭を横に振る。
「いえ、違います。『盟主』と呼ばれている人に精神支配を受けました」
「盟主⁉」
デスナイトから逃げ回りながらの会話だったのだが、「盟主」という名に思わず立ち止まってしまう。
「ユウタさん。後ろ……」
振り向くとデスナイトの奇怪な形状をした剣がユウタの頭上目掛けて振り下ろされるので、慌てて避ける。大きいだけあって力はありそうだが、ナタリアの言う通り速さはない。フィンやセーデ、それにティラ。速い相手と何度もやり合ってきたので、その動きに比べたらスローモーションのようだ。よっぽど、ボーっとしない限り、デスナイトの攻撃は避けられる――それより。
「今、盟主……って言ったよね?」
「えーと、そうです。確かに『盟主』と呼ばれてました」
背筋が凍った。
まさか――ズーラーノーンが?
それは、邪悪な実験を繰り返すカルト集団。彼らによって一つの町が滅んだ――そう、仮面の女から昨日聞いたばかりだ。しかし、真の狙いは、盟主の……
(おーっと、あぶない!)
デスナイトに囲まれると、ジャンプして回避する――を繰り返すユウタ。図体が大きいためか上空までは追ってこない。
しかし、こちらとしても攻め手がない。
「何かデスナイトの弱点とか知らない?」
苦し紛れに、ナタリアに質問する。
「えーと、弱点なのかどうかわかりませんが、あることはあります」
えっ⁉ 在るの⁉
「それは⁉」
「アンデットに関わらず、召喚されたモンスターを元の世界へ送還する魔法があります。それなら、上位のアンデットでも有効です」
おーっ、そんな魔法があるんだ⁉
「それって、どうすればいいの?」
「えーと、アンデットの本体に術式を込めた魔方陣を書いて、詠唱すれば送還完了です」
んー? 冷静に考えよう――
「……本体に魔方陣を書くって?」
「はい、その間、デスナイトを抑えてもらえれば……」
それって、倒すのと同じぐらい難しいのでは?
ユウタは苦悩する――
ナタリアの話では十秒もあれば魔方陣は書き終えるというが……
しかし、選択肢が増えるのは悪いことではない。ここは何か策を考えよう……
とにかく、今はデスナイトを街に入れないことが先決だ。どうやって、街から遠ざけるか?
しかし、ユウタの思うように事は進まない。
アンデットの数が減ってきたことで、冒険者達が丘の上まで進軍して来てしまったのだ。
「戦士達の丘まで来たぞ! 一気にアンデットを殲滅だ。」
「うわーっ! 来ちゃだめ‼」
ユウタが目一杯大きな声で叫ぶのだが、士気が上がっているところで、進攻を止めようと思うものはいなかった。
デスナイトの一体が、冒険者達に気付きそちらに向かう。他の三体も逃げ回るユウタを放っておいて、人数の多い方へ転進する。
「うわっ! なんだ⁉」
突然、大型のアンデットが現れたことで、冒険者達が蜘蛛の子を散らすように思い思いの方向で逃げ回った。
デスナイトに捕まると為す術もなく、剣で切られていく冒険者達。
ユウタも「大盗賊の魔剣」で応戦するが、ナタリアを背負っているので、激しい動きが出来ない。
「逃げろー!」
冒険者が一斉に街へ引き返すとそれを追ってデスナイトも街へ向かってしまう。
「ユウタ!」
「ユウタさん!」
ラミィとフィンがユウタを見つけて駆け寄ってきた。
二人の無事を確認できて安堵するユウタ。逆にラミィは、ユウタの背中の少女を見て驚いた。
「なんでナタリアがいるの⁉」
「その話は後だ。それより先に戻って、衛兵さん達に状況を知らせて欲しい。僕もナタリアを安全な場所まで運んだら直ぐに合流する」
二人が「わかった」と応え、街へ駆け戻る。獣人の脚ならデスナイトを追い越せるだろう。一刻も早く伝えて守りを固め、街への進入を防がなければならない。
「ごめんなさい。私のせいで……」
謝るナタリアに、ユウタは首を振る。
「ナタリアは被害者だよ。僕が証明する。それより、僕がアンデットの動きを止めたら、送還は頼むな」
ナタリアは「もちろんです」と応える。
(それより、どうやって動きを止めればいい?)
その方法が全く思い付かないユウタだが、今はナタリアを何処に下ろせばいいか? それを考えるのが先だ。
ユウタは二度三度ジャンプして、丘を一気に下る。その間にデスナイトを追い抜いた。ラミィとフィンはそれより前だ、さすがにナタリアを背負っている分、二人には追い付けない。
それでも、他の冒険者達よりは早く戻ることができた。
防衛線の柵の前で、ラミィとフィンが衛兵と話しているのが見えた。ここは二人に任せる。
「ユウタ!」
柵を飛び越えるユウタを見付け、ラミィが叫ぶ。
ユウタは「直ぐに戻る」と応えると、そのまま街の中へと進んだ。
(さて……安全な場所と言っても……)
ユウタが辺りをキョロキョロと見回していると、ユウタの名前を呼ぶ声が聞こえた。
その方向へ振り向くと見張り櫓の前で、ルース―カベリア市長が衛兵達と一緒にいるところを見付けた。
「ルースさん!」
ユウタが近寄ると、ルースは背負われている少女に気付く。
「ナタリア⁉ 何故一緒に?」
「その話は後で。それよりデスナイトが四体、こちらに向かっています」
「なっ⁉」
ルースが珍しく声を詰まらせる。
「僕は戻るんで、ナタリアをお願いします」
「――わかった。既に一般人は街の南まで避難を完了している。最悪、街まで進入されても一般人の被害は出ないが……」
いつもの堂々としたルースは影を潜めて、不安そうな顔をするルース。
「街中は誰もいない――か……」
ユウタは少し考え込む。
「――わかりました。なんとか奴らを足止めしてみます……それより、もっと心配なことが……」
ユウタの声が小さくなり、ルース以外が聞こえないように話す。
「どうやら、盟主が来ているようで、この騒ぎの犯人も盟主のようです」
一瞬だけ驚いた顔をするルースだが、今度はいつもに増して真剣の顔付きをする。
「――わかった。その件は私が調べてみよう」
「お願いします! 詳しい話はナタリアに聞いてください!」
そう言って、防衛線に戻ろうとするユウタをルースがもう一度呼び止める。
「ユウタ君、これを持っていきなさい!」
ルースが何かを投げた。黄色い輪っかのようなもので、ユウタはそれをキャッチする。
「これは?」
「捕縛用の魔道具だ! デスナイトは通常の攻撃は通用しない。輪投げの要領で使えば、勝手に捕縛してくれる。一回分だが無いよりマシだろう」
「わかりました! 使わせて貰います!」
飛ぶようにその場を離れるユウタを、ルースは目で追った。
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