第17話 その五

 カニージャは自室に籠り、ドライアードに関する文献を見直していた。

 大昔、この世界が緑で覆われていたとき、ドライアードはどこにでも居る妖精だった。その後、人間が森を切り開き、町や農地にしていくうちにその数を減らし、大戦争で森が焼き尽くされると、人前に出ることはほとんど無くなったと文献には記されている。

 最近では、森で迷った人間に帰り道を教えたり、危険を知らせたりする事例があるくらいだ。

 歌が好きで、歌っていたり、楽器を演奏していると寄ってくるらしいが、そもそも恥ずかしがり屋のため、気付くと直ぐにどこかに隠れてしまうらしい。

 本体と呼ばれる樹木がありそれが枯れるとドライアードも死んでしまう。また本体から離れすぎても、枯れるように黄色く変色し、しわしわになって死んでいく。

 しかし、一度だけ例外が見つかっており、本体が宿り木だったドライアードは、本体ごと身に纏って移動することが可能だった。

 それが百年前のことだ――

 今回のケースも、本体が宿り木と同じなのでは? と、カニージャは考えていた。

 ドライアードは大樹の幹にいたという。もし、大樹が本体なら、ドライアードが生まれたばかりの幼生であるのはおかしい。大樹に寄生した宿り木が本体と考えるのが自然だ。

 しかし、この幼生は本体と思われる樹木が見当たらない……

 実に不思議なことだが、このドライアードは体内に本体の樹木が在るのでは? とカニージャは考えた。

 もちろん、そんな実例など、どの文献にも載っていない。あくまでも、カニージャの推測に過ぎない。

 しかし、その仮定が正しければ、箱の中に閉じ込めておくのは、植物として光合成ができなくなるので、危険なはずだ。

 そうと言っても、街中で堂々と太陽の下に出すわけにはいかないので、彼は街の外でドライアードに太陽を浴びさせようと考えていたのだ。


 カニージャは文献を読むのをやめて、部屋から出た。これ以上、新しい情報を見つけるのは難しいと考えたのと、移動の準備が進んでいるかを確認したかったためだ。

 三階の自室から、階段を使って一階へ向かった。

 途中、上に向かうメイドとすれ違う。どうしたのかと訪ねると、いつもなら、この時間、なにか夜食を持ってくるように主人であるアゴラが言ってくるのに、今日は何も言ってなかったので、どうするのか聞きに行くところとのことだ。

 そうかと言って、そのまま行かせようとしたが、今日は五階に誰も近づけないように言われていたのを思い出した。

「待ちなさい」

 カニージャはメイドを呼び止め、アゴラの指示を伝えた。

 メイドは「わかりました」引き返してくるので、カニージャもそのまま一階に降りようとした。その時、なにかが通りすぎたような気配を感じて、歩みを止めて辺りを見回すが、メイド以外の人影はない。

「いかがしました? カニージャ様?」

 不信に思ったメイドが声を掛けたが、カニージャは「いや、何でもない」と踵を返して降りていった。


 ******


 三階に上がる手前で、オリハルコン級の気配を感じて、ユウタは緊張したが、どうやら気付かれなかったようだ。

 確か、カニージャと言ったか? さすがに騎士団長を勤めただけあり、威圧感がある。正直呼び止められた時には、背筋が寒くなった。

 呼び止められたのが、自分でないことがわかり、聞こえないようにゆっくりと深呼吸して、カニージャの横を通り過ぎようとしたところ、再びカニージャが立ち止まるので、今度こそ気付かれたかと肝を冷やしたが、どうやら大丈夫だったようだ。

 念のためカニージャの姿が見えなくなるまで、ずっと身動きしなかったが、そのまま下へ降りて行ったで、ユウタは三階へと歩みを進めた。

 三階のフロアに辿り着き辺りを見回す。人の気配はない。探知の能力で、近くに誰かいれば気配を感じ取れるのだが、やはり、長年の習慣で自分の目で確認した方が安心する。

 そこで再度、探索を行う。やはり、一階と違って上の階は手薄だ。一階で探索した場合、冒険者クラスの反応が多くて、すべてを読み解くのに時間が掛かったが、三階より上は、冒険者クラスが四階に二人。他には見当たらない。そして、「冒険者とも一般人とも思えない気配」は冒険者二人に挟まれた状態でいた。

 やはりこの気配がドライアードのもので、二人が見張り役のようだ。

 そうとなれば、二つ目の問題、ドライアードの居場所を特定することも難なく突破できそうだ。

 ユウタはハッとした。

 もしかしたら、レグルはユウタがドライアードの気配にも感じ取っていることを気付いていたのかもしれない……だから、あえてドライアードについては特に説明しなかったのかも……

 やはり、とんだタヌキ親父だと少し腹が立った……

 ユウタは慎重に四階へと昇り、階段の踊場にたどり着く、気配を感じた部屋は一番奥だ。そこまでは、足音を立てないようにゆっくりと進む。

 そして、部屋の前までくると、扉に体をくっ付けて、探知によって部屋の中の気配を感じる。

 やはり、中にはミスリル級が二人。それと、もう一つの気配……おそらくドライアードだ。

(さて、二人の見張りをどうやって片付けるか……)

 ユウタはいくつか策を考えてきたが、その中で状況にあったものを選び、それを実行する。

「おい、夜食を持ってきた。ドアを開けてくれ」

 もちろん、夜食などない。相手が二人なので、まずは一人を引き離す作戦だ


 中の二人は互いに顔を見たあと、一人が「やれやれ」という顔で椅子から立ち上がり、扉へと向かう。

「ホラよ。夜食じゃなく交代はまだなのか?」

 そう言って廊下に顔を出すのだが誰もいない。

 おかしいなと思い、頭を伸ばして扉の反対側を覗いた瞬間、後頭部に激痛が走り、その痛みに絶えきれず、気を失う。

 床に崩れ落ちる前に、ユウタは男の体を支え、そのまま部屋の中に引きずり込み扉を閉める。

「おい! どうしたんだ⁉」

 もう一人が異変に気付き、立ち上がって近付こうとする。

 そのタイミングでユウタは不可視の状態のまま、近付いてくる男の後ろに回り、同じく後頭部を手剣で叩き、気絶させる。

「ふう――」

 ここまでは予定通り、事が進んでいる。

 さて、肝心のドライアードなのだが、見回しても姿は見えない……

 しかし、すぐ近くに気配は感じる。そして、その反応を示す位置には大きな木の箱がある。そういえば、ラミィが宝箱を運ぶ集団を見たという話をしていた。これがその箱か? 確かに物語やゲームで出てくる宝箱のデザインに良く似ている。

 箱の中にドライアードの幼生を閉じ込めるというのは、思ってもいなかった。

おそらく、品物として街に持ち込んだのだろう。そして、このまま、また街の外に持ち出すつもりだったのかもしれない。

 ユウタは箱を明けようとするが、蓋はびくともしない――

 直ぐに鍵が掛かっていると気付いたが、特に慌てることでもない。そんなことがあるかもしれないと、解錠ツールを準備してある。

 シーフの解錠能力で、箱には魔法による施錠がしてあることに直ぐに気付いた。高位階の魔法でもない限り、解錠は可能だ。

 針金のようなツールを鍵穴に差し込み、鍵山と魔力の流れを、指先で感じ取る。

 ユグドラシルでは、「ツールを使う」というアイコンを選択すると、施錠のレベルと解錠のレベルの差に合わせて待ち時間が発生し、時間オーバーになると「失敗」の表示が出る。

 しかし、この世界では、頭に浮かんだようにツールを動かすと解錠する。

 今回も特に苦労せずカチッと施錠が外れる音がした。


 ******


 カニージャは、一階まで降りるとメイドと別れ、明日の準備状況を確認しに店内へ向かう。今回は各地域の特産品を運ぶことになっている。アゴラ商会は自分の店で販売するものだけでなく、他の店から預かっているモノも輸送する。つまり輸送業も兼ねることで、荷物一つあたりの輸送コストを押さえるとともに、大集団で移動することで、盗賊やモンスターに襲われ難くしている。

それだけではない。都市に入る時には検問がある。持ち込みを禁止されているモノは、検問で見付かってしまうが、持ち込む量が多いと、見落としも発生する。アゴラ商会のような大きな店なら、信頼もあり、すべての荷物を確認することはない。

今回のキャラバンでベバードに運ばれるモノの中には密輸品が多数含まれている。ドライアードばかりでない。


 ふと気付くと、店の角に絨毯が放置されている。

 絨毯は、東の亜人族が手編みしたもので、都市国家連合ではモミーシロップと並ぶ輸出品だ。良い品だと、金貨百枚もの値が付く。

「おい、これはどこの荷物だ?」

 カニージャが準備の責任者の男に質問する。

「それが、伝票がないので、どの馬車に乗せるものかわからないっすよ。今、伝票を探しているですが、まだ、見つかってないっす」

 男はすまなそうに説明する。

 カニージャは腕組みをしながら、それらしい伝票をどこかで見掛けた筈だと、記憶を辿る。

「確か二階の倉庫でそれらしいのを見掛けたような気がする……」

「本当っすか⁉ 今から行ってみます!」

 そう言って、持ち場を離れようとする男を止める。

「良い! お前は準備を続けろ。私が見てくる」

 カニージャが店内から出ようとすると、大きな箱を二人掛かりで運んでくるので、それを避けながら、階段まで辿り着き、二階へ昇る。

 二階の倉庫は比較的頻繁に持ち出すことのない品物が置いてあるため、人の出入りが少ない。そんな場所の品物の上に紙が置きっぱなしになっていたので、カニージャは覚えていたのだが、まさに絨毯の伝票だった。

 受け取り先の名前を確認すると、「夜更けの薔薇商店」と書いてある。

(またか……)

 カニージャはこの店の名を、今回輸送する積み荷の伝票で幾度となく見ていた。

 それまでは全く見たこともない店なので、新しい取引先のようだが、ネーミングにセンスがない。

 王国の裏組織であった「八本指」が密輸するときに、こういったネーミングを使っていた。どうも密輸の長の趣味らしい……八本指は壊滅的な痛手を被った筈だが、再び勢力を取り戻してきたのだろうか? その住所は王国の首都、リ・エスティーゼとなっている。

 しかし、注文している物質は、八本指が好んで密輸していた金目のモノではなく、滅多に出回らない希少価値の特産品ばかりのような気がする。

それと食料。それも、モミーシロップのような嗜好品ではなく、保存の利く干し肉や芋の類だ。

 これらは、以前の八本指なら買うことはなかったのだが……

 念のため、調べておいた方がいいだろうと、カニージャは考えた。


「おい、白いの」

 伝票を手に取ったまま、倉庫から出て、階段を降りようとしたところ、誰かに呼び止められた。「白」とはカニージャは来ているカンドゥーラのような服のことだろう。

 声の方向を見ると、丸刈りの背の低い男が近寄ってくる。カニージャが二メートルほどある大男なので、まるで大人と子供くらいの体格差があるのだが、丸刈りの男の威圧感はカニージャのそれを凌駕している。

「セーデ殿、いかがなされました?」

 カニージャは銀糸鳥メンバーの名を呼ぶ。「暗雲」の二つ名を持つ、ケイラ・ノ・セーデシュテーンだ。

「すまんが、トイレは一階かい?」

 カニージャは、セーデの威圧感に少し緊張していたが、トイレを探しているだけとわかって、ホッとする。

「それなら、この先の突き当たりを右に曲がって二つ目の扉になります」

「おお、そうかい! この階は全部見たつもりだったが、気付かなかった。助かったよ」

 そういうと、カニージャが指差した方向へ歩き出す。

 少し見送ったあと、カニージャは登ってきた階段を降りようとした。その時、セーデに再び呼び止められる。

「そうだ。この屋敷にコソ泥が入り込んでるぜ! まあ、俺たちはまだ契約期間前だから、そんなこと教える義理はねえんだけどな。これはサービスにしてやるよ」

 そう言って、セーデは軽く手を降り、カニージャから離れていった。

(コソ泥? この屋敷に?)

 カニージャは少し考えて、はっとすると、急ぎ上の階を目指した。


 さっき、三階から階段を下ろうとしたときに感じた違和感。あれは、不可視化の魔法か何かだったのだ!

 騎士団の団長をやっていたときなら、直ぐに気付いたものを……ブランクが長くなり、気づけなかった自分に憤りを感じた。

 三階以上で侵入者が狙うとすればアレしかない!

 カニージャは迷わず四階へと向かった。


 ******


 ユウタは箱を明けた瞬間、思わず息を飲む。

 中には、人間の幼女と言っても差し支えない姿の妖精が眠っていた。

 人間との違いは、髪の毛が緑色というところくらいか? その髪は足元まであるほど長く美しい。髪と同じ色の大きなリボンをしている……いや、良く見るとリボンではなく、大きな双葉か? 何よりも、幼いながら整った顔立ちに、ユウタは少し頬を赤く染める……

 ユグドラシルでの妖精族はもっと異形の外見をしていた筈だが、目の前のそれは幼いながらも淑女の気品さえ漂わせていた。

 少しボーっとしてしまうが、そんな時間がないことを思い出し、ドライアードの幼生を箱から持ち上げようとした。

 両手で抱き上げた瞬間、幼生の目がゆっくりと開いた。幼生の目は髪と同じく緑色で、ユウタはまたドキッとする。

 幼生の顔がゆっくりとユウタの方を向くと、不思議そうな顔をして見つめる。

「……おじさんは……?」

 ユウタは少しムッとする。確かに、前の世界では、もうおじさんの域に足を踏み入れた年齢になっていたが、この世界での外見はどう見ても十代だ。

「お・にい・さん・は、ユウタだよ――君を助けに来たんだよ」

「……わたしを……?」

 ここでユウタは、ハッと気付く。そういえば、この幼生は、ここに誘拐されて来たと認識しているのだろうか? もしかしたら……いや、間違いなく、今の自分の方が怪しいと思われているだろう……

 ユウタは顔が引きつる……もし、ここで泣き叫ばれたら、非常に不味い状況に陥ってしまう……

 ここは、何か上手い言い訳を考えて、不信感を取り除かなければならない……しかし、どうやって? 考えてみたら、今までこの年齢の子供とコミュニケーションを取った記憶がない……

 ユウタは考えれば考えるほど、言葉が出てこない。背中からは嫌な汗が吹き出てきた……

 そんなユウタを他所に、ドライアードの幼生は首をゆっくりと縦に振る。


「うん……わかった」


(わかったんかい!)


 ユウタは、悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えて、落ち込んでしまう……

「うん……わかってくれてありがとう……立てる?」

 幼生は頷くと、ユウタの手から離れて、箱の中で立ち上がった。

(さすがに何か着せてあげないとな……)

 ユウタは一旦装備を脱ぎ、着ていた下着をドライアードに着させる。もちろんサイズがかなり違うので、かなり不格好な姿になってしまうが、裸のままよりマシだろう……

 ドライアードの幼生は片方の肩から襟がズリ落ちた状態のまま、服の匂いをクンクン嗅いでいる。

「……なんか、くさい……」

「我慢しなさい……」

 自分はまだ体臭が気になる年齢じゃないと思っていたので、面と向かって言われて少し傷ついた……

 装備をもう一度装着すると、今度はどうやってここから脱出するか考える。

「……やっぱりその手しかないか……」

 ユウタは幼生の目の位置までしゃがみ込む。

「おんぶってわかる?」

 幼生はコクリと頷く。

「それじゃおんぶするね」

 ユウタは背中を向け、幼生に乗るように促す。

「……おんぶしてくれるの?」

 幼生は恐る恐るユウタに聞いてくる。

「おんぶ嫌い?」

 ユウタの質問に、幼生は大きく首を横に振る。

「それじゃ、乗っていいよ」

 そういうと、幼生は勢いよくユウタの背中に飛び乗り、しっかりと抱き付く。

「うん、いいよ。そのままじっとしていてね」

 後は不可視化のローブを上から着て、ドライアードごと不可視化した状態で屋敷を出れば、ミッションコンプリートだ。

「ところで、君の名前は?」

「わたし……? 名前……ない……」

「そっか……」

 あまりにも悲しそうにドライアードの幼生が言うので、ユウタはなんだか申し訳ない気持ちになる。

「……それじゃ、お兄さんが名前付けてあげようか?」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ。ここから抜け出せたら名前付けてあげるね」

「うん!」

さっきまでと違って、明るい声になったので、ユウタは安心した。

(それじゃ、とびっきりいい名前を付けてあげないとな――)

 それでは行こう! と、ユウタがローブに手を伸ばした。

 刹那。

 扉が勢いよく開き、そこに白い服を着た大男が立っていた。


「お前は誰だ!」

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