第16話 その四

「まだ、は目を覚まさないのか?」

 アゴラは少し焦ったような声で、カニージャに問い掛ける。

「はい……いっこうに目覚める気配はありません」

「ま、まさかこのまま死んでしまうことはあるまいな?」

「文献を確認したところ、ドライアードは本体となる樹木から無理やり引き剥がすと、すぐに枯れるように死んでしまうそうです」

 アゴラは「それじゃ、やっぱり……」と、狼狽えた様子だ。

「いえ、もしあの大樹が本体なら、連れてきた時点で死んでいたと思います。まだ生きているということは、本体は別にあるのかと思われます」

 あるいは……と、カニージャは付け加えようとしたが、言うのを止めた。それはあくまでも主観的な考えで、何の根拠も無かったからだ。

「……それじゃ、いったい、いつ目覚めるのじゃ⁉」

「何せ、幼生に関する文献が少なく……」

 アゴラはそれ以上聞き返さない。イライラしていたが、これ以上、カニージャに問いただしても仕方がないとわかっていた。

「ここはやはり、早くベバードに向かうべきでは? と愚申します。向こうには様々な研究機関もあります。それに帝国の文献も手に入り易いので、何かわかるかもしれません……」

「ベバードに?」

 ベバードは港のある貿易都市だが、連合の首都で、連合では最も大きな都市でもある。帝国にも近いため、帝国の出先機関も多数存在する。そうとなれば、チトでは得られなかった情報を入手できるかもしれない。

 アゴラは少し考える。それが得策だとは正直思えないが、他に手段がないなら、反対する理由がない。

「……わかった。そのように準備するが良い」

「畏まりました。それでは、今晩にでも……」

「いや、今晩はだめだ! ワシは今晩大事な用事がある。やはり明日の朝だ!」

「それでは、明日の朝……」

 カニージャは深々と頭を下げる。

「それはそうと、街道の盗賊はまだ捕まっていないのか?」

 街道沿いに出没する盗賊は今に始まったことではない。ベバードまではすべて山道で、賊が隠れる場所には事欠かない。軍隊や冒険者が警備しているが、それでも被害は無くならない。

 最近は、特に金目のものを狙った盗賊が出没するようになり、先日、カニージャ率いるアゴラ商会のキャラバンも狙われた。

 そのときには、カニージャの機転で被害は最小限で済んだが、現れた女盗賊は明らかにアダマンタイト級の戦闘力だった。

「それが……ベバードからの討伐隊が全滅したという情報がきてます」

 カニージャの説明では、討伐隊はオリハルコンとミスリル級で結成したべバードの精鋭だったが、出陣して三日後、街道沿いの岩の上に、討伐隊全員の生首が並べられていたらしい。

「討伐隊が全滅じゃと⁉」

 アゴラは腰が抜けたかのように、よたよたと後退りし、ソファーに座り込む。

「だ、大丈夫なのか?」

「その為に、銀糸鳥の方々を雇ったのです。もしあの女盗賊が出てきても、負けることはないでしょう」

「ならば良いが……しかし、銀糸鳥のメンバーが、まだ二人来ていないというではないか⁉ いったいどうなっておる⁉」

「それが……二名とも入国審査で拘束されて遅くなっていると……」

「なんだと⁉ 実は犯罪歴があるとか言わないだろうな⁉」

「いえ、拘束された理由は、身なりや受け答えに問題があったということらしいです。リーダーのフレイヴァルツが言うには、いつものことで、そのうちやってくると……」

「なんだ、そのいい加減な説明は⁉ これだから、帝国の奴らは信用ならん!」

 カニージャは黙って特に反応しなかったが、彼も帝国出身である。しかし、アゴラは意に介せずで、帝国の悪口を続けた。

「アゴラ様。もうお時間を過ぎましたが……」

「なんと、そんな時間か⁉」

 アゴラはポケットから、宝石がいくつも埋め込まれ、いかにも高そうな懐中時計を取り出し、時間を確認すると、慌てて扉へと向かう。

「いいか。今日は絶対に五階には誰も入れてはならぬぞ。どんなことがあってもだ!」

 カニージャが「畏まりました」と言い終わるより早く、扉が閉まる。


 ******


(さて、どうしたものか……)

 自分の家に帰ったあと、ユウタは夕飯を作りながら、作戦を考えていた。

 ちなみに、食事を作るのは、しばらく三人の持ち回りだったのだが、あまりにもユウタの作る料理が旨いので、今はユウタの仕事になっている。


 街で買ってきた芋類を適当な大きさに切って鍋に入れながら、レグルから教えてもらった銀糸鳥のメンバーの特長を思い出していた。

しかし、五人ともどうも掴み所がない……


 リーダーは吟遊詩人だというのでサポート職かと思えば、前衛での戦いはメンバー屈指だという。ユグドラシルでも吟遊詩人はいたが、前衛など聞いたことがない……いったいどういう戦い方をするのか?

 次に「シカケニン」という職業。いったいどういう職業なのか?レグルの話ではアサシンからの派生ではないかというが、何がシカケニンかさっぱりわからない……

 僧侶というのもいるらしい……神官の類いか? ならば信仰系の魔法を使うかと思ったら、精神系魔法の術者だとか……

 残り二人はもっとわからない……一人は亜人らしいが、自ら獣の魂を宿して戦うという……バーサーカーのようなものかと思ったが、巨大なアックスの使い手だとか……獣が武器を使うのだろうか……

 そして最後は……上半身裸のトーテムシャーマンという職業……こちらもシャーマンというくらいだがら信仰系の魔法を使うのかと思うのだが、裸である必要があるのか? 前衛なのかも後衛なのかもわからない……

 正直、戦い方が全くイメージが湧かない……これでどう相手にすればいいというのか?


 考えがまとまらなくなると、気分転換のために手を動かす。

 塩漬けにして保存していたワイルドボーの肉に、香草を入れて、魔法のコンロで煮込み始める。

 この世界では、魔法で調理するが、火力が弱いので、焼き物には向かない。

 たまには豪快に焼いた肉を食べたいのだが、街中での料理は調理器具の都合上、どうしても煮物が中心になってしまう……

 その為、肉の臭みを取るのに香草が必要になるのだが、ラミィが良質の香草を採ってきてくれるので、ユウタの作る料理の味は街の料理屋より旨い!


「ただいま――うわぁ! いい匂い!」

「本当にいい香りですね」

 ラミィとフィンは帰ってくるなり、立ち籠める香草の香りを胸いっぱいに吸い込む。これで一気に食欲がピークに達した。丁度、皿に盛り付けたタイミングだったので、後はテーブルに座るだけで食にありつける状況だ。

「シャワー浴びなくてもいいの?」

 ユウタは買ってきたパンをテーブルに並べる。

「もうムリ! お腹ペコペコ!」

 ラミィはいただきますと言うや否や、香草で香り付けされた芋を一口で頬張る。

「ねえ聞いて! 今日、森の中でスゴい行列を見たの!」

 いつものことだが、ラミィの話しはいつも突然始まる。その日の気付いたことを、何の脈絡もなく喋り始め、何のオチもなく終わる。

 終わったと思ったら、全く別の話を始める。

 そういえば、前の世界で付き合っていた「花*花」もそんな感じだった。女のコはどの世界でも同じだな……そんなことを考えながら、ラミィの話に耳を傾ける。

「その中にミスリルの冒険者もいたけど、いったい何だろうね? なんか、宝箱みたいなのを運んでいたのだけど、本当に宝物だったらどうしよう?」

 別にそれが宝箱だったとしても、ラミィが悩む必要は全くないのだが、ミスリルの冒険者というのが、アゴラの屋敷と重なって引っ掛かる……

「このお肉美味しい!」

 森での話が突然切れて、ラミィは頬張った肉に目を輝かせる。

「これは、この前倒したワイルドボーの肉ですよね? この前食べたときより柔らかい気がします。それに味も落ちていないどころか、より美味しくなったような気がします。いったいどうすればこのようなことができるのですか?」

 フィンは的確に食材の変化を感じ取っているようだ。ユウタが前いた世界では、得に珍しい手法ではないのだが、少し自慢気にユウタが説明する。

「ああ、これはワイルドボーの肉を塩漬けにしたものだよ。保存が利くうえに、熟成する事で旨味成分が増えて、柔らかくもなるんだ」

 この世界での肉の保存は魔法による防腐対策が一般的だ。腐敗を遅らせる魔法を封じ込めた袋に入れておけば、腐れ易い肉も三日くらいは常温で保存できる。とても手間要らずの方法なのだが、鮮度が保たれるだけで、美味しくなるわけではない。

 この世界は魔法によって確かに便利になっているが、魔法に頼りすぎて、あまり、多様性が無い感じがする。

 料理がいい例で、火は魔法でいつでも安全に使える反面、焼く、炒めるといった料理に必要な強い火力は、一般市民では使いこなせない。

 パンを焼くオーブンは人間が持ち込んだらしいが、パン以外の料理に使用してはいないようだ。実に勿体無いといつも思う。

 塩漬け肉の他、ベーコンなどの燻製肉も保存するために開発された技術だが、そういったものもこの世界には存在しない。冒険者用に干し肉を売っているのを見かけるくらいで、それ以外の保存方法はなさそうだ。肉の保存は魔法という概念が抜けられないのだろう……

「ユウタって、本当にいろんなことを知っているよね! 店を開いてもやっていけるよ。絶対!」

 ユウタは苦笑いする。

 こういった、料理に関する知識は、ユグドラシルの料理人のスキルからくるもので、前の世界ではほとんど料理をしなかった。なので、あまり自慢できることではないのだが、こうして他の人に料理を作って出すという快感を最近になってわかってきた。


 食事が終わると、ユウタは自分の部屋にこもって、今晩の準備を始めた。

 結局二人にはレグルの依頼について話さなかった。

 話せば、ラミィのことだから、自分も手伝うと言うだろう……しかし、かなり危険な仕事だ。アダマンタイト級の冒険者と戦うことになるかもしれない。フィンならともかく、ラミィには荷が重い。

 二人が寝静まるのを待って、気付かれないように家を出ることにした。




 アゴラ商会がある辺りは、チトの街でも最も賑わう場所だが、酒を出す店が閉まり出すと、一気に人通りが減る。

 ユウタは少し離れた場所から、屋敷の様子を探っていた。


 ユウタは、無事にドライアードを連れ出すには三つの問題があると考えていた。

 一つ目は、どうやって屋敷に侵入するか?

 二つ目は、ドライアードの居場所を見つけられるか?

 三つ目は、銀糸鳥のメンバーと戦わない方法を見つけられるか?


 このうち、事前に見込みが立ちそうなのは最初の二つまでで、三つ目は結局、何も思い付かないまま、今に至る。

 入口には、二人の男が立っていて、その他のも頻繁に出入りする人がいる。理由はわからないが、ユウタとしては好都合だ。最初の問題であった、「屋敷への侵入方法」については、これでなんとかなりそうだ。

 ユウタは着てきたローブのフードを被る。

 すると、ユウタの姿が辺りの景色に溶け込む。いわゆる、不可視化の魔道具だ。

 ユグドラシルではポピュラーな魔道具で、PK戦では不可視化対策も当たり前のため、ほとんど役に立たない。しかし、シーフの場合、ダンジョンに盗みに入る方法として不可視化のローブは必需品となっている。

 

 ユウタは魔法のローブで姿を消したまま、屋敷の入口に近づくと扉が開くタイミングを見図って中に侵入する。

 中に入ると、数人がなにやら荷造りの準備をしている。どうやらこのあと、どこかに出発するようだが、荷物の数からして、かなりの大人数での移動になるようだ。

 ふと、目の前を体の大きな男が樽のような物を担いで通り過ぎる。

 ユグドラシルの時もそうだったが、相手が本当に自分の姿が見えていないのか、不可視化の状態で敵の中にいる場合、いつも不安になる。

 それだけ、他人が普通にしているということで、それこそ不可視化が成功している証拠なのだが、あまりにも自然なので、ただ無視されているように思えてしまう。

 ユウタはここで探索の特殊能力を使う。

 盗賊系職種が使う「探索」は、潜水艦のソナーのようなもので、一回発動すると、周囲の形状や生き物の位置がわかるが、次に発動するには五分掛かる。

 それとは別に「探知」という能力もあり、こちらは発動中、常に周囲の気配を感じ取れるのだが、その範囲は探索より狭く五メートルくらい。それでも、壁の向こうや死角に潜む敵を常に把握できるので、こういった建物の中ではとても有効だ。

 さて、なぜ探索を行ったのかというと、ただ敵の人数を確認するだけでは無かった。昼間、来たときの感じた「冒険者とも一般人とも思えない気配」を探るためだ。ユウタはそれが妖精、つまり今回のターゲットであるドライアードではないかと考えたからだ。

 探索では、昼間と同じく、オリハルコンとそれ以上と思われる強い気配が4つ感じられた。どうやら、銀糸鳥五人のうち、二人はまだ居ないようなので少しほっとする。

 そして、「冒険者とも一般人とも違う気配」は、昼間は一階で感じたが、今は三階以上に居るようだ。

 探索は水平方向なら部屋の間取りまでだいたい把握できるのだが、上下方向は上手く距離感が掴めない。すぐ上の階はほぼわかるのだが、それ以上はゴチャゴチャとしたイメージしか掴めない。もっとレベルの高い探索なら上下方向も正確に把握できるのだが、ユウタのレベルでは、それが限界だ。

 仕方ない、三階まで昇ったところでもう一度、探索を行おう――ユウタはそう決めて、慎重に歩みを進める。

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