神川①

 転校生マジック。一度は聞いたことはあるだろう。いわゆる、新しく来た子が可愛かったり、カッコ良かったりする現象だ。だが、それにオレが引っかかったことは一度もなかった。

 理由は単純だ。アニキがイケメンすぎて、連れてくる彼女が軒並み美女なのだ。当然そっちに、叶わない恋をしていたので、クラスの女子に惚れることは全くなかった。

 そんなオレを落とすような、高嶺の花が、現れてしまった。しかも、同学年に。



 あれは、忘れもしない、小五の春だ。新しいクラス表が下駄箱に貼り出され、また誰々と一緒だった、とか。同じクラブのあいつとは一度も同じクラスになってないな、とか。そんなことを考えていた。

 自分の名前を見つけ、同クラスの人を確認していると、見慣れない名前があった。女子だった。


 彼女はオレの左隣の席だった。黒板の前に立ち、「高城です」とだけ言って、オレの隣に座った。

「……高城さん」一応話しかけてみたが、全く反応はなかった。それでも、「どこの小学校から来たの?」と話しかけ続けた。しかし、

「……言いたくない」と言ったきり。後の質問は無視され続けた。



 オレは、高城と仲良くするのを諦めて、男子グループに入っていった。

「神川ぁ、あの転校生、好き?」ちなみに、オレの名前は、神川だ。

「それはない」と、適当に受け応えしていると、

「嘘だ!だって話しかけてたじゃん。会話してたじゃん」

「オレはみんなと仲良くなりたいんだよ」それは本音だ。損なことはないからだ。

「全員にモテたいの!」ハハハ、と男子が笑った。だが、オレはそれに構う余裕はなかった。水口と久代のガールズコンビが、高城の、鉄壁のガードに挑もうとしてたからだ。

 オレはその三人を凝視していた。しかし、間に男子グループ一同が居座っていたので、良く見えない。隙間を探すと、自然とchoo choo TRAIN になっていた。

「やっぱり好きじゃん!」男子の冷やかしは自然と気にならなくなっていた。だが、それのせいで、三人が何と言っているかわからなかった。それでも、会話が成立していたのは確かだ。

 定点観察を諦めたオレは、水口たちが動くのを待った。数秒としないうちに、三人は立ち上がり、揃って教室を出た。

 オレは、彼女たちの跡を追いかける。

 理由は一つだけ。尾行だ。が、

「水口?久代?高城?」

「誰が好きなのか!」

「それとも……全員!」うるさい男子がすぐそばにいることを思い出した。

「あ!あそこにUFOが……」窓の外を指して、叫んだ。そのまま、教室から逃げ出した。



 ここまでくれば、もう諦めるだろう。トイレの、一番奥の個室に入り、オレは独りごちた。束の間、

「神川くんたち、うるさかったよね」

「ホント、なんで男子って、あんなにうるさいんだろうね」あれ?この声。妙に甲高い。

 あ、ここ、女子トイレじゃん。そう気づいた瞬間に息を潜めたのは、良い判断だった。だが、どうやって女子トイレから出よう。

 五年生になって早々、ヘンタイとは言われたくない。だが、ずっとここにはいられない。仕方がないので、しばらくそこに座っていた。

 すると、「え!高城ちゃんって、怖い話怖くないの!」久代の声が聞こえてきた。

「ま、まあ、そうだね」高城が答える。オレは、この三人が出たら、そのまま付いていこう、と決めた。

 だが、いくら待っても出る気配がない。既に、三人はトイレの外にいるような気もした。なので、ちょっと出てみ……

「ええと、何時までここでいるの?」水口の声が、突然聞こえた。オレのことを言われたのかと思って、身構えたが、

「真夜中になるまで、かな」高城が応えたようで、安心した。

「多分、無理だと思うよ」水口は、オレに気づいていないらしく、そのまま続けた。

「なんで?」と、高城。

「警備員さんが来ちゃうからね」

「そ、そうか……」高城は、一呼吸おいて、「アメリカには、そういうの、なかったと、思う、から」おどおどと応えた。

「やっぱり、キコクシジョって、そーゆーものなんだ」久代が言った。

「高城ちゃん、大丈夫だよ」と、水口。

「え?どうして?」

「この学校はフェンスが破れてるとこがあって、そこからいつでも入れるの」

「あ、そうなん……」

「そうなの⁉︎」高城に言ったはずが、久代のリアクションが大きすぎる。

「だから、一旦帰ろうよ」という水口の提案に、後の二人は応えた。



 三人が、トイレから出たタイミングで、オレは女子トイレから脱出した。どうやら、命名『ヘンタイ』トラップは回避したようだ。

 教室に、荷物を取りに帰ると、

「キスした?」などなど、男子の邪魔声トラップが聞こえてきたので、無視して帰った。

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