高城②

 久しぶりの学校。前の学校は、事情があって行けなくなったので、周囲の小学生とは違う、新しい景色だ。

 夏休みよりも長いあいだ引きこもっていたので、教室内からもれる笑い声と、春にしては眩しすぎる光に、恐怖を覚えた。それでも、真夜中に行った建物と同じ、そう思えば何とかなった。


 自己紹介も必要最小限で済まし、指定された、部屋の中で唯一空いている席へと移動した。途端に、

「……高城さん」と声が聞こえた。それの主は隣の席の男子。誰なのか、知るわけがない。眠いのに。そっとしてほしいのに。

「どこの小学校から来たの?」

「……言いたくない」私はぶっきらぼうに伝えた。

「前の学校って都会?田舎?」

「……」

「好きな教科は?」

「……」

「何か習い事ってしてた?」

「……」

「……そっか」彼は私との接触を諦めたようだ。

 そのまま先生の話が終わり、教室が騒がしくなった。隣の彼は直ぐに立ち上がり、他の男子たちの集団に入っていった。

「どうだ?神川。あの転校生は」ん?神川!?

 その聞き馴染みのある苗字に、私は動揺した。鳥肌が立ち、ポカポカとしている筈の室内で、寒気を覚えた。



 始業式の前日(当日)から、私は、深夜の学校探検が趣味になった。そのおかげで、授業中にも昼寝をしなければやっていけない体になってしまったが。

 夜の学校では、基本的に自由だ。とはいえ、何もしないことが多い。

 それでも、気まぐれに廊下を走ったり。音楽室のピアノを触ってみたり。壁の怖い顔をした人に話しかけて、反応が無くてがっかりしたり。気になる男子のお道具箱を物色したり。侵入するよりも、もっと罪深いことだってすることがある。

 昨日、友人と話をしていると、『二階にある男子トイレの奥から二番目の個室を、夜中の二時に百回ノックするの。それで、百秒待って、ドアを開けると、近くの窓から、落とされるんだって』という、 聞いたことがない怪談を聞いた。にわかには信じがたい。それでも、やってみようか。

 ほとんどの怪談は、実際に試してみて、嘘だとわかった。しかし、『怪談男子トイレ』(今名付けた)は初耳だ。なので、試してみようと思う。


 深夜二時になった。転校してから数ヶ月しかたってないが、校内への侵入口は見つけた。一時間前に学校までたどり着いたので、学校全体をくまなく歩き回った。まだ私が行ったことのない場所がたくさんあり、楽しかった。

 やっぱり、音楽室のピアノは動いてなかったな、とか。松永先生の机の引き出しにぬいぐるみがあったなぁ、とか。わかってたけど、男子の体操着は臭いなぁ、とか。学校探検のことを振り返っていると、あっという間に百回叩き終わった。あとは百秒、のんびりと待つだけだ。

 だけど、ただ待つのも退屈なので、声に出して時間を数えてみた。

「ろくじゅういーち、ろくじゅうにー……」ガタッ、と物音がした。これはもしかして…?私は負けじと大声を出した。

「ななじゅうさーん、ななじゅうしー……」別に怖いわけではない。

「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅー……」大きく息を吸い込んで、

「ひゃく!」ひっ、と大声が、トイレの中から聞こえてきた。聞き覚えがあるのに、誰の声か、思い出せなかった。

「ひっ、く、クソっ……」男子トイレの個室の中から、あまりにもか細い声が聞こえてきた。そして、間髪入れずに、ドアが開いた。私はとっさに隠れたが、中にいた男子は消えそうな声で、まるで私がそこにいるかのように喋った。

「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ……やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった……」明らかにビビっていたが、可愛かったので、聞き耳を立てていた。

 すると突然、体が浮き上がった。そのまま、三階の男子トイレの窓から、宙を舞った。

 足から外に出されたので、一瞬だが、顔は見えた。

 神川の、顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る