七不思議に恋して

深谷田 壮

高城①

「ミヨちゃん、今日からよろしくね」

 心のない挨拶。嫌い。

「荷物は、それだけでいいのか?」

「うん」

「そうか、そうだよな……」

 なんか、かってに同情された。私の過去も知らないくせに。

「それじゃあ、さ。中に入って」今日から母になる予定の彼女が、手招きをした。


 自室は、あまり広くはない。食事は居間、風呂もトイレもその先にあるので、それぐらいで十分だ。私がリュックの荷物を広げていると、「ごはんですよ~」と気の抜けた、それでいて他人行儀な声で母が呼んだ。

 晩ご飯は自信作と言っていたハンバーグだが、私は肉がそこまで好きではないし、頭痛がしたので、残した。そして、足早に自室へ戻った。新しい家に来たばっかりで、疲れがたまってるので、すぐに寝た。



 時計の針が2を指している。晩ご飯が始まったのが7時だから、大体6時間は寝たことになる。久々にぐっすり眠れたが、相変わらず頭が痛い。

 気晴らしに、窓を開けた。春だというのに、風が冷たい。私は持ってきたコートを着て、外を覗いてみた。夜の澄んだ空気、葉桜、そして、明日から通うことになっている学校。暇つぶしに読める本はないし、きっと朝まで眠れないだろう。大丈夫、こんな田舎町、女子小学生を追いかけまわすような悪い大人はいない。そう信じて、こっそり玄関まで駆けた。


 当たり前だけど、外には私以外、誰もいなかった。コートを着ているのに少し肌寒い。それでも、外灯に照らされた葉桜は暖かそうだった。場違いに。

 そのまま葉桜を追って進んたが、5分としないうちに頭痛に耐え切れなくなり、引き返した。

 そして、家の隣にある学校。あと数時間もすれば先生たちが集まり、私の下級生が楽しそうにやってくる。私はその様子を想像しただけで少し吐き気がした。そんな光景、私にはが合わない。

 それでも、目の前の冷たい校舎に集中していると収まってきた。まだ頭痛はするけど。

 学校を一周してみよう、そう思ったのは何でだろうか。それはよくわからなかったけど、実行に移した。


 柵に囲まれた小学校。まるで檻の中に居るよう。

どうしてこんな所に楽しく通うのだろう。級友と話すのが楽しいから?親に『行きなさい!』と命令されたから?それとも、親から逃げるため?

 そんなことを考えながら歩いていると、柵に大きな穴が開いている場所があった。深夜の学校に入るのはいけないことだが、さっきの答えがあると信じて進んでいった。


 当然のことだが、教室は暗い。本来なら懐中電灯なしでは何も見えないけれど、手探りで行けばいつかは帰れる、そう信じて奥へと進んでいった。

 怖いものみたさなのか、触れたドアをすべて開けてみた。そして、そのドアすべてが例外なく動いたのはびっくりした。やっぱりここは田舎なのだろうか。

 入学式の前なので、教室には大した荷物はなかった。満月のおかげで、中の様子がはっきりわかるけれど、少し不気味だ。それでも、何故か安心する。


 安心するのはなぜか。その理由を探すために、どんどん先を急いだ。月明かりが、少しずつ弱くなっていった。


 開けたドアの数を数えるのをやめたとき、ふと入ってみたのが理科室。準備室だろうか、中はとても狭い。そして見つけたのが、たくさんの器具や本に紛れた、骸骨。今にも動き出しそう。

 隣には、彼とはまた別の人体模型。左半分は立派な人の形をしているが、もう半分は内臓がむき出しになっている。痛そう。

 私は彼らを向かい合わせにしてみた。この調子なら、絶対に話し出す。そう思いながら、二人を観察した。

「……おはようは?」無視。

「あ、そうじゃなくて『こんばんは』か」動く気配すらない。

「模型さん、貴方は何年この学校にいるの?」応答なし。

「骸骨さんは、男?女?」カラカラカラ、そんな音がして欲しい。

 しかし、彼らは全く話し出さない。

 私は諦めて、ドアがある後ろを向いた。そのときだった。

 ふと、視界の隅に、があった。満月のせいで、は、ハッキリと分かる。

 真っ黒さん。まさか、この二人が呼んだの?私は少し興味を持った。

 しばらくそれは低空を漂っていたが、急に理科室に移動した。

 理科室へのドアは開いていない。なのに、どうして消えるの?

 ……まさか、幽霊では。駆け足でドアを開け、理科室へ。

 準備室に繋がる扉。その周囲は同じ暗さ。

 どこかに逃げた。そう決めた私は、室内をくまなく探した。机の下、てんびんの上、顕微鏡の下。全てを探したけれど、は見つからない。

 準備室に戻ったかも…そんな気がした。だとしたら、あの2人が話し出すかもしれない。今すでに挨拶してるかも。

 すぐに確認したかった。しかし、それが出来なかった。いや、しなかったのだ。

 私には理科室の空気が心地よかった。あ、そういえば。頭痛。幽霊のことと一緒に忘れていた。

 そうか、治っていたんだ。

 どれぐらい時間がたったのだろうか、満月は既に沈み、朝焼けが少しずつ私たちを照らしていた。

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