小雨の降る夜に

>助けて

>どうしよう

 そんなLINEが俺の携帯に来たのは、時計の針が19時半前を指していた。

<どうした?

<何があったのか説明しろよ

 そう返信しても、十分経っても既読が付いただけで、返信は来なかった。明らかにおかしい。

 急いで最寄りの駅へ自転車で向かう。一人じゃもしかしたら危ないかもしれないから、駅に着いたら逢隈と白石にも連絡を入れよう。

 家の最寄り駅から電車十分。その時間が永遠に感じられた。ドアが開いて、人が乗ってくる時間さえ無くなればいいと本気で思った。

 学校の最寄り駅に着いて、改札を出たところにある少年の石像の前に白石がいるのが見えた。すぐそこへ向かう。

「ゆうくん、遅い。朔良ちゃん助けに行くんでしょ」

「白石…というか、咲川に会ったことないのに、助けに行っていいの?」

「いいの。人が困ってるなら助けなきゃ。っていうか会ったことあるし」

「え?いつ」

「あたしの妹だからね、親は随分前に離婚して、最近妹があの子だって知ったけど」

「えっ」

「驚いてる暇ないよ、早く行かなきゃ!」


 学校まで走って向かうと、正門前に逢隈がいた。

「おっせーよ、塩野…って、すみれ…?」

「ごめんて」

「雪…くん…?」

 白石と逢隈が互いの顔を凝視して、茫然としていた。

「どうして逢隈の名前、知ってるの?会ったこともないのに」

「えっと…いや、後で説明するね。今は朔良ちゃん助けなきゃ」


 さっきからずっと、プールがある方から笑い声がしていると逢隈が言うので、普段とは違う雰囲気の学校へ忍び込む。正門はきちんと施錠されているが、校庭の外側のネットの、茂みで隠れている部分が一部敗れていて、人一人通れるぐらいの大きさから入れるというのは、生徒の間では有名な話だ。

 更衣室を抜けると、プールサイドに二、三人おり、誰かがプールの中で溺れていた。誰が溺れているかは一瞬で分かった。

「よかったじゃん、大好きな塩野くんに助けに来てもらってさ」

 萱野実桜が言う。罠だったのだ。彼女は罠に引っかかってしまった。

「塩野と逢隈はわかるけど、あんた誰よ、ずっとスマホ触って何しに来たわけ?」

「おーっと、話したこともない先輩に対してどんな口利いてるのかな~?何しに来たってもちろん」

 白石は携帯の画面を彼女たちに見せる。そこには『送信完了』の文字。

「君らの担任にリークするため?とか?」

「ちっ…めんどくさいことしてくれちゃって…行こっ」

 萱野実桜は他の二人を引き連れてどこかへ行ってしまった。

「あーあ、逃げたって何にも変わんないのにね。きっと明日はあの子たち集団でずる休みするよ」

 溺れている咲川を三人で引き上げ、呼吸を整えさせる。何度も咳き込む彼女を見て、俺まで苦しくなった。

「朔良、久しぶり」

「…お姉ちゃん?」

「そうだよ、小学生の時は毎月一回会ってたのに、中学に上がってからはお父さんが会わせてくれなくて…無事でよかった」

「お姉ちゃん…お姉ちゃんっ…!怖かった…!」

 ぼろぼろと涙を零す咲川を横目に見て、安心したのか、ふっと体に力が入らなくなって、倒れてしまう。

「塩野!!」

 逢隈の俺を呼ぶ声と、眩しいぐらいの綺麗な満月の光だけが俺の最後の記憶だった。




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