君の隣で

 その日から一週間が経った。もうすぐ高校受験で、学校は忙しそうにしている。反対に俺は暇を持て余していた。勉強も手につかず、あの昼休みから白石にも会っていない。

『無理して来なくていいから』

 俺が面倒だが仕方なく来たのを見透かしたように彼女は言った。あまりに図星で少しショックだった。同時に、あの日あの神社にいたのは絶対に彼女だと気付けたことを嬉しく思った。

 今日は雨だ。予報では一日中雨らしい。しばらく手につかないだろうが勉強をして、それからあの神社へ向かおう。


「あ」

 神社に着いて、お参りをしようと顔を上げると、そこに咲川がいた。向こうは少し気まずそうで、『なんでいるのよ』みたいな目を俺に向けた。

「ここに君が居そうだなと思って」

「ストーカー?」

「違うわ」

 本殿の横にある休憩所のベンチに腰掛ける。君も座りなよ、そう目で伝えた。渋々彼女も隣に座る。

「俺さ、晴れた日の夜に外出るとぶっ倒れるんだよね、一年前から」

 咲川は黙って聞いていた。俺も何か言ってほしい訳じゃないので、そのまま話を続ける。

「最近なんだ。夜に出歩けるようになったの。と言っても、雨の日限定だけど。それまではずっと親の言いつけ守ってさ、ホームルームが終わったらすぐ帰ってたんだ。親はどっちも遅くまで仕事してるから、別にすぐ帰らなくても怒られないんだけど、心配させたくなかった」

 彼女をまっすぐ見つめて、俺は言った。

「何が言いたいかって言うとさ、もっと親のこと考えなよ。君の親、すごく疲れてる顔してた。なんで疲れてるかわかるだろ」

「それは…」

 明らかに落ち込んでいて、この前彼女の家で見た思春期真っ只中の強気な表情しかできないと思っていた俺は少しだけ驚いた。

「わかってるよ。お母さんが私のために一人で頑張ってくれてるのは。でも病気だよ?治らないんだよ?どうしたらいいのかわかるわけないじゃん…昼間に外出たら倒れてしまう私が、学校になんて行ったら、もっと周りに迷惑かけるだけだよ…」

 今にも泣きだしそうな顔で、初めて自分の心をさらけ出した咲川は、膝の上でぎゅっと拳を握りしめて、少しだけ震えていた。

「治らないなんて決めつけるなよ。治らないからってそうやっていつまでも殻に閉じ篭っているから治らない。ちょっとずつでいいから体を慣らしていくんだ。最初は雨の日だけでいい。無理はするべきじゃないけど…、でも、変わりたいと思っているのなら、ただ思っているだけじゃ何も変わらないよ。せめて一歩でも、その半分でも、踏み出さなきゃ」

 雨は相変わらず降り続いていて、こういう台詞はきっと普通なら、月が輝いて綺麗な夜に似合うのだろうけど、太陽と月に忌み嫌われた僕らには、雨の日の方がお似合いだ。



 翌日も雨は降っていた。準備をしていると、携帯から通知音がして、昨夜交換したばかりの咲川からのLINEが来たことを知らせる。そこには、

>行く

 とだけ書かれていた。咲川らしいLINEで、思わずくすっと笑ってしまった。

 朝飯もそこそこに、いつもより少しだけ早めに家を出る。こんなに楽しい気持ちで登校する朝は初めてだ。




 その日から、咲川は雨の日だけ登校するようになった。段々クラスに馴染んできて、俺以外の友達も出来た。俺の友達である逢隈とも仲良くなった。そうして季節は巡って、夏になった。俺は雨の日の夜だけでなく、曇りの日の夜も神社に行くようになり、そこで咲川と一時間ほどしゃべるようになった。追いかけるように、彼女も曇りの日に学校に来るようになった。

「今日、実桜ちゃんに夜に学校忍び込もうって誘われてさ、面白そうじゃない?」

 小雨が降り続く夕暮れ時の境内で、咲川は嬉しそうに笑った。その姿を見て、すっかり変わったなと安心する。彼女のお母さんは元気にしているだろうか。

「幽霊が出てきたらどうするんだよ」

「そんなのいるわけないでしょ。塩野のばーか」

「もしなんかあっても絶対助けに行かないからな」

「ひょろい塩野よりも強いから平気だし」

「お前もひょろいくせして生意気なこと言うんじゃねえよ」

 この時は考えもしなかった。彼女が本当に危険な目に遭うなんて。


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