出会い
「はーい、ちょっと静かにして、みんな聞いて」
その日の帰りのホームルーム、担任がはしゃぐクラスメイトに注意する。それでもまだ騒がしい教室に少し呆れながら、担任は話を進める。
「咲川さんの家にプリントとか手紙を届けてくれる人、いない? 学校から少し歩いたところにあるんだけど」
もちろん、誰も挙手しない。みんな考えることは一緒なのだ。
「じゃあ…塩野くん!行ってくれない? 部活も入ってないし、委員会もやってなかったよね? だめかな?」
部活、委員会に入っていないことをこういう時に使われるとは。仕方なく承諾し、ファイルを受け取る。今日はどうやらついていないらしい。よくわからないこと言われるし、先生には面倒なこと頼まれるし。でもやるしかない。
咲川の家はあの神社の近くだった。インターホンを押して、家の人を待つ。ポストに入れて帰ることも考えたが、それはあまりにも心が無いように思えた。
「はい、どなたですか?」
「ええと、咲川さんのクラスメイトの塩野と言います。今日はプリントとか、学校からの手紙を…」
「あら、わざわざありがとう!よかったら上がっていって」
「そんな、俺は届けに来ただけなので…」
「いいから、いいから」
なんだかこのまま断り続けても、永遠に終わらないやり取りになりそうだったので、お言葉に甘えて、家に上がることにした。
咲川の母親は、なんだか疲れたような顔をしていた。目の下の隈は化粧で隠しきれていなくて、なんだか痛々しく見えた。
「咲川さんって今どういう状態なんですか? 担任から何も聞かされていなくて…」
「あまり公にするようなものでもないし、伝えないでくれとこちらから学校側に伝えているからね。…朔良はね、一時期病院にいたのだけど、最近は家で過ごしているのよ」
「よくなったってことですか?」
「ううん。良くも悪くもない。あの子の病気は、原因不明なのよ。その病気に作用する薬じゃなくて、精神安定剤とか、そんな感じの薬を出されているだけで、だから良くなっているわけじゃないんだけど、入院するほどの重症でもなさそうだから、経過を見るってことで、自宅で療養中なの」
「あの、どんな病気ですか」
はあ、と大きなため息を吐いて、
「もしかしたら馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけど」
と切り出した。俺は次の一言を待つ。
「日を浴びると必ず倒れるのよ」
咲川の誕生日が四月六日で、入学式の前日だった。その日までは普通に過ごせていたらしい。ところが、入学式当日、外へ出てすぐに倒れてしまい、救急車を呼んだ。入念に検査をしても特に異変はなく、病院からは精神的な問題ではないかと言われた。咲川の家は少し複雑で、詳しくは聞けなかったが、母子家庭だそうだ。それが原因ではないかと言われたが、家庭内でごたごたがあったのは咲川が幼い頃の話で、彼女自身精神的にショックを受けているようには見えない。でも、精神的な問題となると、彼女にしかわからないので、本当のところどうなのかわからないし、母親も仕事が忙しく、どうすればいいのかわからない、と言っていた。病気になってからはずっと病室に籠っていて、母親以外とあまりコミュニケーションを取ろうとしなかったらしい。
「だから、よかったらあの子の友達になってくれないかしら」
「友達…ですか」
「友達って、こんな風になるもんじゃないのは私もわかってるわ。でもこうでもしなきゃ、朔良はこのまま部屋に籠って生きていくんじゃないかって不安なの」
そう言われ、彼女の部屋の前に連れてこられた。
「朔良、起きてる? クラスメイトの塩野くんが来てくれたわよ。挨拶ぐらいして」
母親がそう言うと、ゆっくりとドアが開き、彼女が少しだけ顔を覗かせた。その容姿を見て俺ははっとする。
透き通るような白い肌、少しだけ茶色がかったロングの髪、桜色の唇に思慮深い瞳。まさしくあの日のあの子。
「お母さん、余計なことしなくていいから。塩野くん、来てくれてありがとう。面倒だったよね。無理して来なくていいから」
「朔良!なんてこと言うの!謝りなさい!」
母親の言うことに聞く耳を持たず、そのままドアは閉じられてしまった。俺は、何も言えずにただ立ち尽くしていた。
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