第6話 虫の正体
『土曜日、ヒマ?』
あれから数週間、私はすっかり立ち直っていた。
あの日虫たちにされるがままにされて以来、私の前に虫が現れることはなくなった。
今から思い返してみれば、あれは一種の幻覚だったんじゃないかとさえ思えてしまうほど、私の日常は静かに過ぎていった。
そんな日の夜のこと。
私が一人、静かに物理の課題に頭を悩ませていたとき、突然それは現れた。
『土曜日、ヒマ?』
声──ではない。
調べ物をするために机のわきに置いてあったスマートフォンにそのメッセージが表示されたのである。
その字面にドキッとしなかったといえば嘘になるが、そのメッセージの送信主を見て、気持ちが和らいだ。
「また遊びに行くつもりなの……?」
勉強を一時中断し、スマホを手に取る。
慣れた手つきで起動させ、見慣れたライムグリーンのアイコンをタッチすると、私と彼女とのやり取りが画面に表示される。
『土曜日、ヒマ?』 既読 21:28
さて、なんと返事をしたものか。
予定は今のところないけれど、かといってむやみやたらに遊びに行くわけにもいかない。
バイトの都合もあるし、今すぐ返事するのも……。
少しずつ焦り始めた私だったが、それを見計らったように、また新たなメッセージが送られてきた。
『返事はいつでもいいよ!』 既読 21:32
彼女なりの気づかいなのだろう。
私はクスリと笑って、
『ちょっと考えさせて!』
と入力し、悩む蝶のスタンプと一緒に送信した。
あの一件以来、私の何が変わったのかというと、実のとこと自分でもよく分かっていない。
相変わらずリナに振り回される毎日だし、他人のご機嫌を伺う癖も、治ったとは言いづらい。
けれど少なくとも、SNSに悩まされることは減った……と思う。
今までみたいに、既読が付いた瞬間に返信しなければならない、ということに悩まされることはなくなった。
もしも、私のその癖を治すためだけにあの虫たちが現れたのだとしたら、粗治療にもほどがあるし、いささか大げさすぎだろう。
けれど、あの虫たちのおかげで、私のSNSに対する苦悩が取り除かれたのだから、あの体験もただの悪夢ではなかったということか。
……二度と体験したくなかった恐怖ではあるが。
そうそう、実はあのしゃべる虫の現象、どうやら私だけの固有のものではなく、全国の中高生の間で爆発的にはやっているらしい。
それが果たして病なのか、それともただの都市伝説なのかはわからないけれど。
ええと、名前は何と言ったか……、確か、『気』を『毒』する『虫』と書いて──。
緑の蝶が友人の声で遊びに誘ってきたんだけど、無視しちゃダメな奴かな……? 魚鮒チャヤ @wobnar
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