第3話 友人に聞いてみた
「リナの声でしゃべる虫ぃ?」
三限目の試験が終わり、昼休みに入る。
苦手な数学のテストは前日の睡眠不足も相まって、燦々たる事態になった。
返却を待つまでもなく、クラス平均も取れていないだろうことが容易に想像できるほどの出来だ。
そんな悪い記憶をかき消すように、教室の隅で昼食を取りながら、リナと二人談笑に浸る。
クラスの皆は食堂に行ってしまって、私とリナのほかにはちらほらとしか教室に残っていない。
人の出払った教室は、なんだか少し寂寥感があったが、私はこの時間が大好きだ。
なぜならば、落ち着いてリナと話せる時間がこのタイミングしかないからだ。
高校に入る前からの唯一の知り合いである彼女だが、実のところ私との接点はそんなに多くない。
けれども彼女は、そんなことまったく気にしていないようで、いつも私と仲良くしてくれる。
……というより、彼女は私以外の誰とでも、分け隔てなく接するのだ。
誰にでも明るく接する様は、傍から見ていればまるで太陽のようだと称され、クラスの皆から頼りにされていた。
その反面、私は彼女と大きく違う。
もしリナが太陽なのだとしたら、私は彼女について回る羽虫だろう。
とかく他人に引っ付いて回るしかできない私は、一歩間違えればいじめに遭ってもおかしくない存在だ。
リナが私と懇意にしてくれなければ、どうなっていたかわからない。
こうして一緒に昼食をとっているのも、そう言った狙いがないわけでもなかった。
もちろん、リナからすれば、ただ知り合いとランチを共にしているだけにすぎないだろうけれど。
テストの不満、先生への悪口があらかた出尽くしたタイミングで、私は昨夜から今朝にかけての一件を口にした。
「ちょいちょい、勉強のし過ぎで脳みそ壊れちゃったんじゃない? 大丈夫?」
驚くよりも先に疑いの念を抱いたようで、リナは箸の動きを止め、細目でこちらをじっと見つめて来る。
そりゃそうだ。
しゃべる虫の話をいきなりされたところで、信じろというほうが無理な話。
けれど、私の身に起こったことは紛れもない事実なのだ。
夢じゃないことは再三確認しているし、そもそも私は脳みそがおかしくなるほどの勉強なんてしない。
「嘘じゃないよ。ほんとに出たの、しゃべるモンシロチョウ」
「怖ぁ……。しゃべる虫とか聞いたことないし。今も近く飛んでるの?」
「うーん、それが……、朝リナと会う前に見かけてから、一度も見てないのよね……」
リナと入れ替わるようにして消えた蝶は、あれ以来姿を見せなくなっていた。
休み時間もテスト勉強そっちのけで探したが、声すら聞こえなかった。
何とかして一匹くらい捕まえておくべきだったかもしれない。
「嘘くさいなぁ……。なんか証拠とかないの? 写真とか動画とか」
うっ。
そうだ、あの虫たちを消す前に、何かしらの機器に記録しておけばよかったのだ。
今更になって後悔の念に苛まれるも、時すでに遅し。
これ以上リナに言い寄ったところで、変人を見る目を向けられるだけだろう。
言いたいことをぐっと飲みこみ、代わりに焼きそばパンを口いっぱいにほおばる。
「……まあ、親友のあんたが言うことなんだし、頭ごなしに否定するのもやめておくわ。てかそれより、もっと明るい話あるでしょーが」
「明るい話?」
なんだろう、何かあったっけ?
ここ数日の記憶に思考を巡らせるも、思い当たる節がない。
「……土曜日、一緒に遊びに行くんでしょ? 昨日約束したじゃない、もう忘れたの?」
「あっ、そうだった……ん?」
そう言われればそんな話をしたような……。
でも、面と向かって約束した覚えが……?
『キーンコーンカーンコーン──』
もう少しで思い出せそう、というところまできて、昼休みの終了を告げるチャイムが教室に響いた。
「やっば、次の古典、復習終わってないんだった!」
リナはそう言うと、残っていた弁当のおかずを白飯と一緒にかき込み、足早に自分の席に戻ろうとする。
「うっぷ……、ど、土曜日は九時に駅前集合ね! しゃべる虫が云々の言い訳はナシだから!」
「ちょ、ちょっと待って!?」
呼びかけもむなしく、彼女が席に着くと同時に、小脇にテストを抱えた担任が教室に入ってきた。
私は伸ばした手を引っ込めるしかなくなった。
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