@vibra-slap

第1話

ここはとある高校。うるさい蝉の鳴き声を聞きながら、1年生の赤松アヤノは恐れていた。それは_____、

「えぇ、また楡野と柘植がやったの?」

楡野ミツ、柘植ユウキ、笹崎マナ、立花サヤ、そして楠木ルリだ。ミツとユウキを中心としたこのグループは、アヤノの引っ込み事案で大人しい性格に目をつけ、何かと嫌がらせをしていた。無視や仲間外れ、でっち上げの話を吹聴する等一通りの嫌がらせを網羅する一方、教師にバレないように、派手で目立つような嫌がらせはしていなかった。しかもミツは教師からの好感度が高く、その裏表の激しさから「女王様」というあだ名までついた。女王様に逆らえば次の標的は自分___。アヤノに味方する者はいなかった。

そんなことが続いたある金曜日の放課後。ミツとユウキは行き付けのカフェでスマホ片手に喋っていた。

「なあミツ、今日のアヤノの反応ヤバくなかった?」

「あいつずっと黙ってるから何考えてんのか分かんねえし」

画面から目を離さないままミツが返事をした。

2人はそれから少しアヤノについて笑いながら喋っていた。いつしか話題は移り変わり、2人はアヤノのことなどとうに忘れていた。隣のテーブルの客がスマホでニュースを視聴しているのか、キャスターの「失踪事件が…」という声が聞こえた。

すっかり日が落ちたのに気が付きながらも話が盛り上がってしまい、2人が時計を見ると既に11時半だった。

「ちょっと親に連絡入れるわ」

2人は腰を上げ、勘定を済まして店の外へ出た。

いつものようにだらだらと話しながら駅へ向かった。改札を抜けてホームに着くと、時刻は12時を回ったところだった。電光掲示板に、本日の運転は終了しました、とあるのを見たユウキが、

「うーわ、もう終電でたの?」と大げさに肩を落としてみせた。

ホームには2人以外誰もいなかった。

ミツが苛立たしげに

「タクシー無理だし、バスなんか出てねえし、家まで遠いのに…!」

と呟いた。すると2人のもとにどこからか1人の女性駅員がすっと歩いてきて、「今日は阿鼻行きの臨時の電車が出ています」と告げるなり去っていった。その直後、人の群れが階段からホームに押し寄せてきた。と同時に、鉛色の普通電車が眼を炯々とさせながらホームに滑り込んできた。

「あの駅員どこ行きって言ってた?まあでもいつか着くよねぇー」とミツが楽観的に言った。

一同は吸い込まれるように車内に入った。金切り声のような音と共にドアが閉まり、電車はゆっくりと動き始めた。

2人はまず車内を見渡した。そしてその様子が妙であることに気が付いた。乗客は皆一様に下を向いていて、目元は暗く闇に沈み、握りしめた手は膝の上に置かれていた。不気味な程の沈黙が漂っていた。

「次はー、鬼山ー、鬼山ー」と女性車掌のアナウンスが流れた。聞き慣れない駅名に2人は顔を見合わせた。程なく電車は鬼山に着き、そして出発した。

「次はー、天狗岳ー、天狗岳ー」

ユウキはぱっとミツを見て、「これ、方面違うんじゃないの?」と聞いてみた。ミツは「まあ、もうちょっと乗ってみようよ」

と気楽に答えた。

電車はさらに2駅を走った。

「次はー、水底ー、水底ー」

そのとき、湿った空気が車内に入り込み、水草の様な臭いが2人の鼻先を掠めた。ユウキが窓の外を指して言った。

「ミツ…!あ、あれ…‼︎」

電車は大きな湖に向かって走っていた。そして数秒後、大きな音と共に水面に突入した。電車は水面から湖底へと繋がる線路の上を走っていた。不思議なことに車内に水は一滴も入ってこなかった。

水底駅は大きな気泡の中にある小さな寂れた駅だった。2人は乗り込んで来た人々の姿に驚愕した。彼らは全身が闇の様に黒く、流動体の様に絶えず輪郭を変えており、中には黒い雫をじとっと垂らす者もいた。

発車してから次の駅までの間に電車は湖から出て、線路は地上へと移行した。この一連の状況に堪らずユウキは、

「もうこんなとこやだし。これ以上いたらウチらどうなるか分からないじゃん!もう降りようよ‼︎」

と声を荒げた。しかしミツは、震えながらも「こんなとこで降りたらそれこそどうなるか分からないよ!終点まで行ってみた方がいい」

と返事をした。2人が携帯電話の画面を見るも、表示は圏外だった。

「次はー、彼岸ー、彼岸ー」

その瞬間、最初から乗り合わせていた乗客が一斉に立ち上がり合掌した。そして駅に着いた途端、窓が勝手に開き、彼らは爪先や手から風化し、息を吐き出す様な音と共に風の如く窓から抜けていった。

「なあ、こんな馬鹿げた電車止めてもらおう」

と怯えた声でユウキが言って立ち上がり、乗務員室に向かった。ミツもそれに続いた。そして乗務員室に着くなり乱暴にドアを開けた。しかしそこには誰も居なかった。

電車は再び静かに走り出した。

「やっぱもう無理だよ、こんなとこ!」

とユウキは叫んだ。ミツが、「やっぱ次で降りようぜ」と宥めたそのとき、

「次はー、終点、阿鼻ー、終点、阿鼻ー」とアナウンスが流れた。それを聞くなりユウキの顔が更に引き攣り、

「終点に着いたら、もっと怖い目に遭うかも」

と呟いた。そしてユウキはミツの制止を振り切り、走る電車の窓から暗闇へと飛び降りた。彼方からごつんという音が聞こえた。ミツは窓に手をかけ、半身乗り出しながらユウキの名を叫んだが、それは闇に溶けて消えてしまった。

突然、ミツは背後から「間もなく、阿鼻、終点です」という声を聞いた。背筋が凍り、恐る恐る振り向くと、そこには駅員の制服を着た少女が笑みを浮かべながら立っていた。

思いがけない展開に腰を抜かしたミツは椅子に座りこんだ。そして掠れた声で「あ、あんた、今学校にいるんじゃっ…⁉︎何で、ここに…⁈」と唸った。少女はミツを見下ろす形で、

「それなら問題ないです。鍵なら余裕で開いたので」

と言い、首をちょこんと傾けてこう言った。

「遂に今回は足が着いたね、楡野さん」

「……っ!赤松アヤノぉ!!」


ミツとユウキの一味は表立ったいじめはしていなかったと先に述べたが、それは実態を巧みに隠していて認知されていなかったからである。

アヤノは今までに何度もミツらによって学校で部屋に閉じ込められたことがあった。しかし全てその日のうちにミツらが部屋から出していたため、教師にバレることはなかったのである。


アヤノは続けた。

「いつもは部屋から出たらまたちょっかいかけてくるでしょ?今回もそうなのかなぁって思ったけど、違った。単純にそっちの連絡ミスだよね、仲間内での。体育館倉庫の前には誰もいなかったよ。皆下校しちゃったんだね」

「ふんっ、それで一人で倉庫から抜け出したのか」

すると急にアヤノが笑みを消した。

「でもね、それからどうする?楡野さん達にいじめられたって言って先生は信じてくれると思う?証拠なんて無いんだよ。そう思ったらさぁ」

すると、水底駅で乗ってきた彼らがアヤノの背後から現れた。そして体中から雫をぼたぼたと落としながら車内の天井まで背を一斉に伸ばし、目を光らせながらミツを見下ろした。べとっと黒い雫がミツの腕に落下した。そしてアヤノの声と彼らの声とが重なり___、

「もう、いなくなるしかないよね」

そして彼らは鋭い眼光と共に一斉にミツに向かって来た。


笹崎マナは朝食を食べながら見ていたSNSのトップの2つの見出しに目を止めた。

「湖に投身か。失踪の女子高生遺体で見つかる」「廃電車で女子高生2人を発見⁉︎」


立花サヤは朝、何気なくテレビを点けた。

「警察に発見された2人の女子高生の内、1人は車外にいて頭をぶつける等の重傷、もう1人は車内にいて」


楠木ルリが朝食を食べていると、テレビが速報を伝えた。

「放心状態だったということです」


3人は、ミツとユウキを含む5人でのSNSでのトークで、昨晩の12時を回った頃から、いつもは既読がすぐに付くはずのミツとユウキからの連絡が来なくなったことを思い出した。


マナは携帯に目を落とし、サヤはテレビに目が釘付けになり、ルリはパンにバターを塗る手を止めた。


「「「まさかね…」」」


その瞬間、部屋の天井まで黒い影が伸び、彼女らの腕に黒い雫がぼとっと落ちた。

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