恋愛カプセル

@hanako127

第1話

時は2350年。数百年前、世の中では「合同コンパ」というものが流行っていたらしい。略称合コン。初対面の男女が集団でご飯を食べ、恋人を見つける集まり。

しかし、そこには問題があった。常に、比較対象が存在するのである。座る席によって不公平な状況が生まれてしまい、過去には戦争を起こしかけたこともあった。はてどうしたものかと悩んだ科学者が、とあるシステムを開発した。

その名も「恋愛カプセル」。使用者は、カプセルに入り海を10ヶ月間漂うのだ。その間に、運命の人を見かけ次第、自分のカプセル内のボタンを押し相手との電話を開始、意気投合したら、カプセルを開け泳いで相手のカプセルに入る。初めは、合コンの席順による不公平性を正すためのものだったが、最近では他の種類の使用者が増えてきた。彼らの名は、その名も「非恋愛体質」。恋愛に対して興味が湧かず、誰とも関わりたくないという人間だ。しかし、子供は欲しいという人間。

かくいう僕も、その内の一人である。自分が他人に興味を持ちづらい性質を持っているのは知っていた。友達、というくくりでもそうだが、それ以上に恋人関係となると、急に面倒になってしまうのだ。ジェンダー平等的考え方が広まる世の中でも、男子がエスコートする、女子はおしとやかに、なんていう先入観はやはり拭いきれない。受験勉強よりも大変な努力を重ねなければならないのだ。

子どもも特に欲しくないと思っていた。5歳下の妹が、先月産んだ赤ん坊を見るまでは。日向、と名付けられたその子は、まるで宝石、いや天使の様だったのだ。彼女の、僕の荒んだ心を全て浄化するかのような微笑みに感動し、僕は自分の将来について考えるようになった。今までぼんやりと、このまま独り身で生きていくことに対する恐怖感はあった。しかし、恋愛をせず、そして結婚をせず、子どもを産まず、仕事で大した実績も出せず定年を迎え、そのまま死の床に着くのかと思うと、やるせなさに絶望した。隣にいる高齢期を迎えた母は、僕の肩にそっと手を置き、「焦らなくてもいいのよ。」と囁いた。嗚呼、世の中は残酷である。恋愛できずともこの心の癒しを、自分と精神的に繋がった生命を愛したい。そう思った矢先流行ったものが、この恋愛カプセルである。とは言うものの、使用者はまだ少ない。全世界で話題にはなっているものの話題になっているだけで、僕の知り合いを始め皆尻込みしている。確かに、10ヶ月はとても長い。そして、従来の合コンに積極的になる方がコスパは良い、その様な意見があるのは知っていた。しかし、現状を変えるためには突拍子も無いものに挑戦してみることが大事だと考えている。そして、その突拍子もないものに参加する相手は、きっと合コンに参加し男女の枠組みに縛られている人間とは一味違うはずだ。そう、将来の幸せを得るために背に腹は変えられない。僕は強く決意し、申込書に自分の名前を大きく書いた。「田中太…」僕の鉛筆が、ポキッと折れた。

 カプセルに入る日、僕は不思議な気持ちで目を覚ました。安全性は確保され、モニターによって順次状況は把握されるとはいえ、これから1人で大海原に旅に出るのである。指定された場所まで電車に揺られる。「少子化対策研究所前〜」と言う呑気なアナウンスが電車の中に響き渡った。ゴクリと唾を飲み込み、足を一歩踏み出した。駅と研究所はほぼ直結していて、駅の中にも白衣を着てコーヒーを片手に新聞を読む、職員らしき人もチラホラ見える。こんな真面目そうな人たちが、少子化対策という目的の元、合コンの研究をしているのかと思うと少しおかしく思えた。そんなことを考えている間に研究所の入り口に着く。一ヶ月に渡る講習会の最終確認、除菌、消毒、医師による検査、そして同意書への記入。その後、重厚な扉の中に入り、ここからは完璧に記憶がなくなっていた。そして気づいたら、自分は大海原の上にぽつんと存在しているのである。カプセルの中を見学する。想像していたよりも広く、生活必需品は一通り揃っていた。なんと、テレビまで併設されている。本来の目的を忘れて過ごしそうだな、そう思ったとき前方にカプセルを発見した。カプセル第一号である。目を凝らしてみると、中に人「の様なもの」が存在していた。そこには、ボサボサの毛玉の様なものがあり痩せ細った四肢があらぬ方向に曲がってカプセルに張り付いていた。しまった、と思った。これは完璧に、人体実験に使われている。感情に任せて申込書を書いた自分に考え直せともう一度言いたかった。その死んだ魚の様な目をした人を乗せたカプセルは、水平線の向こうへ消えていった。僕は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。これは恐らく、人間は10ヶ月間周りとどうなるのかという人体実験だ。僕はまんまと利用されてしまったのだ…。

カレンダーによると、カプセルに入ってから6ヶ月が経っている。案の定、僕は生きる気力を失っていた。助けを求める声は、誰にも届かない。快適だが、無意味な生産性のない暮らし。シャワーも浴びず、食欲もわかず、手足は痩せ細り、そして髪はボサボサになっていった。2ヶ月前に見たあの物体が脳裏によぎり、僕も前途を辿っているのだということに気づいた。その時、ありえないほどの閃光がカプセルの周りを包んだ。一瞬遅れて、爆音が周りに響く。ドッカーン!と映画や漫画でしか見たこともない、聞いたこともない惨劇が太平洋に起こった。テレビは砂嵐で使い物にならず、ラジオも切れた。パッと周りを見ると、魚が海の上にプカリと浮いていた。テレビが復活し、アナウンサーの焦った顔が映る。「皆さん、逃げてください!逃げてください!南連合王国が、我が国に向けて超強力爆弾を太平洋沖に投下しました!本土に2発目も投下予定です!直ちに逃げてください!」彼の後ろでは、様々な大人の怒号が飛び交っている。そして、その怒号もろとも白い光線が包み、また砂嵐が流れた。ああ、僕は取り残されてしまったのだな、と実感し始めた時にはもう涙が止まらず、あまりにも酷い出来事に急に気を失ってしまった。

すっと目が覚める。「僕は誰だ、ここはどこだ。」漫画で主人公がボケでよく使うセリフを呟くだけ呟いてみた。僕は、非恋愛体質であるにも関わらず子供を欲しがる35歳男性で、ここは超強力爆弾によって帰る場所をなくした孤独なカプセルの中である。そう自答して、溢れ出る涙を抑えようとした。あの惨劇から2週間ほどが経っているのを時計で確認する。軽い気持ちで始めてしまった新型合コン、それがこんなにも絶望的な状況に僕を追い込むなんて思ってもみなかった。ふと目をあげると、魚の死骸にまみれた水平線に、一つのカプセルが浮いていた。この前の人間らしからぬ物体が目に浮かんだが、こうなったものの藁にもすがる思いでそのカプセルと通話を試みる。「もしもし、こちらは恋愛カプセル使用者の田中です。」一瞬の間の後、鈴の音の様な柔らかく澄んだ声で、「こちらは恋愛カプセル使用者、幸田です。」僕は衝撃で言葉が出なかった。超強力爆弾が落ちた時よりも僕の心を震わせた。彼女の顔は見えないが、声だけで心が温まっていくのを感じた。「ど、どうしましょう…ね…。」そのか細い声に、僕は何の根拠もなく「大丈夫!大丈夫だよ!乗り越えられる!」と叫んだ。自分のその力強い声に驚き、ヒッと声が出る。一瞬の静寂。その後、受話器の向こう側から、鈴を転がしたかの様な笑い声が溢れてきた。止まらないその笑い声に、僕もつられ長い時間ずっと笑っていた。いや、たかが1分だったのかもしれないが、時間の感覚がなくなるほどにずっと笑っていた。このカプセルに入ってから、始めてこんな幸せな気持ちになれた。ひとしきり笑いが収まった後で、僕らは自己紹介から、なぜこのカプセルを使用することになったのか、何のために使用しているのかなどを話した。彼女は25歳で、恋愛をするというよりも、婚約者の暴力から逃げるためにこのカプセルに秘密裏に逃げ込んだらしい。たわいもない話をし続け、僕らはあっという間に仲良くなった。この人と同じカプセルに入りたい、どうやったら入れるのだろうか?そう考えながら、魚の死骸の中で僕たちはたくさん話した。彼女のカプセルに入ろう、そう決心し、僕はカプセルの扉を開いた。魚の死骸をかき分け、前に進む。荒れた呼吸に、波の音が重なった。その時空から1つの物体。真っ白な閃光が体を包み体が焼けた様に熱くなる。目の前には彼女がいて、自分に手を伸ばしている。あともう少し…あともう少しなんだ…。悔しさで視界が滲み、激痛に顔をしかめる。水を吸っているのだろう、自分の体がどんどん膨れていくのを感じた。彼女の泣き顔と、綺麗な泣き顔と目が合う。大丈夫だよ、そう伝えた後、僕は自分の体が、バンッと音が鳴り砕け散るのを感じた。

白い光が差し込む部屋で、私はベッドに横たわっていた。3時間前、つわりを迎え救急車で迎えにきてもらったのである。非恋愛体質の私が子どもを産めるなんて想像もしていなかっただけに、感動の波が押し寄せる。最近の科学者が発明した「出産カプセル」は画期的なもので、たくさんの議論を呼び起こした。私の卵子の役割も務める様々な記憶を植え付けたクローンが入った直径1ミリ程度のカプセルを1つと、たくさんの非恋愛体質の男性の精子の役割を務める、様々な記憶を植え付けたクローンが入った直径1ミリ程度のカプセルを大量に飲み、中で数回化学反応を起こし受精させ、羊水で膨らまして子どもを産むこの科学技術は、安全面の方を特に心配されていた。紆余曲折あり、何とか実行に移せたのだ。非恋愛体質だが、子どもを産みたい、その願いが叶う結果となったのだ。自分の子どもに頬を寄せる。白い光に包まれながら、私は最大の幸せを感じるのであった。

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