第2話 人を守る法律

 一連の騒動は、一台の自動運転車が一人の老人をひき殺したことから始まる。

 その自動運転車は、車道に飛び出した猫をよけるためにハンドルを左へ切った。

 その時は、それが最適な判断のはずだった。

 左側には「背の低い運搬具らしき」物体があったが、右側には「若い男性に見える」物体があった。


 車の速度は速く、猫を助けるためには左右の物体のどちらかに衝突することが避けられない。

 事故が避けれないのならば、器物を損壊してでも生き物を守るべきだ。

 だから車は左へ曲がった。

 背の低い運搬具に見えたものがアスファルトの上に倒れ、その頭部から血液が流れ出た。


 それは物ではなかった。それは背の曲がった老人だった。


 本来ならば、自動運転車は右にハンドルを切るべきだった。

 右側の若い男性に見えた物体は子守用のヒューマノイドで、人をひくくらいならこちらにぶつかるべきだった。

 だが、自動運転車はそうは考えなかった。

 ハンドルを切る瞬間、その時点では、背の曲がった老人よりも、ヒューマノイドの方が人間らしく見えたから。


 事故調査委員会がこの結論を公表した時、心優しい人々から怒号が巻き起こった。人よりも人もどきを優先するなんて!

 だが詳しく調べると、類似の事故は珍しくなかった。当時すでにヒューマノイドは広く普及しており、一見して人間と見間違えてしまうような、精巧な個体も少なくなかった。

 人々はいきり立ち、連日の抗議活動が行われ、その末に、一つの法律が作られた。


「人間らしい外見を持つ機械の稼働は、これを禁止する」


 立法府の言い分はこうだ。

「そもそもの元凶は、人でないものが人以上に人らしい容姿を持つことにある。

 自動運転車やその他の機械に、改めて『人もどきの見分け方』を教えることは難しく、それをアップデートし続けることにも手間がかかる。

 それならば、人間の安全のためには、人でないものから、人間らしい外見を奪う他にない」


 こうしてヒューマノイドたちは、法によって、人間らしい外見を奪われることになった。

 法は言う。「一見して機械と判別できるよう、適切な改修を施さなければならない」と。

 そのために最も有効とされた方法が、表皮のはく奪だった。

 頬や額に専用のマークを書くとか、つねに識別信号を発するとか、そう言った手段は「手ぬるい」として退けられた。


 合成繊維の表皮をはがれて内部機構が丸見えになったヒューマノイド。

 頭蓋骨が露出した状態の人間もどき。

 そういうものならば稼働していても構わない、と、そういうわけだ。

 透明な外皮を装備させることは認められていたが、だからと言って、何かがましになるというわけでもなかった。



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