人間よりも人間らしく

辛島火文

第1話 人もどきの家族

「あなたはとても人間らしい人よ」心のこもった声で、アイリが言った。

「私を人扱いしてくれるんだもの」

 手にしたはさみを中途半端な位置に持ったまま、俺は答えた。「ちゃんとした人間は、人の皮を剥いだりしない」

「もちろん」アイリはゆっくりとうなずいた。「だけど、私は人もどきだから」


 時刻は22時を過ぎていた。あと10時間もすれば、政府の調査員がアイリを調べにやってくる。

 俺は鋭利なはさみを手にしたまま、それをおろすこともできずに、アイリの前に立っていた。

 アイリは椅子に腰かけ、背筋を伸ばした格好で、俺を見上げていた。

 いつも好奇心旺盛に動く目が、今日は心なしか曇って見える。


 机の上のモニターに「表皮の剥ぎ方」と題された記事が表示されていた。

 “それ”の表皮は特殊な合成繊維であり、通常の使用で破れることはないが、適切な道具を用いれば剥ぐことができる。

 コツを知れば素人でも簡単だと、記事に書いてあった。

 動画もある。“それ”の持ち主が“それ”の顔の皮を剥ぐ動画。


 今回の改修命令に際し、政府は、工場での改修を強く推奨していた。

 曲がりなりにも人間の形をした物から、顔の皮を剥ぐ。そのような所業は、一般市民の手に余る。

 しかし多くの所有者が、“それ”の改修を人任せにすることを嫌った。

 たとえ政府に何と言われようと、自分の手で改修したい。


 いいや、本当ならば、改修などしたくない。

 “家族”同然に思っている存在の顔を剥ぐなんて、誰に命じられようとしたくない。

 だが、しなければならない。そうすることが法律で義務づけられてしまった。

 西暦2050年、日本はまだかろうじて法治国家であり、“家族”を救うためには、法に従う他になかった。 



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