第四章

その日僕は夢を見た。僕は今と同じ格好で家の近くの公園の真ん中に立っていた。誰かいるのか、とあたりを見渡す。すると遠くにみえる大木の下に四人ほど人がいるのがみえた。僕はその大木を目指して走った。近づいてゆくとそれが僕の父と母、妹、そして彼女であることがわかった。2日会っていないだけなのに僕はとても懐かしく、会えることに喜びを感じた。四人の名前を叫びながら僕は大木に向かって全力で走った。しかし、彼らは気づくそぶりすら見せない。気付け気付けと思っているうちに僕は彼らのところまで来てしまった。僕がいくら呼んでも、叫んでも気づいてくれない。透明人間になってしまったのだろうか、そう思い僕は彼女の腕にに触れようとした。すると僕の手は彼女の腕をがっちりとつかめた。しかしその腕は鉄のように硬かった。そして僕がいくら押さえ込もうとしても無駄だった。彼女は僕に気づくことなく楽しそうに笑い腕を降っている。母に触れた。案の定母も僕が触れていることに気づきもせず笑っていた。耳元で叫ぼうが無駄だった。

なぜ気づいてくれないのか。僕は心がえぐられ、ぐちゃぐちゃにされている気がした。渋谷で感じた絶望の何倍もの絶望を味わった。大きな過ちを犯してしまったのだと思った。僕は絶望のあまり自分からだせる 限界の声で思い切り叫んだ。


それと同時に僕はハッと目を覚ました。

夢だったのか。そう気づいた。しかしそれは僕にとって安堵にはならなかった。僕は慌てて外に出た。


あたりを見渡す。しかし僕は目の前にある景色がなんだかわからなくなっていたた。森、なのだろう。しかし、こうして表した言葉が妙に空っぽに聞こえた。目に見える全てのものが意味を失い、ただそこに佇んでいた。全てがイデアから解放された空間だった。まさにここは何もない場所であった。同時に僕もその空間の中で空っぽになっていくのを感じた。夢と現実の境がいよいよつかなくなった。僕はもう家族にも彼女にも気づいてもらえなくなってしまうのかと思った。その瞬間目の前の景色がぼやけそして真っ白になった。ゴンっという鈍い音のみが耳の中をこだました。



次に目を覚ましたとき、僕はソファーの上で横になっていた。コーヒーの匂いがした。体を起こすと匂いの先には老人がいた。だいぶ気持ちが落ち着いたのを感じた。


「大丈夫かね」

「散歩してたら君が建物の外で倒れていたものだからびっくりしたよ。でも大丈夫だ、軽い気絶だ。何か悪い夢でもみたのだろう」

「はい。その通りです」

僕は妙にはっきりとその夢を覚えていた。そして僕が気を失うまでの一部始終を老人に話した。最後に僕はこう尋ねた。

「僕は一体誰なのでしょうか」

「多分ですが、」

老人は一呼吸置いた。慎重に言葉を探しているように見えた。

「それはあなたが決められることではないのでしょうか」

ぼくはその言葉をじっくりと噛み砕いた。その言葉の真意を探った。しかし、僕にはその意味がわからなかった。

「少し外を歩いてみてはどうでしょう。答えが見つかるはずです」








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