第2話

 オレンジ色だけが世界を彩る時間。夜季は庭の池へ来て泣いていた。

 夜季は病気だった。何の病気かは分からない。一年ほど前、右腕にアザができた。そのアザは徐々に広がっていき、今は心臓のあたりまでを侵食していた。

「夜季、何で泣いてるの?」

 何処から現れたのか、ヒダカがいた。

「また……また、解らないって言われたの。あなたの病気は解らないって」

「そう。かわいそうに」

 ヒダカは、夜季の顔ほどもある爪で彼女の涙を拭った。

「アザを見せてごらん」

 夜季は驚いたような顔をした。

「どうしてアザの事を知ってるの?私はいつも見えないように隠してるのに。今だって包帯を巻いているのに。まさか、あなたなの⁉︎このアザの原因は!」

「違う。とにかくそのアザを……」

「やめて!触らないで!」

「夜季……」

「来ないで!」

 そう言うと夜季は森から出ていってしまった。


 その夜、夜季は熱をだしうなされていた。

 父親は医師を呼んだが、夜季は酷くなる一方だった。

 父親は、娘がこのまま死んでしまうのではないかと絶望していたが、医師は違った。嬉々とした笑みを浮かべていた。しかし、医師は父親の後ろにいたため、その不気味な笑顔を父親が気づくことはなかった。

 医師の手は見る見るうちに鋭い鎌のようになっていった。

 医師がその手を父親の首に振りおろそうとした時、庭で爆発音が聞こえた。

 驚いた父親は窓に駆け寄った。窓の外ではモクモクと土煙が立っていた。

「何が起きたんだ……」

「お嬢様は私が見ておりますので、どうか旦那様は外の様子を!」

 父親は娘のそばについていてやりたかったが、外の様子も気になったので、

「……わかった。娘を頼む」

 そう言って、父親は部屋を飛び出していった。

「これで邪魔者はいなくなった」

 医師が夜季の心臓のあたりに手をかざすと、そこから毒々しい紫色の光が漏れ始めた。医師はそれを、夜季の体から抜き取ろうとした。

 光の塊は徐々に夜季の体から出始めた。夜季は痛みからか、苦しそうに声をあげた。

「ハハッ、熟してる熟してる」

 半分ほど光の塊が出かかった時、バリーンと窓が割れ、何かが飛び込んできた。

「な、何だ⁉︎」

「何たる偶然!追い込んだ獲物の先に更に獲物がいるなんて!」

 暗闇から現れたのは刀を持った女だった。

「……まさか、『サンガ』か⁉︎」

「お!知ってるじゃん。嬉しいね。あんたは化烏バケガラスだろ?あんたらはほんと、腐ったものが好きよね。たまには新鮮な魂も食べたら?」

「フッ、ならば、」

 医師は真っ白な白衣から、真っ黒な羽を持つ烏へと変貌した。その烏の頭では三つの目がギョロギョロとあたりを見回していた。

「お前の魂を貰おうか!」

 化烏が女に襲いかかった。しかし、そこにはもう女の姿はなかった。

「何処に?」

「こっちだよ」

 化烏が最後に見たのは、月光で輝く刀の一閃だった。


「くそ!逃した」

 壊れた窓から入ってきたのは青年だった。

「何やってんだい、あんたは」

「秋姉こそ、なんで途中でいなくなるんだよ!俺、死にかけたんだぞ!」

「あーはいはい。そいつはごめんね。春坊ちゃんにはまだ、一人で化物退治はにが重かったね」

 秋はわざとらしく言った。

「うっせ!で、途中で消えた理由は?」

「化烏がいたんだ。で、この娘が被害者」

 秋はベットに横たわる夜季の頭を撫でた。

「早いとこズラかろうぜ。今回はかなり騒がしくしちまった」

「後始末は?」

「後はこの窓だけ」


 翌朝、屋敷は元どおりになっていた。そして夜季のアザも跡形もなく消え去っていた。



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