第4話 邂逅と再会
「綾乃」
放課後、部活に行こうとする綾乃を呼び止める。
私に背を向けていた綾乃は、ぴくんと体を硬直させたあと、くるっとターンして私に向き直った。
「どうしたの?」
「ああいや、今日一緒に帰ろうよ」
という私の申し出に、綾乃は怪訝な顔をする。
「一緒にって、今から部活だけど?」
「大丈夫、図書室で待ってるし」
「そっか。じゃあそうしてもらおうかな」
綾乃はニコリと笑みを浮かべる。活発そうな見た目も合わさって、その様子はとても爽やかだ。
「でもツカサ、アレだね」
「アレ?」
「放課後図書室でずっと待つって、私なら退屈で死ぬと思う」
「……さいですか」
この脳筋め。と心中で呟いておいた。
「でも、ツカサらしいと言えばらしいね」
「……そうかしら?」
私らしいと言われても、あまりピンと来ない。
「らしいよ。ツカサ、なんていうか物静かなお嬢様って感じだし」
その綾乃の一言を聞いた瞬間、私は思わず噴き出してしまう。実際は、よくいる庶民の娘でしかない。どこにでもいそうな、ただの人間。
「私が!? それはないってば。ないない」
と私が笑っていると、綾乃がこくりと首肯する。
「うん、ツカサのことを知っている人間ならそれはないなって思う」
自分で否定したそばからこう思うのもアレだが、他人にぴしゃりと否定されるのも、複雑だ。それが、『お嬢様みたい』と私のことを例えた張本人なら尚更。
「それ言った本人が言う?」
「まあね。でも、見た目は確かにそれっぽいし、放課後一人で図書室にいるってのも、画になると思うよ」
私をまっすぐ見据えて綾乃が言う。その言葉は嬉しい一方でこそぐったく、私は反応に困る。
私が言葉に詰まった間隙を縫うようにして、綾乃が続ける。
「でもまあ、髪切る前の方が似合ってたか」
「何それ」
「前は本当にお嬢様みたいだったって話。今のツカサが放課後図書室にいても……」
綾乃はまじまじと私の顔を見た後、ぷっと笑う。
「お嬢様というよりは、ちょっとサブカル拗らせた痛い子みたいに見えるね」
この野郎。
やっぱり先に帰ってやろうか、と思った。
○
部活終わりの綾乃と合流し、帰路。
「あー、疲れたマジ疲れたお腹減った~」
くたびれ果てている綾乃は、一人で文句の大合唱を始めていた。
「はいはい、お疲れ様」
私は聞き流し気味に対応しつつ、オクトパ8へと向かっていた。
「で、ツカサが言ってた店ってほんとに美味しいの?」
「美味しいよ。店長さんは変わった人だけど」
「その情報、要る?」
「いやまあ、心構えが必要かなって」
私がそう言うと、綾乃は「どんな店なんだよ……」と眉をしかめていた。
しばらくの間、歩く。
綾乃は疲れているにも関わらず、その口は動きっぱなしだった。
彼女が話す内容は、多岐にわたる。部活がどうだとか、あの先生の授業がどうだとか、そういえば宿題やったかとか、駅前のコンビニの店員がどうだとか。
一方、私はそれを聞いてばかり。相槌を打つこともあるけれど、自分から話題を展開することは少ない。
なんていうか、綾乃と私のその差違は、世界の見方の差違にも思えた。私にとっての世界と、綾乃にとっての世界は、きっと見え方が違うのだろう。
ならば、綾乃はあの店長とどのような邂逅を果たすのだろうか。
「おー、ツカサちゃん昨日ぶりじゃん」
「香澄さんそれ、ぶりって言うんですか」
来店して即、店長のつかみどころのないトークが私たちに襲いかかる。私は苦笑しつつ、店長に突っ込みを返した。
「お、そっちの子」
店長は私の突っ込みを無視し、いや無視するなよ、私の隣にいる綾乃を見る。
「あ、はい。友達連れてきました」
「お、有言実行じゃん! ありがとうありがとう、これで売り上げもアップだね」
なんか買って行けよ、と暗に言われているような気がするのは、気のせいではないだろう。
などと思っていると、綾乃が肘で私の横腹を軽く小突いてくる。
「どうしたの?」
「……これが、例の?」
綾乃の質問に、首肯して返す。そうです、例の店長です。
私の所作を見た綾乃は、なるほど、と言った感じのオーラを出しつつ、微妙な表情を浮かべた。
「……すっごい美人なのに、変わってる人なのね」
ぼそりと呟く綾乃であった。
「さてお二方、何を食べるー……の前に」
ぐい、と香澄さんがカウンターから身を乗り出してくる。思わず私たちは後ずさってしまった。
「私の名前は鏡原香澄」
香澄さんはそう言い切り、じっと綾乃を見る。
「あ、えーと……私は、太刀川綾乃、です」
「綾乃ちゃんか、よろしくよろしく」
香澄さんがぐいと手を差し出してきて、綾乃は釣られたように手を握り返した。
「いやー、こんな感じで常連さんが増えてったら嬉しいな~」
「私まだ二回目ですけどね」
「あっはっは~、ツカサちゃんはこれから毎日来てくれるもんね」
さすがにそれは無理である。毎日のようにたこ焼きを食べて帰ってたら、間違いなく体型がヤバイ。
私は作り笑いを浮かべて、香澄さんの言葉を流しておいた。
「ってなわけで、二人とも、また友達とか連れてきてね。サービスするから」
「わかりました」
「は、はあ……」
二回目で慣れている私と、初回の綾乃では返事に切れの違いがあるものの、返す。私たちの言葉を聞いた店長は、満足げに笑った。
「さて、何にする?」
「あ、私たこ焼き六個入りのソースマヨで」
「あいよ。綾乃ちゃんは?」
「あ、じゃあ私もそれで」
「あいよあいよ」
私たちは代金を支払い、香澄さんはそれを受けとって即、エプロンを着けてポケットから髪留めを取り出した。
金糸の如き滑らかで艶やかな髪が、香澄さんの手に追従して上がっては揺れ、まとめられる。その一部始終は私の目を奪うに充分な流麗さを伴っていた。
「……その髪留め」
そんな中、綾乃がぽつりと言葉を漏らす。店長はたこ焼きを作る段取りに入りながらも、「どうしたの?」と聞き返した。
「……あ、いえ、その……髪留め、なんですけど」
「うん」
「えっと……」
言いよどむ綾乃。普段の彼女を思うと、このような歯切れの悪さは珍しい。
「いいでしょこれ。拾ったの」
香澄さんがそう返した瞬間、綾乃が目を丸くする。
「そ、そうなんですか……それは、良かったですね……」
「でしょー」
えへへー、と香澄さんは笑いながらたこ焼きを作る。一方の綾乃は口を閉ざし、何やら思いを巡らせているような様子だ。
手持ちぶさたで居たたまれなくなった私は、鞄からスマートフォンを出して、ぼんやりと画面を眺める。画面には現在時刻と、あまり興味のない通知ばかりが表示されていた。
「ほい、出来上がったよ」
香澄さんがカウンターにたこ焼きが入った袋を二つ置いた。私はスマートフォンを一旦机において、それを取りに行く。
「それと」
香澄さんが後頭部に手を伸ばし、髪留めを取る。金色の髪がふわりとほどけて垂れていった。
「これ」
髪留めが、綾乃に差し出される。
「……え?」
綾乃が目を丸くしていると、香澄さんが微笑んだ。
「これは、君が持っておくべき物だ。そうだろう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます