プラタナス_1

 夜風が潮風を運んでいた。賑やかだった港湾も、さすがに陽が落ちると穏やかな様子だった。


 家路や酒場に向かう港湾労働者の中に混ざってプラタナスは一人、宿屋に向かっていた。

 彼は資金を集めるのに奔走していた。そのために、仕事はきついが給与の良い港湾の仕事にありついていた。仕事を見つけるのは簡単だった。常に人を募集していたからだ。職場は来るものは拒まずといった感じで皆、出身も経歴も様々であった。多くの人は、その日の給与を使い果たすかのように酒や賭け事に高じていた。だから彼はそつなく仕事をこなす一方、職場の仲間とはそれなりに距離を置いていた。


 彼は歩きながら考え事をしていた。今のところは僅かな額しか貯まっていなかったし、思うように事は進んでいないと悩んでいた。

 それにここにきて、自分の考えていることはとんでもなくバカげたことでしかないのではないだろうかとも思うことがあった。最近の新聞で読むかぎり、大陸は平穏な様子であった。

 もし、‘石’の力によって見た未来のとおりなら、じきに北部の都市でただならぬ争いが起きるはずだった。それを発端に戦争があちこちで起こるようになる。

 ただ、それを防ぐために手を貸してくれそうな人は、なかなか見つからなかった。そもそも、本人以外からしてみれば訳の分からぬ予言のために、手を貸そうという人がいったいどこにいるというのだろうか?それも、戦争を食い止めるというもので、あるいは大陸全土に訪れる最悪を防ぐという、そんな突拍子もないことを誰が信じるであろうか……。

 いまのところは耳を貸しても、手を貸そうと、本気で相手をしてくれる人はいなかった。

「戦争だって?どの都市が勝つんだ?俺だったら今のうちに、その都市の国債でも手に入れておくね」

「貴方、予言者のおつもり?戦争が起きるなんて、いい加減なこともほどほどにしなさい」

「戦争を防ぐより、これから儲かるものを教えてくれよ」

「とてもじゃないけど、信じられないね」

 誰もかれも否定的な返事ばかりだった。あるいは相手を間違えているというのもあるのかもしれなかった。ともかく、それからプラタナスは自分だけでできることに専念しようと、こうして資金集めに精をだしていたのだった。


 最悪の根源が南方の都市にあることは分かっていた。夢では具体的なイメージも見えていたが、それを説明するのは困難だった。これまでに、彼自身も見たこともない代物、あるいは、もしかすると神話で言われる鉄の鳥なる類のものかも知れないと考えていた。

 いずれにせよ、それらを破壊するほかないというのが彼の考える計画だった。ただ、具体的なことに至っては、まだなにも考えが及んでいなかった。それから、石を持ってきておけばよかったと後悔もあった。今ならもっと詳細が見えたかもしれない。ただ、彼にとって石を身に着けているのは苦痛でもあった。だから置いて来たのだった。しかし、実際に石を見せれば話の説得力も違っていたかもしれない。

 彼はため息をついた。宿屋はもう目の前だった。過ぎたことは悩んでもしょうがない。明日の仕事は休みだった。頭の中の考えを紙に書き出して、少し整理しよう。そう考えながら彼は宿屋に入ると部屋に向かった。

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