ネモのお爺さん

 孫娘ネモフィラが出て行った後、お爺さんはタバコを一服すると、ぎこちなく立ち上がって、作業台に着いた。手当てを受けた兵士はまだ、その場に座って休んでいた。

「お前さん、ちょっと手伝ってくれるかのう?」お爺さんは兵士に向かって声をかけた。

「ああ、構わないが」答えた兵士は、それから立ち上がった。

「そこの棚から、すり鉢を幾つか取ってくれ」

「これか?」

「ああ、それでいい」

 兵士はお爺さんに手渡した。

 お爺さんは足腰のぎこちない動きとは正反対に、手先は猛烈な速さと正確さで薬草の調合を始めた様子だった。

「爺さん、何を作る気なんだ?」兵士はなんとなく尋ねた。

「これで面白くなるわい」不敵な笑みを浮かべると続けた。「今入れたこりゃ、毒草の一種じゃ」

 兵士はそれを聞いてギョッとした表情をした。

「まさか、敵に飲ませようとでもいうのか?」

「そうじゃよ、そのつもりじゃ」

「だが、どうやって?」兵士は訝しげに聞いた。

「薬と偽って飲ませるんじゃ」お爺さんは少々得意げな様子だった。「少し前に病気が流行ったから予防薬を飲まないといけないと、騙して飲ませるつもりじゃ」

「なるほど、だが、」

 兵士は聞き返そうしたが、お爺さんは続けた。

「殺しはせんよ。今からつくるのは、いわば単なる下剤じゃ。しかも、かなり強力なやつじゃな」

「それは傑作だ」兵士も思わず笑った。「連中はトイレを求めて慌てることになりそうだな。だが、そんなことしたら爺さん、やつらに捕まって袋叩きにされるんじゃないか?」

「副作用だというつもりじゃ。ほんとなら殺してやりたいくらいじゃ。まあ、こっちの方が、それこそ奴らにはいい薬になるじゃろう」

「あんたは大した爺さんだ」それから兵士は続けた。「それなら、いざ配るときに人手がいるだろう?爺さんが薬を作っている間に私は仲間を探してこようか?」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。こりゃ、面白くなりそうじゃ」

 兵士が仲間を探しに出て行った後も、お爺さんは作業を続けた。

「待っておれ不届き者たちめ。市民を敵に回すとどうなるか、目にはものを見せてやるんじゃ」


 兵士は街中に残っている味方の兵士に呼び掛けてまわった。そのとき、敵兵の一人に呼び止められた。

「貴様!何をしているんだ」

 兵士はハッとした。そして一瞬考えたのち、大芝居を打って出ることにした。

「あの、あなた方の国の兵士は予防薬は飲まれましたか?」

「なんだそれは?」相手は憮然とした態度だった。

「薬ですよ。少し前にこの町で病気が流行りましてね」

「なんだ?聞いたことないぞ」

「それは大変だ」兵士は大げさに驚いて見せた。「大変ですよそれは!」

 それから慌てたようなそぶりをしてみた。

「わかったから、静かにしろ」

 兵士は概要を話すと、それから敵兵が宮殿の広場に集まるようにと、とりはからいをさせるのに成功した。


 敵兵達が宮殿の広場に集まっていた。

「これは飲んでも本当に大丈夫なんだろうな?」

 敵兵の隊長と思しき人物は訝しげな様子だった。

「ああ、大丈夫じゃ」お爺さんは落ち着いた様子で皆に言って聞かせた。

 彼らが薬を飲み終わる頃合いを見計らって、お爺さんは大げさなそぶりで言った。「そうじゃ、一つ大事なことがあったんじゃ」

「なんだ?!」

「まあ、大したことじゃない」お爺さんはもったいぶった口調で続けた。「ちょっと副作用があってな。人によっては、お腹が緩くなることがある。つまり、下痢になることがあるが、まあ、心配はいらんじゃろ」

 それからしばらくしないうちに、敵兵たちの様子に異変があらわれた。

「おい、トイレの場所だけ聞いておく」聞いてきた敵兵の一人はすでに額に脂汗をかいていた。

「ああ、それなら宮殿の裏手にある。まあ数は多くないよ」

 それだけ聞くと、敵兵のほとんど全員は、皆お腹を抱えて足早に言われたところへ向かった。

 彼らが行ってしまうと、お爺さんと兵士たちは腹を抱えて笑った。

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