カモミールとライラック_4

 夕刻、二人は近くの都市へと入った。

「やっと到着。ここならゆっくりできそうだ」

 カムにとっては、この都市も比較的なじみの場所だった。知り合いが多く、雑多なものを手に入れたり金に換えるにはうってつけのところだった。人の行き来が多く、何事にも寛容な雰囲気があった。行商人も多く出入りをし、職人気質な工房や小さな商店が多く並ぶ、手工業と雑貨の都市だった。


 まずは宿屋だった。よく行く宿があったので、ひとまずそこへ向かった。気さくな感じの初老の夫婦が切り盛りしていた。決して大きなとこではないが、落ち着いて過ごせるので気に入っていた。

「カムじゃないかい!」出向かえたのは夫人の方だった。「あんた!お得意さんが来たよ」

 奥の厨房に向かって叫ぶように言うと、主人も顔を出した。

「ああ、君か、ずいぶんご無沙汰じゃないか」

「まあ、久しぶりだな」

 宿屋夫婦はそれから、カムの後ろに立っていたライラックの姿に気がついた。

「なんだい、若い女性と一緒なんて珍しいね。もしかして結婚のお相手かい?」

「そりゃ誤解だよ。彼女は仕事の依頼人。人探しをすることになったんだ」

「なんだい、そうなのかい」

「てっきりお相手なら、お祝いをしなくちゃと思ったけどね」

「まあ、とにかく部屋を頼むよ」

「はいはい、ただ、個室は満室だよ」

「そうか」

 カムはライラックの方を向いた。「相部屋でも大丈夫か?他に空きはないらしい」

「ええ、」彼女は少し迷ったようだが承諾した。「それならしょうがないわね」

 部屋は四人ほどが寝泊まりできるものだった。窓際に小さなテーブル一式、質素な内装だった。とにかく、ベッドは二段式のものが二つあった。それぞれ左右の壁際に置かれていた。


 宿の食堂は、宿泊客以外にも食事を目当てに訪れる客も多く、夕刻はいつも賑わっていた。

壁沿いの隅にあるテーブルに空きを見つけると、二人は向かい合って席に着いた。

 注文を済ませると、カムの方から話を切り出した。

「さて、ライラック。君の依頼の話だ」

「なに?」

「人探しというわけだが、人相が分かるものがあるかい?フォトグラフとか?」

「いいえ、あいにくそんな高級なもの無いわ」

「そうか…、じゃあ、行先とかは?」

「それも分からないのよ」

「なんてこった」カムは少し呆れた様子だった。「それじゃ、後で作戦を練らないといけないな」

 ちょうど食事が運ばれてきて、話はいったん、そこで終わりとなった。


 食事を終えて部屋に戻ると、カムはさっそく鉛筆と紙をカバンからとりだした。

「とりあえず、君の兄さんの似顔絵を描くことにしようか」

「私、絵を描くのは下手よ」

「俺が描くさ」カムはそれから、紙の上に目や眉、鼻、口など顔のパーツとなる絵を、それぞれいくつかの種類描きだした。

「それでだ。似てるやつをそれぞれ選んでくれ」カムは用紙をライラックに渡した。

「そういうことね」ライラックはしばらく時間をかけて選んでいった。

 それからカムはライラックの注釈を聞きながら時間をかけて似顔絵を仕上げていった。

「あなた、絵描きになればいいじゃないかしら?」完成した似顔絵を見て言った。「銃なんか持つより、ペンや筆の方がよっぽどよさそうに思うけど」

「考えたことはある。それに実際、副業の一つさ。ただ俺はスリルのある仕事の方が性にあってるんだ」

 カムは大きなあくびをした。

「さて、今夜はもう寝るとしよう。明日もいろいろと忙しくなる」

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