カモミールとライラック_5

 翌日、二人は街へ繰り出した。カムは慣れた足取りで進んで、ララはその後ろをついて行った。

 とある裏通りにある、狭い入口の店へと入った。壁にはカバンや帽子、ランタンといった旅道具が掛けてあった。ほかには日用品、訳の分からない種々雑多な雑貨が所狭しと置かれていた。ただ、見た目は雑貨屋だが、知る人ぞ知る武器商店でもあった。

「君は、」入ってきた二人を見た年配の店主は言った。「確か…カム君だったかな?そうだ、カモミール君だったね」

「そうだ。あの宿の夫婦もそうだが、オヤジさんもよく人の顔と名前を覚えてられるね」

「それが商売人の特徴でもある」

「それはそうとだな、」カムは本題を切り出した。「今日はちょいと、買取をしてもらえないかと相談で」

「そうかい?じゃあ、ちょっと待ってくださいね」店主はそれだけ言うと一旦、店の入り口を閉め、札を閉店にしてカーテンまで閉めて戻ってきた。「じゃあ、とりあえず、モノを拝見させてもらうとしようかね」

 他の客に取引を邪魔されないようにという、いつものやり方だった。

 それからカムはケースごとライフルをカウンターの上に置いた。

「ほう、こりゃ長物かい」

「単発ライフルだ」カムは一言で説明した。

 店主は慣れた手つきでケースから取り出すと検分を始めた。

「ニードルガン、ペーパーケース式か…」店主はボルトを操作しながら呟いた。それからボルトを取り外し、本体の方を持ち上げると光にかざして銃身内部を観察した。

「まあ、中古にしちゃ上々じゃ」

「手入れは欠かしてないからね。それとこの拳銃もだ」

 こちらのほうもカムはケースごとカウンターの上に置くと開けてみせた。

「またこれは変わった銃だね」

「ケース式じゃないけど、ダブルアクションリボルバーの最新型だ」カムは取り出して店主に手渡した。

「まだ試し撃ちもしてない」

 動作痕もついていない新品同様の品だった。

「ほう、上物ということだね。それなりの価格で買い取らせてもらおうかね」

 店主はきれいなウエスで銃を拭きながらカムに尋ねた。「それにしても、どうして商売道具を売る気になったんだね?」

「全部じゃないさ」カムはベルトに下げたリボルバーを指し示した。「こいつとはまだまだ長い付き合いになるさ。それにナイフもあるし。まあ、身軽でいるのも悪かないかと思ってね。貯えもできたし、しばらくはゆっくりしたいと思ったんだ」

「ということは」店主は少し考えるそぶりをして続けた「その首に賞金を懸ける都市が増えたかね?違うかい?」

「ま、まあ、そーいう言い方もできるね」カムはぎこちなく答えた。

「なにも君だけじゃない」店主は諭すような口調で続けた。「最近は治安組織もしっかりした都市が増えてる。これから賞金稼ぎという生業は減っていくだろう。それに軍とか警察とか、あるいは組織立った傭兵業に鞍替えする人も増えてきてると聞く。場所によってはすぐに受け入れてくれるとこもあるらしい。たしかチラシやら公式の求人広告がどこかにあった気がする」

「俺はそういうのはごめんだ。誰かの指示で動いたり、命令されるのは願い下げだね。だったら根無し草でいる方がマシさ」

「だがな、いつまでもそういられるとは思わんことだ。まあ、年寄りの単なるアドバイスだが」

「どうだか。歳をとった自分なんて想像できないね。それとも歳をとれば判るようになるってか?」

「好むと好まざると人生は進み、そして老いる」店主は半分自分に言い聞かせるように言った。

「最後は墓場ってか」カムは店主の言葉に付け加えた。それから自嘲ぎみに続けた。「あるいは俺みたいな稼業じゃ、その前に野垂れ死にがいいところかもしれんな」

 その言葉に店主は苦笑するだけだった。

「そうだ」突然店主は思いついたように言った。

「どうしたんだ?」

「そちらのお連れさんは?えらく美人さんじゃないか」

 カムの後ろにいたライラックは店内を物珍しそうにあちこち眺めていた。

「ああ、彼女はライラック。訳あって旅の道連れだ。まあ、仕事の依頼人ってやつだな」

「ど、どうも」彼女は自分に視線が向けられたことに気づいて軽く会釈した。

「そうかい。てっきりあんたも腰を据えた生活に…」

「待てくれ、最近知り合ったばっかりさ。それに、この稼業をやめるつもりなんてないね」

「そうかそうか、まあ、君たちはまだ若いからね」店主は何やらブツブツ言いながらライフル銃とリボルバーをケースにしまった。

「それはそうと、買い物もしようと思ってるんだ」

「弾薬や消耗品かい?」

「それもだが、彼女にも銃を一つ買ってやろうと思うんだ」

「女性への贈り物としてはいまひとつな選択だねぇ」店主は苦笑いを浮かべた。

「そういう話じゃなくてだな。彼女自身が武器なしで旅をしてきたっていうわけだから。旅を続けるのに万が一のことを考えてだ」

「それじゃ、たしかに話は別じゃな。女性でも扱いやすいものがいいね」

「コンパクトなのがいいかも」

「デリンジャータイプかい?」

「いや、それでもリボルバーがいいと思う」

 店主は店内の棚を漁ったり、奥の倉庫を行ったり来たりた。

「これがいいかと思うが、どうかい?」

 そうして店主は、焦茶色に染められた革ホルスターと一緒にカウンターに置いた。それは、なかなかコンパクトなリボルバーだった。みたところシングルアクションで、カートリッジ式らしい銃だった。

「シリンダーがね、ほら正面から見ると四つ葉のクローバーの形に見えることから俗にクローバーピストルとも言われている。それと、シリンダーの停止位置の加減で四発装填した状態でも安全に持ち運べる。コンパクトだし、威力は小さいがその分大口径。何よりカートリッジ式だし、女性でも扱いやすいだろう」

 まずはカムが手に取ってみた。「なるほどね」撃鉄を起こしたり、シリンダーを回しながら言った。「悪くない」

 カムはそれからライラックの方を向いてリボルバーを手渡した。

「君の銃だ。代金はサービスするよ」

 ライラックはぎこちない手つきでリボルバーを手に持って、それとなく構えた。

「上出来だな」カムは少し茶化すように言った。「なかなか、様になってるじゃないか。似合ってるよ」

「そ、そう?」

 カムは店主の方へ向き直った。

「さてさて」店主は軽く手もみをして続けた。「買取が、ライフル銃一つと新品のリボルバーが一つ。お買い上げが小型リボルバーと予備の弾、それから弾丸とパウダーのセットが一つ」店主は頭の中でざっくりと計算をした。それでもまだカムにお釣りを渡さないといけないようだった。「お釣りはどうしようかね?金貨か銀貨もあるけど、しばらくこの街にいるなら紙幣がいいかな?同等の貴金属や宝石というのもあるにはあるが、どうかな?」

「いつもながらサービス精神旺盛だね」

「もちろんだ。なんだかんだ言っても、あんたはお得意さんの一人だからね」

「それじゃ金貨と紙幣、半々くらいで頼むよ」

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