ジキタリス_1

 ジキタリス司令官は執務室で、午前中の日常の業務をこなしていた。そのとき部下の一人がやってきた。

「大陸では、なにか大きなニュースや私が知っておくべき事案があるのか?」

 彼は書類から目を上げると、部下に向かって聞いた。

「はい、最新のニュースが幾つか」

「どんなことだ?」

「製本の都市が隣国によって甚大な被害を受けたそうです」

「なるほど、あの‘不信の都市’の仕業だな?」

「ええ」

 不信の都市とはここ近年、近隣都市となにかと揉め事を起こしては、話題になっている都市だった。もっとも昔はなんてことのない普通の都市だった。一つ言えるのは、本のための羊皮紙を作る職人を多く抱えていたということだった。しかし、現在の‘製本の都市’によって安価な紙が出回るようになると、羊皮紙づくりの職人達は職を変えるか都市を出て行ってしまった。‘不信の都市’と呼ばれるようになるのは、それ以降のことだった。

「トラブルメーカーがまた話題を作ったということか」

「ただ、今回はかなり深刻な事態だそうです」

「それは、どういう事態だ?」彼は眉にしわを寄せて聞き返した。

「市街地に多大な損害を受けたとのことです」

「ということは都市の間近で戦闘が行われたということか?それとも、連中は街なかまで押し入ったのか?」

「どうにも、はじめから市街地を狙ったようです」

「なるほど、」ジキタリスはため息をつくと腕組をした。「まあ、それで、他にニュースは?」

「はい、北部の都市はいよいよ本格的な同盟関係を結んだ模様です。商船は武装船と共に船団での行動を行うと予想されます」

「いよいよ、我々の徴税に反発し始めるわけだ」

「それから、」部下はさらに続けようとした。

「まだ、何かあるのか?」

「はい、一部の市民から、配給をもっと充実させてほしいとの声が上がっています」

 ジキタリスは一瞬苦笑してから答えた。「だったら、もっと国に尽すくすのだ。と答えてやれ」

「承知しました」

「報告は以上か」

「はい」

「よろしい、下がってかまわない」

 部下は敬礼をすると部屋を後にした。


 それからジキタリスは一人、思案を巡らすと、ある考えが浮かんだ。’不信の都市’に対しては懲罰を加えるべきではないだろうかと。

 もちろん、それは道義的なことよりも、大陸内部における影響力を強めるための手段としての意味合いが大きかった。それに、最新の歩兵火器をどこかで試用する機会を狙っていた。実戦に勝るものがあるだろうか。さらに、新たな大型船も完成したところだ。それに兵器と陸戦部隊を乗せて、近くの港まで送るというのはどうだろうか。海上の船から上陸のための実践訓練にもなる。兵士たちにはいい機会となるだろう。

 ちなみに、最新兵器というのは多銃身連装銃だった。つまり、分かりやすく言うところのガトリングガンであった。大陸ではやっと薬きょう式の弾薬が普及し始めたころで、連続して撃てる銃といえばリボルバー式拳銃やボルトアクションのライフル銃だけだった。しかし、こちらはまったく次元が違った。弾薬は上部の弾倉から自然落下で送られ、射手が銃身を回転させると何発も切れ目なく弾丸が発射される。地下の遺構なかの一つからヒントを得て、ガンスミスと技術者たちが作り上げたものだった。移動や方向転換を容易にできるよう、銃本体は車輪のついた懸架台に載せられた。これは大砲を載せていたものを流用したかたちだった。


 ともかく、彼はさっそく作戦概要の書類を書き始めると同時に、周辺沿岸の友好都市の閣僚たちへ使者を送ることを決めた。

 彼は自ら大陸に赴いて協議の場を設けようと考えた。ときには、自らの行動がものを言うということを心得ていたのだ。不信の都市によって行われた、市街地への攻撃という行為は許されるものでない。大陸の平和のためにも、そのような都市を放っておくのは道義的にも許されるものではないと力説した。そこに大陸支配という野望は微塵も感じさせなかった。

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