ロベリア閣下とグラジオラス

 グラジオラスは、ある都市の入り口に差し掛かったときに大声で呼び止められた。

「そこの老人、止まりなさい!」

 門の両脇に立っている番兵の一人が近寄ってきて、グースを引き留めた。

「通行証は持っているか?」

 問いただすように聞いてきた。

「なんじゃそれは?」

「通行証を見せろと言っているんだ」

「わしが持っとるのはこれだけじゃ」グースはそう言って、抱えている小さい革の袋と杖を見せた。

「まあ、いい。持ってないんだな」

「何のことやら」

 しわがれた聞き取りにくい声で答えた。

「いずれにせよ、お前は商人や使者ではないということだな?」

「はぁ?」グースは高圧的な様子の番兵に対してわざとらしく聞き返した。

「商人かどうか聞いているんだ」

「ああ、わしは旅をしとるんじゃ。旅人じゃ」

「まったく」番兵はぼやく様につぶやくと詰所の方に振り返った「この爺さん、旅人だとさ!」

「了解!宮殿に伝令を出そう」詰所にいた別の番兵が答えた。

「なにごとかね?」

「この都市ではだな、初めて訪れる人は皆、まず閣下に謁見しなければならんのだ」

「なんじゃって?」

「旅人は、都市に入る前に、王に会わないといけないんだ」

「ほう、旅の話でもするのかね?」

「そういうことだ。わかったらそこで座って待っていろ」

 それからゆっくりと歩いて詰所横にあるベンチに腰掛けた。

 兵士が言った通り、旅人がこの都市を訪れた際は、王に旅の話を聞かせなければならなかったのだ。しばらく待たされてから宮殿まで案内された。しかしながら、またしてもそこで待たされることになった。


 宮殿では、ちょうど会議が行われてた。

 大広間の長テーブルにはロベリア閣下ほか、家臣と議員たちが一堂に会していた。定期的に開かれる政治の場であった。

「大陸の最新の情勢についてですが、友好都市である‘製本の都市’が壊滅的被害を受けたとの情報が届いております」

「なんと、それは天災か?」

「いえ、近隣都市との戦争によるものだそうです。現在、追加の使者を送っています。彼らが戻り次第、詳細が明らかになるでしょう」

「何たることだ」ロベリアが嘆けくように言った。「都市そのものも被害を受けたのか?」

「いまだ確かではありませんが、どうもそのように思われます」

 ロベリアはその都市の図書館のことを思い出した。彼は一度だけ訪問したことがあった。地理的に距離があるため交流は多くなかったが、友好関係を結んでいた。あそこにも、多くの書物が収蔵されていたはずだった。

「それは例の‘不信の都市’の仕業じゃないだろうな?」

「まだ、詳しいことはわかりません」

 ロベリアはため息をついた。

「彼らは友好都市だ。詳細が分かり次第、支援のために人手や物資を送ることにしよう」

「承知しました」

 そのほかには、定例的な報告や意見交換で時間が過ぎて行った。

 会議が終わってすぐ、側近の一人がロベリア閣下に伝えた。

「閣下!旅人が訪れております。いかがいたしましょう」

「どんな人物だ?」

「聞くと、ずいぶんと歳とった老人とのことです」

「そうか、珍しいな。ここ最近は決まり決まった商人たちばかりの出入りしかなかったが。とにかくこちらまで案内しなさい」

「承知いたしました」


 そうしてグラジオラスは宮殿の謁見の間へ通された。

 玉座の前には小さな椅子が用意されていた。

「どうぞ、旅のお方よ。お座りになって楽にしなさい」

「これは、お気遣いに感謝いたします」

「つかぬことを聞くが、まさか仙人ではなかろう?」

 ロベリア閣下は少しばかり冗談じみた口調で尋ねた。

「とんでもございません。つまらぬ一介の老人でございます」

「そうか。それはそれとして、旅のお方とあっては、よければ旅の話を聞かせてはもらえぬか?そのためにここへ呼んだのだ」

「分かりました。それでは何からお話いたしましょう」

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