賞金稼ぎ カモミール

「まったく、とんだ失態だ!」

 男は自身への罵りとでもいうかのように呟いた。

 彼は追手がやってくる気配がないとわかると、走るのをやめていた。が、都市から少しでも早く遠ざかりたいのか、歩調は早かった。彼の気持ちとは裏腹に、目の前はのどかな丘陵地帯が広がっていた。

 彼の名はカモミールといった。知人たちからはカムの愛称で呼ばれていた。生業は主に用心棒だが、何でも屋のような感じでもあった。時には汚れ仕事もこなした。ガンマンでもあり、早撃ちにはそれなりの自負があった。そして世間的にそれらは賞金稼ぎと呼ばれるのが通例だった。また、ならず者といわれることも少なくなかった。そして彼自身にも賞金がかかっていた。むろん、その点に関して全ての都市でというわけではなかった。世の中には都市ぐるみでならず者を雇うところもあるためだった。ただ、先ほどまで滞在していた都市は手のひらを返した様子だった。


 カムも大陸に住む多くの住人と同じく、都市の一つで生まれ、そこで育った。そして彼の父は騎士だった。とはいっても下っ端に近いくらいの、下流騎士という程度だった。いずれにせよ、幼い頃のカムにとって騎士になるというこが将来の夢となるのは当然の流れであった。

 しかし当時、その地域では都市の統廃合が急速に進んでいる時期であった。つまり、都市間戦争が頻発していたことも意味する。もちろん合議によって都市の統合が行われるところもあった。ただ、カムの住んでいた都市はそうならなかった。戦争がはじまり、カムの父も戦場へ赴くこととなった。結果は散々なものであった。騎士や兵士達は戦場で命を落とすか、ほうほうの体で逃げ帰ってきた。このときの多くの武装は剣、槍、弩などであった。もちろん大砲なども備えていたが、対する敵方の武装はほとんどが火器だった。とはいえ、まだこの時代はマッチロック ―火縄を使った点火方式のもの― が主流で、銃身も単なる筒状で命中率も低かったが、数を用意すればその威力を発揮した。そもそも最初の斉射による爆発音は馬を驚かせ、多くの騎士が落馬することになった。そしてそこへ鉛の弾丸が飛んでくる。弾が当たった者はその場に倒れた。騎兵に続いく歩兵たちは何が起きているのかわからずパニックになった。それでも中には勇猛果敢にも敵へ向かう騎士や歩兵もいたが、数にはかなわなかったのだ。全体でみると敗走せざるをえなかった。

 カムの父は脚に大怪我を負ったもののなんとか生きて戻ってきた。しかし、相手都市による占領が始まると、騎士や兵士達は解散させられた。そして、街道や城壁工事の労働力として駆り出されることとなった。

 ある日、カムは都市を訪れた旅人と出会った。その人物は名前を名乗らなかったが、腰に下げた銃をみるにガンマンらしかった。その人物は、旅をしながら暮らしていると聞いたカムは、子供心にどかか惹かれるものがあった。それが、彼の人生に影響を与えることになった。

 そして今、騎士とは全く正反対にいるような、俗にいう賞金稼ぎといわれるところを生業にするようになったのだった。


「まったく!この××ったれ!」カムは罵りの言葉を口にした。

 彼は手に入れたばかりの最新式の拳銃に、使い慣れたライフル銃まで置いてくる羽目になった。もう取りには戻れなかった。それでも、稼ぎの金と少々の雑貨が入れてあるバックと、使い慣れたリボルバーとガンベルトを忘れることはなかった。まあ、上出来と思うことにしよう。彼はそう考えながら、ホルスターに下げた銃に軽く触れた。これまでに何度も、銃がそこに収まっていることを確かめていた。指先が、冷たい金属のフレームの触れると気持ちが落ち着いた。

 着の身着のままでなかっただけマシだな。しばらく仕事続きの疲労のせいか、勘が鈍った。だが、休暇を取ろうとした矢先がこれじゃぁな。先が思いやられるってもんだ!そこまで思うと、大きくため息をついた。拠点を持たず、根無し草的でその日暮らし的生き方はある意味で気楽なものであったが、こうして彼を苦しめることもあった。もっとも、彼が先ほどまでいた都市は、以前は馴染みの場所だったのだ。

 治安組織の方はまだ本格的に動いていない様子だが、同業者は違ったようだった。どうやら非公式に賞金が賭けられ、顔なじみの一人に狙われた、と彼は考えていた。この業界は非常にビジネステイクだ。手に入る金額で簡単に結託したり、あるいは決別するのだった。

 あいつとは長く付き合えそうだと思ったんだがな。カムがこの業界に足を踏み入れた時はまだ義理人情というものが根深かった。最近は誰もかれも金儲けにシビアに、そしてドライになってきたもんだ。彼はそんな風に思った。

「いやはや、それにしてもライフルや余分な荷物がないだけでこんなにも身体が身軽になるものか…」

 彼は思った。これはこれで新しい発見だ。だが、あのライフルだけでも多少の金には代えられたはずだし、手に入れたばかりの銃はここ二、三カ月分の生活費と等価だったんだぞ。後悔先に立たずというが、こんなことなら換金しておくんだったな。おっと、俺も金にシビアになりそうだな。彼は「やめだやめだ、失くしたもののことは忘れよう」と声に出して自分に言い聞かせた。

 いずれにせよ、まとまった金はある。しばらく仕事のことも考えるのはやめにする。もう一つの、馴染みの都市に向かおう。いずれにせよ休む必要がある。彼はそんなことを思いながら次の都市に向かって歩き続けた。

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