死神と天使の仕事事情
夏木ホタル
第1話
「田井アカリ様。9928日18時間27分46秒間の生のお勤めお疲れ様でございました。若くして終られるのには未練があるかも知れませんが、この葬儀が終わり次第、幽世にご案内させていただきます」
「……………あ、あの」
白装束を着た彼女は、何か話したげに俺の服の裾を引っ張った。
田井アカリ。享年27歳。死亡原因は事故死。飲酒運転のトラックに………とまあ、言ったら悪いがよくある死に方~。
まだこの年ならこの世に未練があって当然だろうな。
「はい、なんでしょう?ご質問ですか?」
「え、あ、の。貴方はその死神?ですよね、見た目的に」
黒いローブを頭からすっぽりと被り、大鎌を持っている姿から連想したらしい。間違ってはいないが。
俺は肯定の意味をこめてこくりと頷く。
すると彼女は落胆の息をはいた。
「やっぱり、私は地獄行きなんですね」
「え……」
「死神さんが迎えに来たって事は地獄行きなんですよね??」
諦めと怯えの色が混ざる瞳に見つめられる。
毎回恒例"お決まりパターン勘違い"と察した俺は少し説明することにした。
「……そんなことはありませんよ。私はあの世の【
「そーだよー??ボクみたいな天使が迎えに来たからっていって天国行きとは限らないもーん♪」
この会話に入ってきたのは、同じお迎え課の天使だった。
「あーでも……………やっぱり。お姉さんは天国行きの内定通知書出てるから安心して~」
何がなんだかと混乱している彼女はとりあえず頷いて「よ、よかった」と洩らした。
そうこうしているうちに彼女の葬儀も終わり、入り口まで案内。
「アナタ。ついてくる必要ありますか?」
「どーせ、帰り道だしいいよね?」
はぁ、と大きな溜め息をつく死神。
(この人?達は仲が悪いのかな。天使と死神なんて真逆だもんね。というか担当とかあるんだ。天使さん綺麗だな。髪も肌も白くて、紅い瞳もいいなぁ。小さくて中性的て可愛い。)
「着きましたよ」
天使を見つめていたアカリは死神の言葉で目を凝らした。重厚な門の前には生者厳禁!と書いてある看板と、屈強そうな門番らしき二人がたっていた。二人………いや、2匹と称するべきか………。
「この方をお願いいたします」
死神がそう言えば門番は頷き、ギギギっと門を押し開く。
峠のような道が続いているのが見えるが門の1歩さきは底の見えない崖になっている。どんな亡者もこの崖を登り最初の裁判へと向かっていくのだ。
アカリは門を覗きこみ、「ひっ」と小さく悲鳴をあげ、脚がすくんでしまったのかガクガクと震えが止まらない。
「あ、おねーさん。さっき天国内定してるって言ったけど、この崖ちゃんと登れないとと無しになっちゃうから、頑張ってね♪」
「え……………あっ」
にぃっと紅い瞳を歪ませて天使はその小さな白い両手で彼女を押し崖へと突き落とした。
***
「ふー、今回もお疲れ~」
先程とは違うぱっと明るい笑顔で死神の方を向く。
「はあ~、お前よく同じ人を二回も突き飛ばせるよな」
「いやいや一回目はちゃんとお仕事だからね?」
じゃあ、さっきの二回目はなんなんだよ。というツッコミを飲み込んだ死神は今回の報告書を書き上げるために天使とお迎え課に戻っていくのだった。
【
【
統合死神部署はさきにも説明した通り魂と遺体を引き離し、あの世の入り口まで案内するのが主な仕事。四十九日後は判決に従い地獄もしくは天国に連れていく。
一方、統合天使部署はというと。
担当の人間を『運命通り』の死を迎えさせるのが仕事である。
例えば先程の亡者、田井アカリのように。
彼女は事故死だがその原因を作ったのは紛れもない天使である。
トラックの運転手に酒を呑むようにそそのかし、アクセルを思いっきりふませる。そして点滅する青信号の最中、横断歩道上で彼女の背中を押してつまづかせた。そのまま彼女はトラックに轢かれて……………といった感じだ。
基本的に直接手をくだすことはないが、原因を作り出しているのでほぼほぼ犯人である。
稀に彼等の手で殺すような人間もいる。
強運のあまり、どんなに原因を作っても作用せず生き残ってしまう者。魂が歪み過ぎていて輪廻に還らすことができない者。
こういう人間は天使が急いで殺害して、あの世へと送り出す。(後者は殺してから魂ごと揉み消す)
どんな人間も死ぬ日は決まっており、一日延びれば担当である天使、死神が罰を受けるのでその日のうちになんとか殺しているのだ。
「だいたい、お前のせいで彼女の死亡時刻が1分も延びたんだぞ?まったく誰が報告書を書くと思って………」
はぁ。と深い溜め息をついた死神の顔は服のせいであまり見えないが、口調からしてまあ、不機嫌なのはわかる。
「ごめんね☆」
このまったくもって悪びれのない謝罪もいい加減慣れてきた死神である。
にしても、今日は何だかいつも以上に疲れた。甘いものが食べたい気分だ。
「…………Masterドーナツ奢りで許しやる」
「やだ」
「即答かよ。奢って」
「やだ」
「奢れ」
「いや」
こんな押し問答を続けること数分。
「……ぐすっ、こんな健気なボクに
たかだかドーナツワンケースのやりとりなのだが。
天使と言えども見た目は少年。(見た目は)紅い瞳を濡らせて泣いている姿は儚く、罪悪感を芽生えさせ増幅させるのだろう普通は。
「アンタで健気なら、人類ほとんど天国行きだろうな」
数少ない同期のためこの二人が一緒の人間に担当としてつくことは少なくない。
「そーならないように、悪魔やらの誘惑課のやつがいるんじゃん」
そう、そのため天使の泣き落とし&腹黒い悪魔的部分を嫌というほど知っている死神にこの策が効くわけもなく。
「泣き落としが俺に通じた試しあるか??………………ファミリーレストラン」
死神は優しいので少しは譲歩してくれることを天使は知っている。
「ないね。最初以外……………えー、洋食バイキング」
「ラーメン」
「寿司屋」
「血の池屋の焼き肉食べ放題」
天使と死神の腹が同時に空腹の音をあげる。
「行く!行きます!焼き肉ならいくらでも奢るよ!!!」
天使は焼き肉で釣れた。
ぱっと花が咲いたような笑みは少年らしい。
仕事の時に垣間見える残虐さを知っていてこの笑顔を見ると『ああ、本当の彼はどっちなんだろう。まあどちらも彼か』などと考えて、苦笑した。
[数時間後~焼肉屋にて~]
死神はけして酒に弱い訳ではない。むしろ一般よりは呑める方だ。ただ、今一緒に呑んでいる天使が底無しなだけで。
天使側の奢りということでいつもよりペース早めに呑んだのが仇となり、酔った死神は上機嫌で天使に膝を貸している。所謂膝枕だ。
「ねぇ~、
死神──鐡の短い黒髪をわしゃわしゃと撫でる。仕事中はずっと全身隠れるような服を着ていて顔は見えないので、この死神の顔を見れるのは割りと貴重だったりする。
頭を撫でられて少し気分がよくなった
「
と言ってしまった。
翌日、鐡にジャーマンスープレックスをキメられる白兎が今世お迎え課で目撃されることとなった。
死神と天使の仕事事情 夏木ホタル @N_Hotaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます