第3話 不思議な女の子とバンド

あの楽しかった日から一週間が経った。

あれから委員会やら体育祭の準備やらで、放課後あの店に行く暇がなかった。

今日は委員会あるのかなあ...。久しぶりに行きたいなあ......。

昼休み、先輩に呼び出された。

「杏、いる? あ、いた。今日の放課後は委員会ないから、帰って大丈夫だよ。」

「ほんとですか? 解りましたっ!!」

私は飛び跳ねて喜びながら、教室へ戻っていった。

授業が終わり、帰りのチャイムが鳴ったとたん、私は急いで帰る準備を始めた。

「杏ちゃん、ずいぶん急いでるね。何か用事でもあるの?」

やっと準備ができた、というところで春ちゃん(あだ名で呼んでるの。きゃー!!)が、声をかけてきた。

「うん! 行きたい所があるんだ。

私は、これ以上ないくらいの早口で言った。

春ちゃんは意外そうに私を見ながら、あの天使のスマイルでほほ笑んだ。

「杏ちゃんが行きたい所って、そんなに楽しい所なのね。私も行ったらだめ…?」

春ちゃんは天使のように首をかしげながら、きらきらした目で私を見つめた。

どうしよう…。

あそこは、一人で行くって決めてるからなあ…。

少し間があって、春ちゃんが不安そうにこちらを見つめて、申し訳ない気持ちのまま私は返事をした。

「ごめんね、そこだけは一人で行きたい所なんだ…。でも、もしかしたら、連れて行くときあるかも。その時はよろしくね?」

春ちゃんは残念そうに肩を落としながらも、天使スマイルは崩さないで言った。

「そっか! 連れていってくれる時は、沙良も連れてこっか! 楽しみにしてるね。」

春ちゃんらしい前向きな返答に安心しつつ、罪悪感が募っていった。

「うん、そうだね、じゃあそろそろ行くね!」

「行ってらっしゃーい。」

春ちゃんの言葉を最後まで聞かないうちに、私は教室を飛び出していた。


教室を出てから、私は50メートル11秒の鈍足であの店へ走って行った。

…運動苦手なんだもん、しょうがないしょうがない。

あの店の場所は、あの日の帰り道に覚えていたので、行くのにさほど迷いはしなかった。

さほど……だからね。少しはしょうがない、人間だもの。

別に私の記憶能力が低いわけじゃない。うん、大丈夫。

そう自分に言い聞かせながら、迷い迷いについた先は、私の愛しのあの店だった。

はやる想いを抑えながら、店へ入っていった。

…ああ、まただ。

この店に来ると、安心していられる。

一番自分が自然体でいられる。

なんでだろうなあと、考えていると、奥から店主が出てきた。

「おお!この前の嬢ちゃん!久しぶりだねえ、てっきりもう来ないのかと思ってたよ。」

驚いたように私を見つめて、店主は私に言った。

「久しぶりって言っても、まだ一週間しか経ってませんよ? ていうか来ないなんてありえませんよ。私、このお店すごく好きですもの。」

私は当たり前のように言った。いや、当たり前なんだが。

「嬉しいこと言ってくれるねえ…。しょうがないから今日はカトルカール、無料で差し上げよう。」

顔をほころばせながら、店主は言った。

私としては嬉しい限りである。

「本当ですか!? わーい、カトルカール楽しみにしてたんです!!」

そう言って私は、あのロッキングチェアに座って注文をした。

やはり奢ってもらってばかりでは後味が悪いので、カップケーキも別で頼むことにした。


数分して、カトルカールとカップケーキと紅茶がきた。

そして私は本を出して読み始めた。


「何の本を読んでいるの?」

何分かして一人の女の子が急に話しかけてきた。

「へっ?」

私は驚いて、本を投げ出してしまいそうになった。

その女の子は私の声に驚いたようで、びっくりした顔になっていた。

よく見ると、すごく美人だ。

黒髪に白い肌、お腹あたりまで伸ばした綺麗な髪は、真っすぐのストレートで美しい。

なんで私の周りは美人ばかりなのだろう。

「え、あ、えっと。私の好きな本・・・・を読んでる・・よ。」

本を読んでいたのはバレているし、同じ学校でもなさそうなので白状した。

びっくりしていたので少しカタコトになってしまった。

「本が好きなの? 私も好きなの」

私は、『本が好き』というワードに一気に興奮した。

「え? 本当!? 私も大好きなの!! だから本をゆっくり読めるこの場所も、ものすごく好きなの。しかもね、本って本当にすごいんだよ!? だってね・・・」

ついに私の『読書スイッチ』が入ってしまった。こうなったらもう私でも止められない。

中学生の時、ドン引きされた演説を聞いても、女の子はドン引きなんてせず、むしろ興味津々といった様子で私の話を聞いていた。

……まだこの世の中のこの世代にこんな子いたんだなあ。

高校一年ながらに思ったのであった。

「へえ~! そうなのね…。あなたは本当に本が好きなのね。そこまで語れるなんてすごいわ!」

私はもう感動を通り越して、こんな風に思える女の子を尊敬していた。

そして、ここまで話しておきながら今更気づく。

「あれ? 名前聞いてなかったよね。名前はなんていうの?」

ああ、と言ってから彼女は、

「冬島美咲紀だよ。あなたは?」

「美咲紀ちゃんね。私は夏川杏だよ。あ、朝乃高だよ。」

「ミサキちゃんだと、呼びにくいでしょ。ミサでいいよ。杏、よろしくね。」

ミサ!! なんて可愛いネーミングセンス。

「う、うん。ミ、ミサ よろしく。」

ミサはニコッと、私に笑いかけた。やっぱり私の周りは可愛い子ばっかり…。


それから私は、時計を見て

「あ、そろそろ時間だ。帰るね。」と、言って帰ろうとしてしまった。

「あ。待って。あの…また会えるかな?」

私は言うと、ミサはぽかんとしてから笑顔になって、

「うん、必ず。このお店で。」

と言って、帰っていった。

その帰り際、私はミサの腕に、病院で渡される「入院中」のバンドがあるのを見てしまった。

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