第2話 運命?

入学式が終わってから、そろそろ二か月が経とうとしていた。

春の頃のようにさわやかな季節も終わり、じめじめとした梅雨の時期がやってこようとしているのだった。


私はもう、風通しの良い制服を着ていた。

朝乃高等学校の制服は可愛いと有名で、制服目当てでこの学校に入学する人も少なくないという。

私は、自分の制服を割と気に入っていた。

だって私の好きな本に出てくる制服と似ているから。

その本は、杏が命をかけている。と言っても過言ではない程、大好きな本だった。

そうだ、最新刊出ていないかな?と、思い、近くにあった本屋に立ち寄る。

慣れた足取りで、小説コーナーに向かう。

最新刊コーナーの本棚を見ると、最新刊が出ていた。

杏は周りに知人がいないことを確認し、自然にその本を手に取った。参考書と一緒に。

参考書の下に本を隠してレジへ並んだ。

列はそこまで長くはないので、知人に見つかることはないだろう。

ましてや私の友人に、本好きな人なんていないので、見つかるわけがない。

そう思いつつ細心の注意を払って空いたレジに向かった。

会計が終わり店を出た瞬間、同じ制服の男子と遭遇してしまったのだ。

ひぎゃあああああ、なんで会っちゃうの!?

そのままスルーして歩けばよかったのに、私は気が動転して「すみません!違うんです!」と、謎の発言をして、店の横にあった裏路地に走り去ってしまったのである。


裏路地は意外と曲がり道が多く、早く遠くに行きたくて、右に曲がったり、左に曲がったりをひたすらに繰り返していた。

ふと我に返り、立ち止まった私は、もう自分がどこにいるのかすら分からなくなっていた。

えっと、スマホスマホ……あれ?充電切れ…?

案の定スマホの充電は尽きていた。


ど、どうしよう…。これって絶体絶命ってやつじゃない?

私は来た道を戻りながら、野宿する覚悟を決めていた。

周囲がふいに明るくなった。

陽の当たる場所に出たようだ。

ふと右を見ると、印象に残る白い扉のお店があった。

私は惹かれるような思いでその店に入った。


白い扉を開けると、はちみつのような甘いとろけるような香りがした。

体が躍ってしまいそうなほど軽快な音楽が流れ、ショーケースには、色とりどりの鮮やかなクッキーや、ミニケーキなどがたくさん並んでいた。

お店で食べることもできるのか、アイアンテーブルも置かれている。

西向きなのか、アイアンテーブルには陽の光があたっていてとても綺麗だ。

私が店に見とれていると、中から店主がやってきた。

「いらっしゃい。おや、高校生かい? 珍しいね。

店主のおじさんが、めずらしそうに私を見ているので、私は照れ隠しに食べ物を選ぶように、ショーケースに近寄りながら答えた。

「こんなに素敵なお店なのに、高校生とか来ないんですか?」

「ああ、そんなに来ないねぇ…。なんせこんな路地裏にあるからね。高校生なんて、東京にいたらもっと違うとこに行くよ。」

私は派手なグループを思い出して納得した。

……たしかにあんな派手な子達は、違うところに行くかもね。

私はショーケースを離れ、近くにあったロックチェアに座った。

ぽかぽかしていてすごく心地よい。ここで本を読みながら、お菓子を食べたりできたら最高だろうな、と杏は思った。


目の前のテーブルにメニューがあることに気付いて、私は何か頼もうと思い、メニューを見た。

その中には、ショーケースに入っていなかったお菓子もある。

苺のショートケーキやマカロンなどがある中で、私は『カトカール』というお菓子が気になった。

「すみませーん。」と、店主を呼ぶと、店主はすぐにやって来た。

「えっと、このカトカールっていうお菓子を…二つください。」

「お嬢ちゃん、カトカールが好きなのかい?いい趣味してるねぇ。」

おじさんが驚いたように言った。

「いえ、好きっていう訳じゃなくて、なんとなく気になっただけです。」

私がそう言うと、店主は

「そうか、そうか。気に入ってもらえるといいなあ。」

と、調子よく言った。

五分ほどすると、サービスの紅茶とカトレールが来た。

私は知らなかったのだが、イギリスでも日本でも有名なお菓子らしい。食べてみると、ふわふわしていて、カステラのようだった。

甘い香りが口の中に広がり、私は幸せな気分になった。


そのまま本を読みだしたら、もう私は本の世界とカトカールにしか興味がなくなり、数時間没頭していた。


何時間が過ぎただろうか。

外は薄暗くなり、来た時のような明るさも消えている。

……そろそろ帰らないとね。

私は読んでいた本をしまい、紅茶を飲み干す。

店主に帰り道を聞き、感謝とまた来ますということを伝えた。そして、名残惜しい気持ちで店を出て、家に帰った。

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