憧れ、光

 新アルバム記念ツアーの第一回ライブを控え、彼ら『OTO YO TODOKE」のメンバー達は手を重ね合った。ベースの吉田、ドラムの芦沢、キーボードの亀村、そしてギターボーカルの岡田宗信はそれぞれ目を合わせた。


「最高のライブ、作るぞー!」


 宗信のかけ声でメンバーが一斉に手を上げる。

 宗信はギター片手に舞台袖で待機した。

 ステージが暗くなり観客の声がザワザワと上がる。

 暗闇の中、メンバー達はステージの上へと走り出て立ち位置についた。


 あらゆる方向から一斉に照明が向けられ、メンバー達がステージに浮かび上がる。

 沸き起こる歓声の中、宗信はギターを弾き始めた。

 優に一万を超える観衆の熱気がステージを包み込む。


「今日は皆、来てくれてありがとう! 最高のライブにしていこう!」


 盛り上がる中で彼らは演奏を始めた。どの曲も感情を揺さぶるような曲で、メンバーとファンが一体になってライブは進んでいった。


「続いては、新曲『割れた金魚鉢』です」


 彼らの新曲、『割れた金魚鉢』は人生で壁に当たった青年を歌った曲だった。

 ファン達は一音も漏らさないと言わんばかりに、その繊細な演奏に耳を傾けた。


 演奏が終わり、客席から拍手が起こった。


「ありがとう。ありがとう」


 拍手が収まるのを待って、宗信はお辞儀を繰り返した。


「さて、そろそろ最高の時間にも終わりが近付いてきました。今日のライブ最後の曲です……」


 会場が一体となって息を呑む。


「大切な人に送る曲です、聞いてください……『憧れ』」


 静かに演奏が始まり、会場は彼らの音楽にグイグイと引き込まれていった。

 会場全体が一つになってゆっくりと揺れていた。空気を流れる美しい音がファンたちを魅了した。

 包み込むような優しい宗信の声がギターの音色に乗って広がっていく。

 曲の演奏が終わると会場は静寂に包まれた。

 束の間の静寂の後、あちこちで拍手が起こり始めるとそれは次第に広がっていき、最終的にはファン全員が立ち上がって盛大な拍手をメンバーに送った。

 宗信は拍手を受けて何度も何度も頭を深く下げた。

 彼が客席をぐるりと見渡すと、一人の女性と目が合った。

 そこに立っていたのは藍だった。彼女は『OTO YO TODOKE』の新アルバム、初回限定版CDについてくるオリジナルTシャツを着て温かい笑顔で拍手をしていた。

 彼女の隣には仁志が立っており、彼もまた大きな拍手を送ってくれている。

 彼女は俺と目が合ったことに気が付き、ウィンクをした。


 次に宗信は藍の後ろの席にいる人を見て、衝撃を受けた。

 その人は号泣していた。しかし泣きながらも大きな口を開けて自分の名前を呼んでいた。

 その人の手には大きなプラカードがある。


『今まで反対してごめんね。これからはあなたの進む道を応援します。私の愛する子』


 彼は胸の中で号泣しながら叫んだ。母が初めて自分の道を応援してくれた瞬間だった。


 視界が潤んできたので宗信は汗を拭くフリをして目を拭った。

 それからマイクを手に取り大きく息を吸った。


「ずっと応援ありがとおおぅ!」


 空気を痺れさせるような大きな声がホールに響いた。

 彼がウィンクをしたのと同時に、会場の端から霧吹雪が発射された。

 霧に照明が反射して幻想的な世界が広がった。



 *****



 僕は盛り上がる客席を見下ろして、光を煌かせながら彼らの頭上を飛んでいた。

 感動は感動を生む。

 藍が宗信へ感動与え、宗信によってその感動は多くの人へと伝わっていったのだ。

 人を感動させられる。それは本当にすごいことだ。

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