村、乾いた地面

 僕は藍の住んでいた街へと戻ってきた。

 ところが彼女のあの煌めきがどこにも見えない。

 僕が彼女の光を探していると、それはどこかとても遠い場所にあることがわかった。

 僕は再び空へと飛び立ち、藍の元へと流れていく。



 *****



 その村ではこの一ヶ月の間、ほとんど雨が降っていなかった。

 大きな街からも海からも遠いその場所では雨以外の水を確保するのが難しい。

 さらにその村の周囲は一面、岩石砂漠のため、地下水を汲み上げるのも難しいのだった。

 国内では盗賊の集団が勢力を強めていることもあり、水を輸入することもできず、人々は困り果て、草木も弱り始めていた。



 そんな村にある日、数台のジープが到着した。

 ジープには日本人女性が一人と数人の男が乗っていた。

 女性達はジープから降りると上に載せていた荷物を降ろし始めた。


「一体何の騒ぎだね?」


 細い体に白い髭の村長が役場から走り出てきて、車を見渡す。


「その荷物は?」


 村長がジープの荷台を指差して言うと、日本人女性が振り返った。


「これは水です。私たちからの支援物資です。多分これで一週間はもつでしょう」


 村長の問いに日本人女性が返した。少しかたことな部分はあるものの、綺麗な発音の現地言葉だ。

 彼女は二十代後半ぐらいに見えた。


「それは誠に有り難い話だが、何故君たちはここへ? まずあなたは何者だ?」

「初めましてグワラ村長。私は北島藍と申します。地球や生物について研究をしている日本の学者です」

「初めまして、北島さん。ですが、これまたどうしてあなたのような外国の学者さんがこの村へ?」

「この村が水不足に困らされているという情報を聞き、何か支援できることがないかと考え、やって参りました」


 村長は言葉を失って目を泳がせた。


「そんな……まさかこのちっぽけな村に助けが来るとは……」


 村長と彼女が話している間に村人達が集まり、二人の周囲を囲んだ。

 彼女は水の入ったタンクを一通り降ろし終えると、辺りの砂漠を見回した。


「私はこの土地のある場所から、地下水を汲み上げることが可能だとみています」

「で、ですがこの村の周りは乾燥地帯で、湧き水どころか水たまり一つも見つかっておりません。そこからどうやって?」


 村長は困惑の色をはっきりと浮かべた。村人達はここ数週間、あちこちを掘ってみて地下水を探していたのだが、水一滴さえ見つからずにいたので地下水を探すことを断念していた。そこにこの言葉だ。


「私はこの砂漠の中のあるエリアに地下水が流れていることを確信しています。その場所の地下には川が流れているのです」

「はあ……。信じられん話ですな」

「ひとまず、その場所を見に行きましょう」


 彼女はジープへと乗り込み、助手席に乗るよう村長を促した。

 村長が訝しげな様子でジープに乗り込むとジープ一行は砂埃を立てて出発した。

 



 

「ここです」


 彼女がジープを止めたのは何の変哲も無い、周囲の砂漠と変わらない場所だった。


「本当にここかね?」

「ええ、ここで間違いないです」


 村長の言葉に自信たっぷりの返事をすると、藍はジープを降りた。

 それから、いくつかの機械を取り出して何やら計測を始めた。

 計測は日が落ちるまで続いた。






「この範囲を掘り続けてください」


 彼女は計測を終えると村長に図を渡した。

 次に彼女は村へ帰ると、村一番に学があると有名なハギマダラ氏と面会した。

 ハギマダラ氏はこの村で子ども達に勉学を教えている先生で、高身長で細身の男だった。


「初めまして、ハギマダラさん。私は学者の北島と申します」

「こんにちは、ハギマダラです。ようこそこの村へ」


 二人は握手をかわした。

 ハギマダラは紳士的な雰囲気を持つ男性で、聡明なのが話し方から滲み出ていた。


「実は私からお願いがありまして」

「はい、なんでしょうか」


 北島は背にしていたリュックから一枚の図面を取り出し、机に広げた。


「地下水を掘り、そこにこのポンプを設置する作業の監督をして欲しいのです」


 図面には細かい文字と図で、ポンプや浄水器の作り方がかかれていた。

 時間をかけて、藍は彼に細かいことを説明した。

 彼は全てを聞き終えると快く、監督者を引き受けた。



 翌朝早くに藍は村を出た。

 次の仕事があるらしい。

 村人達はジープの出発を見届けると、すぐさま作業に取りかかった。

 彼らはそれぞれツルハシやショベルを手にし、指定された一帯をひたすらに掘った。

 同時進行でポンプや浄水器の作成作業が進められた。


「そこにその部品とあの部品をくっつけてくれ」


 ハギマダラは図面を見ながら指示をして村人を動かした。

 

 多勢の村人が地面を掘り進むなか、袖をめくった村長がショベルをもって現れた。


「村長!? どうなさったんですか?」


 村人の一人が彼に気付いて驚きの声を上げる。


「なに、皆が必死に汗水垂らして働いているのに、私がひとりで椅子に座っているわけにはいかないだろう」


 村長はそれだけ言うと土をざっくざっくと掘り始めた。

 村人達は年を取った村長を心配そうに見ていたが、次第にそれぞれの仕事へと戻っていった。


 乾いた大地に、鋭い陽差しがぎらぎらと照りつけている。

 村人達は暑さの中、一心に地面を掘り続ける。

 人々の体を汗が滴っていた。


 村長はショベルを動かしながら、額ににじんだ汗を手の甲でぬぐった。

 一滴の汗が、村長の腕から乾いた地面へと流れ落ちる。



 *****



 長い期間を経ても、僕は彼女のことがすぐにわかった。

 彼女は相変わらず首にあの飾りをつけていたのだ。

 そして彼女の胸の内で光るその輝きは、更に透き通った美しいものへと変わっていた。


 そんな彼女を見て、僕は安堵したのだった。

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