青い空、白い雲

 喧噪に包まれた空港で藍と仁志は向き合っていた。


「本当に行っちゃうんだね」


 藍は寂しそうに仁志を見つめ、震える声でそう言った。

 仁志は大きなカバンを置いて藍の手を握った。


「ごめん、こんなに早く別れが来るなんて……」


 彼は少しの間黙って、また口を開いた。


「一緒にいるって言ったのに、離れてしまうことになったのは本当に申し訳ない」


 藍は頬を涙で濡らして彼の胸に顔を埋めた。

 彼の胸の内は温かかった。この温もりを感じることができなくなると考えるとより一層、涙が込み上げてきた。


「遠くの国に行ってしまっても、私は仁志君のこと忘れないから」


 仁志は藍の頭をそっと撫でた。

 柔らかい、良い匂いのする髪の毛。この髪にしばらく触れられなくなる、この温もりを感じられなくなる。そう考えると胸の奥が締め付けられた。


「俺も藍さんのことを絶対に忘れない。約束する」


 藍はこのままずっと彼に抱きしめられていたいと思った。だが、離れたくない自分を押し殺して何とか彼から一歩離れた。

 仁志は大きなカバンを持ち上げた。


「じゃあ、行ってくる」


 仁志が数歩歩いたところで藍は駆け出した。

 仁志の服の袖を後ろから掴むと、彼は振り返ってこちらを見た。仁志の目は真っ赤になり、目の周りは湿っていた。


「いつか……また会えるよね?」


 藍の問いかけに彼は少しの間、黙ったままだった。


「いつになるかはわからない。けれど必ず君に会いに戻ってくるよ。必ず」


 彼はそう言って微笑んだ。

 藍に安心を与えてくれる、懐かしい人を思い出させてくれる笑顔だった。


「ありがとう。いつまでも待ってるから。仁志君のこと、心の底から大好きだから」


 彼はその言葉に顔を赤らめ、藍はその顔を見てクスッと笑った。




 飛行機が飛び立ち、仁志は窓から空港を見下ろした。

 見えるはずのない空港に、藍が立って手を振っている光景がはっきりと目に映った。




 飛行機が飛び去った青空に、白い飛行機雲が引かれていく。



 *****


 

 別れがやってきたようだ。

 彼らはそれぞれの道へと旅立っていく。そして新しい出会いを見つけていくのだろう。

 そろそろ僕も広い世界を旅したい衝動に駆られ始めていた。


 雲になって広い世界を見下ろした今、僕は一旦、藍の元を離れることにした。


 さようなら、藍。


 またいつか。

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