海沿い、イチゴ味
空には暗闇が広がっている。
普段静かな海沿いには屋台がずらりと並び、歩き回る人々で賑わっていた。
「ごめん、遅れちゃった」
ベンチで待っていた浴衣姿の
「お待たせ仁志君」
「良いよ、まだ花火始まるまで三十分はあるから」
仁志は彼女の浴衣姿を見て顔を赤らめる。
「わあ……藍さん、浴衣可愛い……」
「……ありがとう」
藍の顔も仁志と同じ色になった。
「まさか、藍さんと一緒に花火大会に行ける日が来るなんて思いもしなかったよ」
「私は電車の中で仁志君と出会ったときから、一緒に花火大会行きたいと思ってたよ」
「ええ……それ本当?」
藍はクスッと笑って、行こうと言った。
二人は並んで屋台の前に続く道を歩き出した。
「初デート、一番最初に何買う?」
「うーんそうだな……藍さんは何か食べたいものとかある?」
「食べたいものかあ。うーんとね……あっ、あそこで射的やってる! 射的やろうよ、仁志君」
「おっ、いいよ」
仁志は手に銃を構えた。
引き金にかけた指が汗ばむのを感じる。
ここだ!
銃先から飛び出した弾は見当外れの所へと飛んでいき、虚しく地面に転がった。
「い、一発も当たらなかった……」
「おにいちゃん、残念! また、チャレンジしてな!」
店主の元気な声を受けつつヘコんでいた彼の隣では、藍が大きなクマの人形を受け取っている。
「一等賞だった。私、射的の才能あるかも!」
仁志は鼻歌を歌い始める藍を見て、少しは慰められた気がした。
「おっ、スーパーボールすくいだ! やろうよ」
藍に引っ張られてあちこち回っていると、いつの間にか花火開始五分前になっていた。
仁志が左手にクマを抱え、右腕にスーパーボールをかけ、右手でかき氷を持っているその横を、藍がかき氷ひとつを持って笑顔で歩いている。
「そろそろ花火始まるよ。良い場所探そう」
「そうだね、あそこなんてどうかな? あの丘になってるところ」
二人は丘の上へと登った。
丘は屋台の道から少し離れた場所にあったので、そこの辺りは静かだった。
二人は隣に腰かけ、真っ黒い海の方を向いた。
「花火大会楽しいね!」
「楽しいけど、メインの花火はこれからだよ。藍さん」
「そうだったね」
二人はかき氷を食べ始めた。
そこで藍の首にある首飾りが仁志の目にとまった。
「その飾り、綺麗だね」
藍は空を見上げて首飾りに手を添えた。
「これはね、私のお父さんがくれた物なの」
「藍さんのお父さん……どんな人?」
「私のお父さんは明るくて優しい人だった。海を心から愛していて、私をよく冒険に連れて行ってくれた。新しい島を探しに行ったり、一緒に鯨を見たり。楽しかったな」
「海の男なんだね、藍さんのお父さんは。いつか会ってみたいな」
藍が少し俯いた。
「お父さんは私が小さい時、事故で海に流されちゃったんだ……。だからもう会えないの」
仁志はショックを受けた。彼女にそんな過去があるなんて思いもしなかったのだ。
「そ、そうだったんだ……。なんか、ごめん」
「いいよ、大丈夫。私が仁志君のことを好きな理由の一つは、仁志君を見ているとお父さんを思い出すことなの」
それを聞いて、仁志はなんだか責任感が湧いてくるのを感じた。お父さんの分も彼女に寄り添うべきなのではないか、そう考えた。
仁志はかき氷の器を横に置いて、藍の方へ向き直った。
「藍さん」
今までとは違うトーンの声に藍はドキッとした。
仁志は彼女の手を優しく握って彼女をまっすぐ見た。
「俺は藍さんに寂しい想いをさせないようにする。そばにいるよ」
藍は穏やかな笑みを浮かべた。笑って細くなった目の端がキラキラと光っていた。
少しして、体を寄せ合う二人の頭上に大きな花が咲いた。
*****
僕は藍の首飾りを見て、彼女に出会った時を思い返していた。
あの日、藍と出会ったその日も彼女は首飾りをかけていた。僕は彼女が首飾りをしていない時を見たことがない。
おそらく首飾りをつけている限り、父を近くに感じることができるのだろう。
実際、あの飾りからは浩二の愛が滲み出ているように感じる。
ふと、もしも僕が人間で、親とあのように別れたら悲しいのだろうな、と思った。
そうして自分が涙を流しているところを想像しようとした……が勿論できなかった。なぜなら僕自身が涙なのだから。
花火が夜空に散っていく。僕は花火の輝きに心を奪われた。
仁志の横に置かれた器の中で、すっかり溶けてしまったかき氷のことを、彼らはずっと後になって思い出す。
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