陽の差す部屋、金魚鉢

 紫がかった空から陽光が差し込む部屋で、宗信ときのぶはギターを手にベッドに座っていた。


「君の……おかげで……僕は……」


 彼は少しずつ歌詞を口ずさむ。

 ギターを弾いて歌詞をのせ、それを紙に綴り、楽譜を作る。

 彼にとってこの一連の動作は生きる喜びそのものだった。

 弦を弾く時に指を伝わる振動、体の中に広がる空気の揺れ、部屋に残る余韻、その全てが特別なのだ。

 彼の指に合わせて部屋にメロディーが流れる。


 これだ! このメロディーだ!


 彼はそれを楽譜に書き込もうとペンを取った。

 それと同時に部屋のドアが開き、母が入ってきた。


「宗信! またギターなんか弾いて! 将来良い大学に入って私たちを楽にさせてよ!」

「うるさいな! 今、作曲中なんだ。入って来るな……」

「宗信! その口の利き方は何なの!?」

「ああもう、邪魔するなよ! わからなくなるだろ!」


 母は顔を真っ赤にして宗信に歩み寄る。


「お前ね、音楽なんかで生きていけると思ったら大間違いだよ! お前に音楽の才能なんてないの。バカみたいな夢はさっさと捨てて、勉強をしなさい勉強を!」


 ペンを握った彼の手が止まり、そして激しく震えだした。


「そんなこと、母さんにはわからないだろ!? 俺は本気で音楽と向き合ってるんだ。俺の人生は俺が選ぶ……。母さんに邪魔される筋合いはない」


 母は全身をわなわなと震わせながら、口をパクパク動かしている。


「宗信、お前はなんてことを――」

「忘れちゃったじゃないか!」


 宗信はペンを机に叩きつけてその場に立ち上がった。そして、ギターを抱えたまま部屋の出口へと歩きだした。


「良いメロディーだったのに……」


 彼はつぶやくと母を背に部屋を出ようとした。

 母は宗信の手にすがりついた。


「待ちなさい!」


 彼は腕に張り付く母親を睨み付けてから、その手を振り払った。

 彼の腕が近くの机上に置いてあった金魚鉢にぶつかり、派手な音を立ててそれは床に砕け散った。

 部屋から去って行く宗信の背を見て、母は泣き崩れた。




 水浸しになった床の上、僕の腕の中で金魚が静かに息絶えた。



 *****



 僕は動かなくなった金魚を見て、生き物の儚さを思い出した。

 どんなに元気でも生きている限りそれらはいつか死を迎える。

 その死がいつ来るのか、彼らにはわからない。

 だから今、目の前にあること、今すべきだと思うことを大切にするのが賢明だと思う。

 過去や未来ばかり見ていると、現在を生きていない時間が過去に積み重なっていき、後になって自分は何もしていなかったことに気付かされる。


 宗信は自分の信念を貫き通している。僕は彼の生き方が嫌いじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る