お姫様みたいなこと
おかしく、ないわよね。うん。
念の為に一周くるりと鏡の前でまわってみれば、何段にも重ねられたドレスの裾が揺れた。
裾汚れてないわよね、シワになってないわよね・・・?
何度もそんなふうに確認する私に、リリアやジャンヌの生暖かい眼差しが突き刺さるけど、今は気にしている余裕はない。
約束の時間が差し迫っている今、1分足りとも無駄には出来ないのだから!
「お嬢様、そんなに何度も確認しなくとも大丈夫ですよ」
「そうです!とっても似合っています!!」
「で、でもやっぱり不安なのよ」
今まで同年代の女の子と接した事がほとんどなかったので、オシャレとは程遠い生活をしてきた私が王族の人と接するのにどんな格好をすればいいのか分からず、出かける前はいつも不安になってしまう。
こんなことならもっと社交界に顔を出しておくべきだったわ・・・っ!
絵本制作とお菓子のレシピ考案に夢中だったから、巷で流行りのドレスなんてひとつも私は知らないのだ。
だって流行りのドレスと、好きなドレスは別じゃない?
姫様はいつも可愛らしい格好をしているし、そんな子の隣にいるのにいつも来ているようなお仕事着でいるわけにはいかないじゃない?
「エドワード様も、よく似合っていると仰っていたじゃないですか」
「兄様のアレは身内の欲目よ」
あてにならないわと言えば、苦笑するのが雰囲気でわかった。だって兄様に聞いても、可愛いとしか言わないのだもの。
ふわり、ふわりと裾が揺れる檸檬色のドレスは、母様が絶対似合う!と言って選んだものの一つで、最近の私のお気に入りでもある。それに水色のリボンと靴を合わせて、もう一度確認してから今日も私は城へと訪れていた。
少し前までは、私なんかにこんな可愛いドレスは似合わないと遠慮していたが、姫様や王子の前に出るのに地味な格好をするわけにもいかないだろうと思い、母様やリリアたちに頼んで相応しいドレスを選んで貰っている。
最初その事を伝えた時、母様はここ一番の笑みを浮かべて了承してくれた。おまけに直ぐにデザイナーまで呼ぼうとする始末だったので、慌てて止める羽目になった。
「アーシャが自分からそう言ってくれるなんて!」
母様張り切っちゃう!
いつの間に買っていたのか、私の部屋に次から次へと運び込まれ目前にバーンッと大量のドレスを広げた母様に頬が引き攣りそうになったが、あれはどう?これはどう?とドレスを私にあてて少女のように楽しそうな母様を見ると何も言えない。
「奥様、こちらはどうでしょうか」
「アイリーン様は肌が白いですから、淡い色もお似合いですよ!」
・・・・・・リリア、ジャンヌ。お前たちもか・・・・・・。
母様と一緒になってあれやこれやと選ぶ姿に、これは長丁場になるぞと覚悟した。
別におしゃれが嫌いな訳では無いんだけどね。
私だって一応女の子で、綺麗なそれに憧れない訳では無いし、そもそもドレスが苦手だったわけではない。ただ自分には似合わないと思って遠慮していただけだ。
ふりふりヒラヒラしたドレスはむしろ好きだったので、選んでもらったドレス着てみるとやはり可愛いなとは思う。もちろんドレスが、だけど。
それにジャンヌがいつもドレスに合わせた可愛い髪型にしてくれるので、こんな私でもほんの少しだがお姫様に近付けた気がして嬉しかったのだ。
だから口にはしないけど、毎回ドレスを選び支度する時間はドキドキしている。もちろん良い意味で。
それにみんなに選んでもらったと思えば、少しだけ自信を持てるから。
視界に入る檸檬色を見つめて、私はよしっと気合を入れて迎えに来てくれた兄様にエスコートされながら城へと向かった。
「アイリーン、今日のドレスもとても似合ってるね」
「え、本当ですか?」
「うん、すごく可愛い」
似合うと言われ安心したが、さらりと照れるでもなくそう告げる王子に顔が赤くなる。
でもきっと王子に他意はなく、誰にでも言い慣れているのだろうそれは、ただのお世辞でしかないはずなのだから。
ほら馬子にも衣装って言うでしょ?だから落ち着け私!と内心繰り返すが、王子の褒め言葉の威力は素晴らしく、そういったことに耐性のない防御力0の私には上手く受け流すことが出来なかった。
うぅぅ・・・不覚っ!
本当ならば、この場に姫様もいるはずだったのが今は不在だ。
今日は前々から話していた新しい絵本とクッキーを姫様に持ってきていた。
しかし姫様はまだ学習中らしく、どうしようかと思っていれば兄様と一緒にいた王子から、もう少ししたら終わるから待っていればいいよ、と言われたのだ。
「でもお邪魔では・・・」
「私もちょうど休憩にしようと思っていたところだから」
だから大丈夫だよ、と誘われ、それなら・・・・・・とお言葉に甘えて一緒にお茶をすることになった。ちなみに兄様とアルベール様もご一緒されのだと思っていたのだが、二人は用があるらしく断られてしまった。
その時の兄様がとても不服そうな顔をしていたので、そんなにお菓子が食べたかったのかと思った。ちゃんと兄様の分は家に置いてあるのに。
「アイリーンが作るお菓子はとても美味しいね」
「ありがとうございます」
今日持ってきたのは紅茶のクッキーとスノーボールだ。スノーボールの中にはナッツやドライフルーツをいれてある。普段作るときは何も入れないで作るのだが、過去にナッツなどを入れて作ってあるレシピを見つけて一度は作ってみたいなと思っていたものだ。
ホロホロとした生地の食感と中から何が出てくるのかというワクワク感。実際何が入っているのかは食べてみないと分からないので、ドライフルーツが歯にあたった時はまるで宝物を発見したみたいに思えて、いろんな触感に出てくるたびに食べていても楽しいだろう。
ちらりと見れば王子は先程からスノーボールばかり口に運んでいるので、気に入って貰えたみたいだ。
私の作ったクッキーを口に運んで美味しいと言ってくれる王子にほっとしながら、用意された紅茶をそうっと口に運ぶ。そうすればスッキリとした味わいと果物の香りが広がり、思わず声が零れた。
「あ、これ・・・」
「前にアイリーンが美味しいって言っていたから」
嗅いだことのある香りは前回お茶に呼ばれた時に凄く美味しくて、どこのものかと気になっていた紅茶で、それを覚えていてくれたのかと思うととても嬉しい。感謝の気持ちを伝えようと口を開く前に、王子に「気に入ったみたいでよかった」と微笑まれてしまい、小さな声でしか伝えられなかった。
最近は王子と過ごすことに慣れたと言っても、時折向けられる綺麗な笑みにはやはり慣れないし、不意打ちの褒め言葉などにはドキドキするので、多少の無作法があったとしても見逃して欲しい。
うぅぅぅ、やっぱり美形の笑顔の破壊力はすごい・・・。
「どうかした?アイリーン」
「ナンデモナイデス・・・」
「そう?」
私の不振な行動にも深く突っ込むことなく、相変わらず穏やな声で最近の出来事を話す王子に相槌を打ちながら、こんな地味な私にも良くしてくれる王子は本当によく出来た人だと思う。
私がこの歳の頃、こんなにも他人に対して優しく接していなかったと思うし、自分のことで手一杯だったけど、王子は常に周りに気をくばり私の事も気にかけてくれる。
例えば私が新しいお菓子のことで悩んでいた時、自然とどうしたの?と相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりしてくれた。失敗して少し落ち込んでいた時には中庭に連れて行ってくれて、綺麗な花を見せてくれた。
絵本にお城の資料が欲しくて、スケッチをさせて欲しいと頼めば快く了承してくれた。
そんな気遣いが、とても有難くてカノン王子と一緒にいれる時間は私にとっても大切な時間だ。
それに星の守人である私はこの国から外に出ることは出来ないから、王子が何度が視察で訪れたという他国の話を聞くのはいつもとても楽しくて、有意義な時間でもあった。
だからこそ、どうしても思ってしまう。
「どうして・・・」
「アイリーン?」
「どうして、カノン王子は私にこんなにも良くしてくれるんですか・・・・・・?」
平凡で、取り柄もない、特別美人でも可愛くもない私に、何故こんなにも完璧な王子様が優しくしてくれるのか。
それこそ婿を取る気の私には関係の無いことだが、王子の周りでは令嬢たちが彼の婚約者の座を狙って争っていると聞く。兄様もそれに巻き込まれ、疲れたと嘆いたし、本来であれば王族の彼が私に構うよりも、相応しい家柄の令嬢と交流する方が大切だろう。だからこそ、私が彼のそばにいると色んなことを言う人がいるのは当たり前だと思うし、私が大切な彼の時間を使ってしまっていいのかと思うのだ。何より王子はとても忙しい人だから、私なんかに時間を使ってしまっていいのかと。
しかし、そんな私の問いかけに王子は目を細め、逆に問いかえしてきた。
「どうしてだと思う?」
「え、っと・・・私のお菓子が気に入ったから・・・・・・?」
あとは姫様の遊び相手とか、話し相手。
この城に呼ばれた理由の一つがそれだったから、そうではないかと思ったのだけど、私の答えを聞いて王子は口元に手を当てくつくつと可笑しそうに笑っている。
え、何も変なことを言ったつもりは無いのだけど・・・・・・。
どうして笑われたのか分からなくて王子の反応を待てば、笑いを収めた王子が顔を上げて私を見ている。
「カノン王子・・・?」
「前にも言ったと思うんだけどね」
そう言うと立ち上がりテーブルを回り込んだかと思うと、私の前に彼は立つ。どうするのかと様子を伺っていれば、すっと膝に置いていた私の手を取ったかと思うと、王子はそっと指先に口付けた。
えっ?!な、何事ですか?!
その行動に頭がついていけず、ただ呆然と王子を見つていれば彼はゆっくりと顔を上げると私を見つめてくる。初めて会った時からガーネットとラピスラズリのように綺麗だと思った左右違う彼の瞳が、私だけを映していた。
「私がアイリーンと一緒にいたいからだよ」
「他の誰でもなく、君と一緒にいたいんだ。こうやって話をして、お茶をして、これから先もずっとそばにいたいから」
「その意味が、わかるかな?」
一つ一つ、私に聞かせるように告げる言葉と、目の前に迫った綺麗な瞳から目を逸らすことが出来ない。
「私はアイリーンが好きだよ、だからそばにいたいんだ」
そんなヒロインに向かって告げるセリフに、私の思考は固まった。
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