お姫様みたいなこと 2

「カノン王子が、私を好き・・・・・・?」

「うん」

呆然とどこか受け入れられない気持ちで繰り返す私に、王子はハッキリと頷いた。そんな私の様子に、先程の真面目な雰囲気から一転して王子は苦笑を浮かべている。

好き、すき、好き・・・・・・カノン王子が、私を・・・・・・好き・・・・・・っ?!

「やっぱり気付いてなかったんだね」

「え、だ、えっ?!」

混乱して何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。


好きって、あの好きよね?!

だって、そんな私みたいな地味な子を王子が好きだなんて・・・・・・!!

王子が好きになる要素ゼロの私を?!

というか私と王子って出会ってからそんなに時間も経っていないと思うんですけど?!


聞きたいことがありすぎて、頭の中がごちゃごちゃになってしまい、結局私の口から出たのはありきたりなものだった。


「い・・・」

「ん?」

「いつから、ですから・・・・・・?」


あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!もっと他に聞くことあるでしょ私!!


内心頭を抱えていたが、そんな私に呆れるでもなく王子は聞きたい?と言うのですぐに頷いた。

だって聞かなければ、モテ要素0の私のどこに王子が惹かれるようなものがあったのか分からないもの。


見た目?


中身?


行動?


……いや、自分で考えて悲しくなるけど、そんなことあるはずがない。どこをどう比較しても、私はほかの令嬢よりも劣っている。

王子はいつも優しく接してくれてはいたが、そんなふうに思ってもらえているとは全く気付かなったし、そんな素振りもなかったように思う。

基本的には兄様といつも一緒に城へと訪れていたから、王子とこうやって二人きりでまともに話すのだって初めてだろう。

お互いの事だってまだそんなに知らないし、他の人に比べたら会った回数だってそんなに多くない。

それなのにどうして・・・・・・?

いろんな疑問が次々と沢山沸きあがり、少しソワソワと落ち着かない気分で王子の答えを待てば、王子は初めて会った時からだという。


初めて会った時・・・って、お茶会の時?


兄様が突然帰ってきたと思ったら、客人を連れて来ていて、しかもその一人がカノン王子だったという、忘れたくても忘れられない思い出ではあるが、兄様とアルベール様の後ろにいた王子と会話を交わした記憶はない。むしろ最初の印象がオッドアイで、それがとても綺麗だと思ったことくらいしか覚えていない。

お茶会の時に改めて挨拶はさせてもらったが、その時だって他の招待客も沢山いたから、あまり王子と話した覚えは無いのだけど・・・・・・。

それにその時はまだこれから先、関わることがあるなんて思ってもいなかったから、割と適当に接していたというか、普段と変わらない対応だったというか、お茶を入れてお菓子を運んだくらいしかしていない。


むしろ途中からはアルベール様と兄様にお菓子を置いたり、軽食を用意したりすることで忙しかったから王子の相手なんて出来ていなかったように思う。

あの二人、驚くほど食べるんだもの。

だから特別何かをした覚えもなくて、王子の答えを聞いてさらに疑問が増えてしまい、んん?と首を捻れば、そういうところだよ、と言われた。


そういうところ?


答えになっていない答えに、意味が分からなくて王子を見つめれば、彼は微笑みを浮かべたまま口を開く。

「君にとっては何気ないことでも、他の誰かにとっては特別な事もあるんだよ」

「とくべつな、こと・・・・・・」

「そう、アイリーンにその自覚がないのは君がいつも、それを当たり前に他者に与えているからだろうね」

「私が、ですか?」

「うん、そうだよ」


私の瞳や、エリーの髪や瞳の色を奇異な目で見るでもなく、綺麗だと受け入れてくれたことも、私を王子としてだけでは無く、見て接してくれたことが、どれほど嬉しかったか、きっと君は分からないだろうね。


ゆっくりとその時のことを思い出すように静かな口調で告げられ、どう反応すればいいのか戸惑ってしまう。

だって私はただ思ったことを伝えただけで、本当に何もしていない。

「君はそれを大したことではない、と言うだろう。だけど、実際それができる人はとても少なくて、そんな君が好きだと思ったんだ」

「カノン王子・・・・・・」

「だからこそ、君に私の婚約者になってほしいんだ」

「でも、私は」

「それに君にも悪い話ではないと思うよ?」

「それは・・・・・・一体どういう・・・」

告白から一転して、少し営業トークっぽくなった王子の予想とは違う発言に続きを待てば、彼は私が王子と婚約するにあたってのメリットを挙げ始めた。


「まず君は星の守人で隣国に行くことは叶わない。だが、君が王妃となれば隣国から訪れる外交官と公的に話をする事が可能になり、探している食材が見つかる可能性が高くなるだろう」


「そして今、君がやっている青空教室に関しても王妃となれば、君の領地間だけではなく多くの民が勉強を学べる環境を作ることが出来る」


「もちろん君の好きなお菓子だって、絵本文化だって王妃が発祥となれば飛ぶように国中に広がり、多くのものが手に取るようになるだろう。そうなれば経済も回り、職人や商人も競うように仕事に力をいれると思わないかい?」


「もちろん、君を選んだ理由の一番は私がアイリーンが好きだからだよ」


王子の話は最もで、個人でするよりも王妃として、活動した方が私の今していることはよりたくさんの手段で、より正確に実現できることで、とても魅力的だった。特に青空教室に関しては、王族が主催となって行ってもらえば義務教育という制度として進めていくことも将来的には可能になっていくだろう。

だけど・・・・・・。

王子の言葉に顔が曇る。


そもそも、だ。


私はずっと前から婿を貰って、領地でのんびり暮らす予定で、それを変えるつもりは無い。だから王子にそう言われるまで、彼の事をそんなふうに考えてはいなかった。

それに私は常々お嫁には行かないと公言していたし、家族にもそう話している。だからこそ、婚約者もおらずこの歳まできたのだ。

そんな私が、王子のお相手?王妃?・・・・・・どう考えても無理だろう。

私が国母なんて大役、無理に決まっている。

「・・・・・・・・・・・・私は・・・・・・王妃には相応しくありませんし、なれる器ではありません。それに将来は婿養子を貰おうと考えていまして、その・・・・・・」

今更シンデレラストーリーなんかに憧れはしないし、無理だと分かっている。

だって王妃になるのに必要な教育は受けていないし、外交向きの性格はしていないし、引きこもりの好きな事だけしたいオタクだもの。華やかな場に出ることも、王子の隣に立つにも相応しいものは何も持っていない。そんな私が選ばれたと知ったら、他の家の人達が騒ぐだろう。

例え王子が認めてくれたとしても、あえて貴族の亀裂になりそうなものをわざわざ作る必要は無い。

それにもしそうなってしまえば、私の夢は叶わなくなってくる。私の夢は今も昔も変わっていないから。

将来は領地代行として王都を離れ、自分の好きなことをしながら、のんびり領地で過ごすとずっと前から決めていた。その為にこれまで、色んなことを頑張ってきたので、それを失いたくはない。

だから王子が私の事を好きだと言ってくれるのは有難いが、受けることは出来ないと言おうとした。

しかしその前に王子は問題ないと言う。


いやいや、問題しかないわよ!


「それなら大丈夫」

「え?あの・・・」

「私が城を出ても、エリーがいるから」

「エリザベート様・・・・・・?」

何故そこで姫様の名前が出てくるのか。姫様は関係ないはずだ。

どういうこと?と首を傾げれば、王子は私にも分かるよう説明してくれた。

カノン王子は王位継承権第一位ではあるが、それは絶対というわけでもなく、無理に引き継ぐものでは無いそうだ。時期国王は現国王と側近たちの話しあいの元に決められるが、本人がそれを拒否することも場合によっては可能であり、過去にも他国の姫に恋した王子が王位継承権を放棄したこともある、と。

そしてカノン王子が私に対して、好意を持っていることはみんなが知っていたらしく、私が王妃になる気が全くないと知っていたので、王子としてどうするべきかと悩んでいれば、それなら私があとを継ぎます!と姫様が名乗り出たらしい。

もちろんそれは私がカノン王子を受け入れたら、という条件付きだが。

だからその事については、問題ないのだと言う。


……なぜ、それを最初に言わないの……っていやいや違う、そうじゃない。


そんな初耳だらけの説明に、固まっていれば王子はほら問題はないだろう?とでも言いたげに微笑んでいる。

「だから、そういうことを抜きに私との結婚を考えて欲しいんだ」

「はぁ・・・・・・」

王子の前だというのに、間抜けな声が出たのは許して欲しい。

私の知らないところで話が色々と進んでいたのにもびっくりだけど、何よりも姫様が王子の気持ちを知ってきて後押ししている事の方がなんと反応すればいいのかと困る。


つまり姫様は、時期女王・・・・・・?

いやいや、それは私がカノン王子の返事を受けいれた場合で・・・・・・。


ぐるぐるとまとまとまらない思考に目眩がしそうだ。

誰か、ちょっと私によく効く頭痛薬を……。

頭を抱えそうになっている私に、相変わらず王子は優しい口調で問いかけてくる。

「アイリーンは私が嫌い?」

「嫌いでは・・・・・・」

そういう問題ではないと思うのだが、好きか嫌いかで言えば、好きだとは思う。

だけど同じ好きかと聞かれると、すぐには頷けない。

これまで恋愛とは無縁の生活をしてきたので、そういうことには疎いのだ。それに貴族同士の結婚なんて家のことが重要視されるし、恋愛感情は関係ないものだと思っていた。

だからこういう場合どうするのが正解なのか分からなくて、上手い言葉も思い付かない。

そんな私の気持ちがまるで分かっているかのように、王子は答えは急がないからと言う。


「カノン王子・・・・・・」

「いつまでも待つから。きちんと答えが出たら私に教えて」


きちんとアイリーンの言葉で聞かせて。


その言葉に頷くしか、今の私は出来なかった。

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