新しい交流
「……こうして、暴れていた竜の怒りを鎮めた魔法使いは、役目を終えたといって次の国へと旅立ち、国には平和が訪れました。めでたしめでたし」
そう絵本を閉じて、締めくくった私に一生懸命絵本をのぞき込んでいた姫様がほぅ……と息を吐く。その顔は紅潮していて、先程まで話していた物語の余韻に浸っているのだろうが、満足してもらえたなら作った私としても嬉しい。
「どうでした?」
「とっても素敵なお話でした!とくに魔法使いが、魔法で竜を攻撃するのではなくその原因を探って鎮めるところなんて…!すごくハラハラしましたが、最後は竜も殺されずに済んでよかったです‼」
「ふふふっ、姫様にそう言ってもらえると私も頑張って考えた甲斐がありましたよ」
「ねぇねぇアイリーン、次はどんなお話しを書くの?」
「そうですね、今考えているのは・・・・・・」
新しく作った絵本とお菓子を持って姫様の元を訪れるのは、もう両手で足りない数になる。
最初は私なんかが何度も行くのは・・・と遠慮していたのだが、姫様が寂しがっている、会いたいと言っていると聞かされると強く拒否は出来ないし、兄様が王子の元に来ているのだから一緒に来ていても誰も変には思わないから大丈夫、と言われたので甘えさせてもらっている。
それに城へ行く度に、姫様がとても可愛い笑顔で出迎えてくれるのを見ると嫌だとは言えない。
「アイリーン、来てくれたのね!」
待っていたわ!
それに城に訪れ姫様の前に顔を出すたびに、私の名前を呼んで懐いてくれる姿を見ると色々と悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてしまった。
ふわふわとした信頼しきった顔を向けられると、まるで妹が出来たみたいで嬉しかったし、なにより出会った当初よりも笑顔が増えて友達のように気軽に接してくれる姫様の姿に、周りが安心しているのが分かるから、出来る限りそばにいてあげたいと思ったのだ。
「可愛い動物のお話を描こうかな、って思ってます」
「どうぶう?せいれいおうとカステラみたいなお話?」
「はい、姫様みたいな可愛い雪うさぎのお話なんてどうです?」
「私がでるの?」
「姫様がよかったらですけどね」
「!うん!!描いて、アイリーン!」
楽しみにしてる!と言う姫様に頷きながら、跳ねた姫様の髪をそっと撫でた。
「アイリーン?」
「髪が跳ねてますよ」
直すからここに座ってください、と言えば大人しく私の前に座るので持っていた櫛で髪を梳かす。それから乱れてしまった髪を動きやすいように少しまとめておこうと思い、両サイドの髪を編み込みにしてから三つ編みと赤いリボンを一生に編み上げれば、可愛らしいお姫様の完成だ。
「どうですか?」
よく見えるように鏡の前に案内すれば、気に入ってくれたようでくるくると回りながら髪形を確認している。
「かわいいっ!ありがとう、アイリーン!!」
「喜んでもらえたならよかったです」
ぴょんぴょんとはしゃぎすぎながら嬉しさを表す姫様に、そろそろ兄様たちが呼びに来る時間だなと思い私も簡単に身だしなみを整えた。
そうすればちょうどいいタイミングで、扉がノックされた。
「はい」
「アイリーン、姫様、そろそろお茶にしないか」
「カノン王子のお仕事は大丈夫なんですか?」
「先程落ち着いたから、大丈夫だ」
だから呼びに来たのだと言う兄様に頷いて、私と姫様は部屋を出る。案内するように先を歩く兄様について行きながら、姫様からの問いかけに答える。
「今日のお菓子は何ですの?」
「今日は城の料理長が新しいお菓子を作ったと言っていましたよ」
城の侍女から聞いていた答えを口にすれば、姫様の赤い目がぱちりと瞬いた。
「アイリーンの作ったお菓子ではないの?」
「私が作るよりも城の料理長が作る方が美味しいですよ」
しかしその答えが不満だったのか、むぅ・・・と唇を尖らせる姫様に、そのお菓子のレシピは元々私が作ったのものだと言えば本当?と問いかけるように視線が向けられたので頷いた。
「プリン、って言うお菓子なんですけど、きっとエリザベート様も気に入ると思いますよ」
「ぷりん?」
「はい。卵を使ったお菓子なんですけど、ぷるぷるとろとろしているあまーーいお菓子です」
「俺のおすすめでもあります」
「!アイリーンのレシピなら間違いないわね!」
早く、早く、と急かすように私の手を引く姫様にプリンは逃げませんよ、と返しながら兄様と顔を見合わせて城の中を進む。
最近はカノン王子とエリザベート様と一緒にお茶をすることが日課になりつつあり、城に行く時は彼らのためにお菓子を持っていくのが恒例になっていた。だけど今回は、城の料理長に頼まれお菓子のレシピを教えていたので持ってきていなかった。
なんでも王子と姫様が私のお菓子をとても美味しそうに食べるので、料理長としても興味があったらしく教えて欲しいと言われたのだ。
私としてもその申し出はとても嬉しいものだった。王子も姫様も私の作るお菓子をいつも美味しいと言ってくれるが、料理長が作る方が美味しいに決まっている。何より毎回王族に食べてもらうからには変なものは作れない!という変なプレッシャーから開放されるので喜んで差し出した。それに王族の方が美味しいと言ってくれたなら、きっと今よりももっと沢山の人にこのレシピが広まるはずだ。そうなれば私の考えたお菓子も世間一般的なものとして認知され、需要も増えることだろう。
もしかしたら新しいお菓子屋さんが王都にも増えるかもしれないしね!
経済が回って、食が発展し、私も美味しいお菓子がいつでも食べられていい事づくめだ。
そんなことを考えながら歩けば、いつもお茶会を開いている中庭にいつの間にか辿り着いており、すでに王子の姿があった。その後ろにはアルベール様もいるので、もしかして待たせてしまったのだろうかと思い、慌てて王子の元へ行こうとした。だけど廊下の隅より聞こえてきた声に私の足は止まってしまった。
「ほら、あれが例の」
「あぁ、引きこもりの・・・」
「エドワード様を使ってカノン王子とエリザベート姫に取り入るなんて・・・」
それは明らかに私に向けて言われているもので、言われても仕方の無いことだと分かってはいるが、こうもあからさまに敵意を向けられると体が固くなる。
まさかこんなところで聞くはめになるなんてね。
せめて私一人の時に言ってくれればいいものを……。
「アイリーン・・・」
「大丈夫ですよ、エリザベート様」
それが手を繋いでいた姫様にも伝わってしまったようで、私以上に顔を硬くした姫様が不安げな眼差しを向けてくるので、気にしていないというように微笑み返した。
だってこれは、最初から分かっていたものだ。
兄様と違い見目も、秀でているものも何も無い。そんな私が側にいれば、何を言われるかなんて、ここに来る前から分かっていた。だけど今ここにいるのは姫様に会いたい、王子と話したいという自分の意思なのだから下を向くわけには行かない。
そう思いいつも通り振舞おうとしたが、少し頬が引き攣ってしまったのは見逃して貰いたい。だけど私が大丈夫だと言う前にパキパキと、まるで氷が固まるような音が聞こえてきて、慌てて兄様の手を握った。
「兄様っ」
そうしなければこちらを見て囁きあっている彼女たちが氷漬けにされてしまうから。だけどそれが不満だったのか、兄様がどうして止めるのか、という顔をするのでダメだという気持ちを込めて腕を引いた。
「アイリーン」
「ダメです、私は大丈夫ですから」
あんな相手気にはしていませんから。
そう言う間もこちらを見ている視線と聞こえて来る声に、兄様の纏う空気が冷えていき、内心冷や汗をかく。
もうお願いだから、これ以上兄様を刺激しないで・・・!
反対の手を握る姫様の顔は泣きそうになっており、姫様や兄様にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、なにか言おうと口を開きかけた時、私の前に立つ影があった。
「カノン王子・・・・・・」
「ここは限られた人しか入ることを許されていないはずだけど、君たちは誰の許可を得てここにきたのかな?」
離れた場所にいたはずなのに、どうして・・・・・・と思うよりも初めて聞く王子の冷たい声に驚いた。こんな声を出す王子の姿を見た事がなかったから。
「そ、それは・・・」
「私たちはただ、お話を・・・」
「彼女は私たちの招待客であり、きちんとした許可を得てここにいる」
ハッキリとした口調で凛とした佇まいで告げる王子に、先程までの勢いはどうしたのだと聞きたくなるほど小さくなっている令嬢たちは揃ってオロオロと視線をさ迷わせているが、ここで助けを出してあげるほど私はお人好しではない。
それにこういう子には憧れの人から言われるのが一番堪えるだろうし。
「もし、迷い込んだと言うなら今回は見逃してあげるから大人しく去りなさい」
そう告げると同時に頭を下げ足早に立ち去る令嬢を見送ってから、こちらを向く王子に私は深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳有りません」
「アイリーンが謝ることでは無いよ」
「そうです、アイリーンは悪くないです」
王子と姫様はそう言ってくれるが、それでも私がもっと上手く振舞っていれば起きなかった問題だ。実際きちんと公の場に顔を出し、社交をしている兄様は誰にも文句を言われることなく王子のそばに居るのだから。
「でも、私のせいでご迷惑をかけてしまいましたし・・・・・・」
「アイリーンは何も悪くないだろ」
「兄様、でも」
「ただの妬みだ。アイリーンが気にする必要はない」
ポンポンと宥めるように頭を叩かれ、先程とは立場が逆だなと思いながらもそれを甘受した。
「そうだよ、アイリーン。アイリーンに会いたいってお願いしているのは私なんだから」
「カノン王子・・・」
「私も!私もアイリーンと会えるのとても嬉しいしです!」
「エリザベート様・・・」
だから気にしないで欲しい、と言われこれ以上考えたところで正しい答えが出るわけでもないので考えるのをやめた。それにせっかく美味しいお菓子を用意して王子が待ってくれていたのに、その時間を台無しにしてはならないと思い、私はありがとうございます、とだけ告げた。
そうすれば、ふわりとカノン王子が笑い返してくれるのでこれが正解だったのだと思えた。
「さて、邪魔が入ってしまったけどお茶にしようか」
その声に頷いて先を歩く王子に続けば、何かを思い出したかのように彼の足が止まった。
「あ、アイリーン」
「?はい」
どうかしましたか、と聞けば彼は私の手を取りそっと優しく握ってくる。その突然の接触にどきりとしていれば、更に王子は顔を近付けて、まるで私に言い聞かせるように優しい声を耳元で落としてくる。
「私は、アイリーンとこうやって過ごす時間が好きだから」
私がアイリーンと一緒にいたいんだよ。
それを忘れないでね、と囁く声がとても甘く、まるで蜂蜜のようだと思った。
何この声・・・っ、恥ずかしすぎるっ・・・!!
「あ、りがとうございます・・・」
「うん」
それでも何とか声を振り絞って告げれば、今まで以上に綺麗な王子の笑顔を向けられて、その甘い顔にカーー・・・ッと顔が熱くなりドキドキする。
「アイリーン?」
「なっ、なんでもないです・・・っ」
これ以上王子の顔を見詰めていたら、なんか色々とダメな気がする、と思い赤くなった顔を隠すように視線を逸らした。その間も繋がれた手は離れなくて、手から伝わる温度に胸がドキドキとした。
そんな私と王子のやり取りを姫様だけが、ニコニコと眺めていた。
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