突然の訪問者
「お嬢様、こちらのカップでよろしいですか?」
「ありがとうジャンヌ」
「いえ、あと他の者にも夜の仕事が終わり次第こちらに来るように伝えておきますね」
「お願いね」
「お嬢様、あとで料理長がお菓子の確認をして欲しいと」
「わかったわ、リリア。この後向かうと伝えてもらえる?」
「かしこまりました」
温室に用意したカップの数をかぞえて、今日の招待客と照らし合わせる。
今日は屋敷の使用人がメインで、あとは職人さんが少しだったわよね・・・それならあまり豪華な装飾は萎縮させてしまうかもしれないからやめて、シンプルな品の良いものを揃えておこう。
決まりのカップがある人の分はきちんと用意して棚にしまってあるから問題ないだろう、うん。
こんなふうに私が茶会の用意を自らするようになったのも、早いもので3年目になろうとしている。
最初は新しいお菓子や絵本などの思いついた物のお披露目の場としていたのだけど、今では親しい人を招いてのお茶会は用意する時間を含めて私にとっても楽しい時間となっている。
それに家族やリヒト、この数年で仲良くなった絵本を制作する上で知り合った職人や、商人との交流の場でもあり、嘘偽りのないストレートな感想は自分では思ってもいなかった指摘を受ける事もあり面白いし、たまに落ち込むこともあるが色んなジャンルの人の話を聞くのは新しい刺激にもなっていた。
「この話ならもっと色合いは青に寄せた方がいいかと思いますが」
「それよりもこのドレスのデザインどうにかなりません?女の子はそういうのにうるさいんですよ」
「いやドレスよりも登場人物の顔だろう。せっかくお姫様を描くならもう少し美しく・・・」
「その前に内容はお菓子の話の方がよくないですか?相乗効果でお菓子の売上にも繋がりますから」
「いやいやそこは動物の方が・・・」
「精進します・・・」
たくさん出る意見に頷きながら、今度は面白いとみんなに言わせてみせる!とそんなふうに思う時もあったし、リラックスした様子でそれぞれが笑顔でお菓子に手を伸ばす姿を見れば招いてよかったとも思った。
10歳になる頃には定期的に招待状を出して当たり前のように開くようになったお茶会は、いつも温室で行っており、毎回テーマを変えて用意している。
今回は夜行うのでサクヤから満月だと聞いていたことを思い出し、満月の下のお茶会をテーマにそれに合わせてテーブルのコーディネートもしていた。
夜空をイメージした濃紺のテーブルクロスに、招待客それぞれに合わせて用意したティーカップ。飾る花は庭師が丹精込めて育てた黄色を中心としたものを選んだ。銀食器には金のリボンを巻いて飾り付けてある。
使用人のお疲れ様会も兼ねているので、少しでも温もりを感じるように、リラックス出来るようにと考えながら選んだ茶葉などを確認して、今回のお茶会も喜んでもらえるといいなと口元を緩ませた。
「そういえば、父様と母様はもう出られたの?」
「はい、先程夜会に向かわれました」
今は社交界シーズンでもあり、連日貴族の交流の場でもある夜会に参加している両親は最後まで今日の茶会に参加したいと駄々をこねていたが、私主催の茶会と王族直々から招待された夜会では、どちらに重きを置くか考えるまでもないだろう。
むしろ私の茶会なんかよりも優先して!と言いたい。
「アーシャがせっかく用意してくれたのに!」
「父様、またお誘いしますから」
「旦那様そろそろ支度を」
「クロイツ、お前は参加出来るからそんな余裕な顔をしてるんだろう!私と代われ!!」
「またそんな無理なことを。それにお嬢様からのお誘いですから」
「クロイツーー!!」
「父様落ち着いてください」
「ねぇアーシャ、こちらとこちらどっちがいいかしら?」
「母様は何を着ても似合いますよ。でもこちらの方が今日は良いかと思います」
「あらどうして?」
「今日は満月だと言ってましたので、それに合わせて母様の綺麗な月みたいな髪が際立つこちらのドレスの方がお似合いかと思いました」
「まぁ!なんて可愛いことを言うのかしら!そうね!アーシャがそう言うならそうするわ!!」
朝から忙しそうに動き回っていた両親の姿を思い浮かべながら、帰ってきた時に疲れが取れるようにハーブティーを用意しておこうと考え準備に戻る。
きっと早くには帰って来れないだろうから、顔を合わせるのは明日の昼頃だろう。その時になにか軽くつまめるものを用意して、一緒にお茶をするのもいいかもしれない。
父様の愚痴を聴きながら、母様の噂話に相槌を打つのが最近の日課でもあった。
そうなると今日の夜は私一人なのか。
もちろん使用人もいるし、お茶会に招待したリヒトもあと数刻すれば来てくれるから寂しくはないのだけど、なんだか変な気分だ。
「お嬢様。どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
「・・・そうですか、何かあったらすぐに仰ってくださいね」
「はいはい、リリアは心配症ね」
「そんなことありません。お嬢様がご自分の事に無頓着過ぎるのですよ」
くれぐれも、くれぐれも!無理はしないでくださいね!!と強調するリリアにハイハイと返事をしながら、そんなに無理をしているように見えるのかと苦笑が零れる。
まぁ、確かに熱中すると周りがよく見えないのは変わってないから仕方ないのかもしれないけど。
ただ今回のはそうではない。
屋敷の人たちはみんな優しいし、両親がいない時は兄様がいることが多いから完全に私だけというのは少し珍しいなと思っていただけだ。
これから先、きっとそういうことも増えていくのだろうが、過保護な両親が私を一人にすることが少なかったから余計にそう感じるのだろう。
「まぁ、仕方ないわよね」
兄様は王子の側近で、最近ではほとんどの時間を城で過ごしている。
それでも出来るだけ時間を見つけては私と遊ぼうとしてくれるし、毎日顔を合わせてはいるのだけど。
今日だって朝早くから城に出かけている兄様は、きっと王子のそばに立ち夜会を眺めるのだろう。
王子の警護も兼ねているから帰ってくるのは両親と同じで夜遅くかな。
それなら兄様の分のお菓子をよけて置いておかないと後から少し面倒なことになるから、厨房に行った時に料理長にお願いしておこう。
兄様は昔から私のお菓子が昔から大好きで、最近はそれに拍車がかかってきている気がするから。この前なんて新しく作ったお菓子を兄様に渡し忘れたら拗ねてしまった。
だから兄様の分は多めにとっておこうと思っていれば、今まさに考えていた兄様の声が聞こえて驚いた。
「アイリーン、いるか?」
「兄様・・・?」
いつもならまだ帰ってきていないはずなのに、何かあったのだろうか。というか夜会はどうしたのだろう?
え、もしかして抜けてきたの?いやいやさすがにそれはないか。いや、でも兄様だし・・・・・・。
そう思いながらすでにこちらに向かって歩いてきている兄様に首を傾げた。
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