穏やかな日常
母様主催のお茶会も無事に終わり、今後の為にもお菓子や料理のレパートリーを増やそうと父様にも協力をお願いし、私は新しい食材の発掘を行っていた。
「これはどう?」
「変わった匂いですね」
「そうね。でもパンに混ぜても面白いかもしれないわよ」
「なるほど。ではこちらはそれで試してみますね」
この国では広まっていない食材などを仕入れては、領地で栽培できそうな野菜や果物を温室で育ててみたり、この国の民にも親しみやすい料理が出来ないかと色々と試作を繰り返したりしている。
特に香辛料や香草などは外国の方が種類が豊富で、色んな香草を育てることが出来れば確実に料理の幅も広がるだろう。
そのことを父様に話せば、領地の新しい特産品にならないかという話をされ、一部の土地で香草の栽培に取り組むようになった。
ハーブはポプリにもなるし、お茶や薬にもなるうえに使い道が沢山あるから育てて損は無い。
その中でミントはとても強く大抵の土地で育つうえに、繁殖能力が高いので育てやすくかなり重宝されている。
他のハーブも香りの強いものは魚や肉の臭み消しやソースやスープのアクセントとして多種多様な料理に使えると料理長も喜んでいた。
研究熱心な料理長でいつも助かってます。
試しに私もバターとハーブを混ぜてみたり、クッキーを焼く時に混ぜて焼いたりしたものを家族との食事に出してみたのだが、反応はそれぞれかなり分かれており万人受けにはまだ遠いなと感じた。
「クッキーはお菓子ってイメージがあるから、それだと思って食べるとなんというか・・・」
「そうですか・・・」
美味しくないわけではない、と前置きされて告げられた兄様の感想に確かに甘党の人間には物足りない味かもしれないと思った。
ただ甘いものがあまり得意ではない父様は香りも良く食べやすくていいと言っていたので、大人向きなのかもしれない。ワインと合うとも言っていたしね。おつまみ用に改良すれば、もっと需要も増やせるかもしれない。
そこから改良を重ね、パンに混ぜるのが一番反応がよかったので、それでサンドイッチのようなものを作って魔法の練習をしていた兄様に差し入れするとすごく褒めてくれた。
「アイリーンすごく美味しいよ、これ!」
「兄様大袈裟ですよ」
「いやいや、アイリーン嘘じゃないから」
すっごく美味しい!と言ってくれた兄様は実際すぐに平らげてしまい、その食べっぷりに感心してしまった。
さすが日頃から鍛錬して体を動かしているだけあるわ。細身のどこに消えていくのかと思いながらも、こんなにも綺麗に食べて貰えると作った私まで嬉しくなるし、作り甲斐があるというものだ。
ただ兄様は身内贔屓なので、念の為にリリアやリヒトたちにも食べてもらい感想を聞けば、美味しいと同じように太鼓判を貰えたので、これはレシピに書いて残そうと決めた。
実際試作品のハーブを使ったサンドイッチを領地のとある店で実験的に販売をしてもらっているが、評価は悪くない。むしろ好評なようで、連日午前中には売り切れると報告が上がっている。
多分お手軽で食べやすいというのも、人気のポイントだったのだろう。
それに加えてこの世界にはパンはあっても、惣菜パンというジャンルはない。
元々惣菜パンや菓子パンというのは日本独自のものだから当たり前なのかもしれないが、それならこれを使わない手はない。
サンドイッチも定番の卵サンドやハム、ボリュームたっぷりのコロッケや照り焼きサンドに、女子の好きそうなフルーツとクリームたっぷりのものも用意して販売すれば、更に売上はよくなり評判も上々だ。
今では店に並べばすぐに完売する人気商品として受け入れられている。
そのうちメロンパンやクリームパンなども試してみたいと思うが、今は香草パンで作るサンドイッチが領地の名物として新しく仲間入りをはたしているので無事に目的を達成できてほっとしている。
「なんとかハーブは受け入れられているみたいでよかったわ」
「食に関しては一度美味しいと知れば、民も受け入れるのが早いですからね」
「まぁ、確かにそうよね」
クロイツの言う通り、馴染みのないものも一度受け入れさえすればあとは流行るのも早いものだ。
特に食になると美味しいと知れば、手放すことなんて出来ないだろう。
そのおかげで新しく販売始めた香草の売上も順調らしい。
うんうん、いいことづくめよね!
そうなると色々と試したくなるもので、試作品の売上を使い新しい商品の開発や絵本の印刷を行い店に並べては領地での反応を見ている状況だ。
店長を任せているララによると絵本は少しずつであるが認知度が広がっているようで、物珍しさと絵の美しさから店に並ぶとすぐに完売すると嬉しい報告も受けている。
「絵本欲しさにわざわざ遠くから訪れる観光客や貴族の方も増えましたの」
贈り物に、と買って帰る人が多いのだと。
報告書に添えられたララからの手紙には、そんな言葉が添えてあり嬉しすぎてもっと頑張ろうと思えたし、その手紙は宝箱に大切に閉まっている。
もちろんやるべきことはきちんと済ませた合間にしているので、領地代行になる為の努力は怠っていないし、未だにあまり役に立ってはいないがお嬢様レッスンも頑張って取り組んでいる。
ダンスのステップも近頃はリヒトが練習相手になってくれるおかげ、昔に比べてきちんと踏めるようになったから。
「アイリーン上手になったね」
「ふふっ、練習たくさんしたもの」
「そうだね。前はよく俺の足踏んでたのに」
「そこは言わないでよ!」
もう!と睨んでも練習相手を務めてくれていたリヒトはクスクスと笑うだけで悪びれた素振りはない。
確かに少し前まで、リヒトの足をよく踏みそうになっていたけれど今日は一度だって踏んでない。
「そろそろアイリーンもお茶会とか社交界デビューの時期だね」
「そうなの?」
「そうなのって・・・侯爵様から何か言われてない?」
「父様は別に・・・・・・」
母様はあれからも何度かお茶会の参加を受けているが、私が断ればそれ以上何も言わない。代わりに定期的に着せ替え人形になることを課せられているけど、それくらいで行かなくていいのなら安いものだ。
逆に父様からはそういうことを言われたことが一切ない。兄様にはそういう誘いがひっきりなしに来ているのは知っているし、王子の側近としてお茶会などに参加しているのも知っているが、私にはそういう声がかかったことは無い。多分社交的な兄様と違い、そういう場に出ない私は引きこもり令嬢とか陰で言われているんだろうなぁ、とは思っているけど。
むしろ家族からは私の好きにしていいと言われているので、その言葉に思いっきり甘えさせてもらっている。
「そもそも引きこもりの私に招待状なんて届かないし・・・・・・」
友達もリヒトしかいない私を誘うような親しい人はいないから。
そう言えばリヒトはなぜか笑顔のまま固まっている。
「リヒト?」
「・・・・・・まぁ、アイリーンだからね」
「なんのこと?」
「うん、気にしなくていいよ」
それよりもお腹空かない?と明らかに話を逸らされてしまったが、一体何なのだろう。
きちんとした社交界デビューは15歳からなので、それまで無理に参加しなくてもいいと一応父様から言われている。
でも社交界がどんな雰囲気なのか気にならない訳では無いので城に出入りする兄様にどんな人が集まるのか尋ねたことがあった。
兄様は王子様の側近として社交界にも何度も参加しているし、貴族の世界にも私なんかよりも数倍詳しい。
この前だって、同じ年頃の令嬢に流行っているという、硝子のブローチをプレゼントして貰ったばかりだ。
だからそういう話を聞く度に、そこに出されるお菓子や飾り付けなどは気になるし、女子として流行りのドレスは見てみたいとは思う。
だけど兄様はとてもいい笑顔でまだ知る必要はないと何も話してはくれない。
私も無理に聞き出そうとは思わないから、その時はそれで終わったのだけど。
それに社交界に出なくても、毎日充実しているし楽しいから、今はこのままでいいと思っている。
だけどいつかその日が来たら、きちんと侯爵令嬢として相応しい振る舞いが出来るようになるようになりたい。
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