突然の訪問者2

「よかった、ここにいたんだな」

「兄様、何かありました?」

今日は王子の側近として夜会に参加するはずの兄様が、この時間に屋敷にいるのはおかしい。だからこそ何かあったのだろうかと内心慌てていたのだが、兄様の様子を見る限り何かあったようには思えない。


本当にどうしたのだろうか。


そもそも護衛の仕事は?王子の側にいなくていいのだろうか?と思っていたのが顔に出ていたのか、兄様は私の頭を撫でながら暇だから帰ってきたと、あっけからんとした態度で言う。


え、暇って何?!王子の側にいないとダメでしょ!!


「に、兄様、それは・・・」

「大丈夫、王子も了承済みだ。それに今回の夜会に王子は参加しないから俺の出番もないさ」

「そう、なんですか?」

「あぁ、だからアイリーンに会いたくて帰ってきたんだよ」

あぁ、なるほど。つまり最近忙しくて、ろくに顔も合わせていなかったから兄様のシスコンが発症したのだなと察した。

王子の側にいる必要が無いのなら、これ幸いにと仕事を片付けてあっさりと帰ってきたのだろう。

デレデレと私には見慣れた砂糖を煮詰めて瓶に閉じ込めたような甘い声で今日も可愛い、可愛いと私の頭を撫でながら顔を崩している兄様に、これで冷静な騎士が勤まるのかと少々心配になるが、父様が何も言わないのなら大丈夫なのだろう。

そんな事を思いながら、疲れている兄様の為にこの平凡な私が多少なりとも役に立てるなら、とその手を甘んじて受け入れていれば温室の入口にまだ他に人が居ることに気付いた。


え、だれ?!


見慣れない顔と髪色に、この屋敷にいる使用人では無いと知る。というか何時からそこにいたのか。

チラッと確認できる風貌から、かなり目立つ容姿だと分かるその人は兄様と同じ年頃のようだし、ここにいる時点でほぼ絶対兄様の知り合いだろうと推測して観察していればエメラルドグリーンとバッチリ目があった。

おまけにヒラヒラと手を振られてしまったけど、あのどうすれば・・・。

「兄様、あの」

「ん?・・・・・・あぁ、そいつは気にしなくていい」

「おい、それはないだろう」

「うるさい、俺の癒しを邪魔するな」

「あのなぁ・・・・・・」

一向に兄様が私から離れないので、ずっと待たせる訳にもいかないと思って言ったのだけど、兄様は相変わらず兄様でした。

しかもその人もそんな兄様に慣れているのか、呆れた顔はしているけど怒る素振りはない。

私は屋敷の外で過ごす兄様を見た事がないから、なんとも言えないが屋敷の外では完璧な騎士として役目をこなしているとクロイツたちからは聞いていたので、こんなふうに素の兄様をみせているということは、この人はかなり親しい相手なのかもしれない。

兄様のお友達?それとも同僚かしら?

じーーっと兄様の体の隙間からその人を観察していれば、私の言いたい事が伝わったのかニッと笑いかけられた。いかにも体育会系な見た目に相応しい邪気のない笑みを向けられて、少し緊張していた体が和らぐ。

「初めましてだな、俺はコイツの友人のアルベールだ」

よろしくな、と軽い口調と共に差し出される手に反射的に手を置こうとしたが、触れる前にすぐさま兄様に引き離された。

「ただの腐れ縁だ、覚えなくていいぞアイリーン」

「あのなぁ、ただ挨拶しただけだろう」

「お前が触ると俺のアイリーンが穢れる」

「ひでぇ言われようだな、おい」

「事実だろうが」

いやいや兄様の友人なら私にとっても大切な人になるのだから、そんな言い方はダメだろう。

そう思うが私の頭上で気安く言葉を交わす二人の様子に、言葉とは裏腹に兄様がかなりこの人に気を許しているのが伝わってくる。

よかった、兄様にもちゃんとお友達がいて。

……まぁ、ほとんど友達がいない私が言えた台詞ではないけど。

そんなことを思いながら、一先ずきちんと私も挨拶をしようと口を開いた。


「あの、初めまして私は…」

「あぁ、よくエドから話は聞いているぞ。エドワードの妹、アイリーンだろう?」


しかし全て言い終わる前にそう言われて、口を閉じるしかない。

話ってなんだろう。何を兄様は勝手に人の事を言いふらしているのか。

兄様を見上げても、当たり前の事しか話してないと言われるが、シスコンモードの兄様は信用ならない。一体どんなふうに私のことを過大評価して話しているのか、考えるだけでも頭が痛くなる。

兄様の目にはかなり分厚いシスコンフィルターがかかっているので、平然と私を「俺のお姫様」「世界で一番可愛い妹」なんて言うし。

しかもそう思っていた矢先に、さらなる爆弾が投下された。


「それにしても…ようやく会えたな、琥珀姫」


…………はい?何だそれは。


初めて聞く呼称に挨拶をしようとした格好のまま固まれば、可笑しそうに彼の目が細められる。


「こはく、ひめ……」

「あぁ、俺らの間ではかなり話題になっているぞ」


知らなかったのか?と逆に問われるが、いやいやそんなもの聞いたことも呼ばれたこともありませんが。

そもそも話題って何?!というか姫ってなにそれ恥ずかしい!!

身内以外にそんなふうに呼ばれるなんて、どんな羞恥プレイよ!身内でも恥ずかしいのに!!


そう思うが、兄様はドヤ顔でうんうんと頷いているし、いやいや意味がわからない。むしろそこはそんなふうに呼ぶなと否定してよ!

色々と突っ込みたいことも、兄様の事や私の事で問い質したいことは沢山あるが、いつまでもお客様をこんな所に立たせて置くわけにもいかないだろう。現にリリアが隅の方で困った表情を浮かべているのが見えるから。

一先ずどこかへ移動した方が……と思い誰かを呼び支度を整えてもらおうと周囲を見渡せば、体格の良いロベルト様の影になって見えなかったが、彼が前に動いたことでもう一人そこにいるのに気付いた。


え、いやいや何時から居たの?!

というか兄様本当ちゃんとしてよ!!


次期当主がこんなんでいいのかと後から父様に怒られても知らないからね、と内心思いながら兄様に今回のことについてきちんとした説明を求めようとした。だけどそれは、その子と目が会った瞬間に吹き飛んだ。


「わぁ・・・・きれい・・・・・・」


夜空と夕焼け?

ラピスラズリとガーネットかしら?


赤と青の綺麗な瞳。

初めて見た色の美しさに一瞬で目を奪われた。フードから覗く目の色は左右違う色をしていて、その神秘的な美しさに感嘆が零れる。

・・・・・・本当に、どうして私の周りにはこんなにも綺麗な色を纏う人ばかりなのか。

自分とは違う美しさに思わず見惚れていれば、戸惑った声が耳に入る。

「え・・・?」

「え?」

あ、またやってしまった・・・・・・。

初対面の人の顔をまじまじと見つめるのはやはりよくないわよね、距離が近過ぎると怒られてしまうかな、と兄様達の反応を伺うが、彼らの反応は私が思うものと違っていた。

驚いたり、呆れたり、というよりは困惑しているような・・・・・・兄様に至っては頭を抱えているし。


え?なんで?


「姫さん、それ見えるのか・・・?」


見えるって・・・え、何それ。幽霊の類なんですか?!この子?!


私と同じか、リヒトと同い歳くらいの男の子を見つめながら、もしかして見てはいけない者を見てしまったのか、と内心冷や汗をかいていればそうでは無いと否定されてほっとする。

あぁ、よかったぁ〜〜。でもそれならなんだと言うのだろうか?

「それは、その・・・姫さんに見破られるとは考えていなかったから・・・」

「アルベール様?」

歯切れの悪いアルベール様の様子に、どうしたのだろうかと思っていればポンッと頭を撫でられた。

「いや、その話はまたあとでしようか」

「兄様?」

「お茶会の用意をしていたのだろう?邪魔をして悪かったな」

「え?いいえ、もうほとんど終わっていましたから……」

それは事実で兄様が来た時は料理長の元へ行こうとしていたくらいだから問題ない。

「それでもアイリーンの大切な時間を邪魔して悪かったな」

一人で色々考えたかっただろう?と言われるがそれは兄様が現れた時点で諦めている。

だから、その、アルベール様を睨まないであげて欲しい、邪魔されたなんて思ってないからっ。

「あ、あのっ兄様!兄様にたちも夜のお茶会に参加されませんか?」

きっと今ここにいるということは、このまま二人も屋敷滞在するのだろうし、それならお茶会に参加して欲しいと思う。

人は多い方が楽しいし、せっかく来てくださったのに何もおもてなしせずに帰すのは心苦しい。だからせめてお茶会位は参加しないかと誘えば、兄様はとても綺麗な笑顔で頷いてくれた。

うぅぅ……慣れているとはいえ本当に兄様の笑顔は眩しすぎる……。

「もちろん。参加するよ」

「では用意しておきますね。あと本日のドレスコードは月空ですからね!」

そこまできちんとしたものではないが、そういうものをしていた方が楽しめるのだ。だからちゃんと月空をイメージするものを身に着けてきてくださいね!と念押しすれば分かった、分かった、と頷かれた。

「また後からゆっくり話をしに来るから」

「はい。わかりました」

まるでその話題を誤魔化すように、さっさと先程までのシスコン全開の姿とは違いテキパキとこの場をまとめて友人共々温室から出ていく姿を見送るしかない。


いや、本当に一体なんだったのだろう・・・・・・。

というかあの子は一体誰なのか。


結局答えてくれなかった疑問に少しモヤモヤとしながら私は新しく増えたお客様のカップを用意しながらお茶会までの時間を過ごすようになった。

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