嫁よりも婿を希望しました
晩餐の席で、私はなんて言って切り出そうかと考えていた。
どうやって話せば、私の言いたいことが伝わるだろうか。きっと父様も頭ごなしには否定しないとは思うけど、それでも貴族の娘が嫁がずに領地にいるというのは世間体が悪いと言われるかもしれないし・・・・・・。
そんなことを食事が始まってからずっと考えていたせいで、手が止まっていたらしい。
「アーシャ、何か言いたいことがあるんじゃないかい?」
「へ?」
父様の言葉に思わず顔を上げれば、違うかい?と問いかけられて少し驚いてしまった。
どうして私の思っていることがわかったのだろうか。もしかして、顔に出てた?
そう思って周りを見渡せば、兄様も母様も父様と同じような顔をしていて、また一人の世界に入ってしまったと気付き恥ずかしくなった。
おまけにただでさえ食べるのが遅い私はまだスープで止まっているのに対して、兄はメインをすっかり平らげているし、兄の顔からもしかしたら随分と前から気にかけていたのかもしれない。話しかけられていたのに気付かないなんて、家族からすればきっと私の姿は完全に上の空に見えたに違いないだろう。
考え事をすると周りの音が聞こえなくなってしまうのは、昔から変わらない私の悪い癖だ。
せっかく父様が早く帰ってきてくれたのに・・・・・・。
久しぶりの家族団欒の席で、心配をかけさせてしまい申し訳なくて俯けば、隣に座っていた兄様に頭を撫でられた。
「にいさま・・・・・・」
「アーシャ、何か言いたいことかあるんだろ?」
兄様たちにも教えてくれないか?と優しく問いかけられ両親の顔色を伺えば、二人とも柔らかく微笑み返してくれてほっと力が抜ける。
それと同時に私はこれ以上心配をかけたくなくて、自分が考えていたことをゆっくりと口にした。
どうせいつかは言わなければならないのだ、それなら今言っても変わりはしないだろう。
「あのね、父様。その・・・・・・私の、けっこんについてなんですけど・・・・・・」
「結婚?」
いち早く反応した兄に頷きながら、私は続きを告げた。
「私、およめにいきたくないです」
「アーシャ?」
「それは、どういう意味だい?」
両親の困惑した声が聞こえる。でも一度出た言葉は戻らないし、今言わなければ言えなくなってしまうと思い、私は自分を歌舞するようにきゅっと両手を握りしめた。
「だって、およめにいったら父様とも母様とも、兄様だってはなればなれになってしまうからっ」
そう言った瞬間、隣と向かい側から息を呑む音が聞こえた気がするが、私の言葉は止まらない。
だって慣れない場所でお淑やかなお嬢様なんて、私には無理だし、やりたいことをやりたい的にできないという毎日我慢の強いられる生活にもきっと耐えられない。
そもそも旦那さんのお姑さんと同居人なんて、私には無理だ。そんな耐え忍ぶ大和撫子精神なんて、今も過去にも持ち合わせていない。
「だから私、おむこさんがほしいです」
そうすれば私は自分の家族と離れなくて済むし、姑問題に悩む必要も、虐められる事も無ければ好きな事を好きな時に出来るはずだ。
だから心の広い、私の趣味にも目を瞑ってくれる優しい旦那様を求みます!
「おむこさんといっしょに、兄様のかわりにりょうちをおさめる、りょうちだいこうになって、家族の役に立ちたいんです!!」
何より領地に引っ込んでしまえば、煩わしくて面倒な政治的な干渉なんてないはずだ。まぁ、元々平凡な私には関係ないだろうが面倒なことは少ない方がいい。社交界も最低限出れば済ませられるうえに、ば私の夢も願いも叶えられて一石二鳥で、これが最良のパターンだと私は思う。
だからこそ、私はお嫁になんて行きたくない!!
「・・・・・・だめ、ですか?」
自分でも都合のいい事を言っていると分かっているが、どうしても叶えたいのだ。
そんな思いから、そう言葉にすれば言い終わった瞬間に思い切り隣から抱きしめられた。
エド兄様?
「ダメじゃない!ダメなんて言うわけないじゃないか!!」
「・・・・・・ほんとうに?」
嘘ではなくて?と見上げればすぐに頷き返してくれた。
「もちろん!俺もアーシャが近くにいてくれるならすっごく嬉しいよ!!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる兄の言葉に嘘はないだろう。にこにことむしろ婿なんて取らず、一生家にいればいいよ!なんて輝く笑顔で言っているくらいだから。
いや、流石に貴族の娘が一生独身は風当たりが強いと思います・・・・・・。
私だけが何か言われるのはいいが、家族が見知らぬ人からも貶されるなんて事態は絶対避けなければ。
私に甘すぎる兄の代わりにそう思いながら、先ほどから黙っている父に視線を向けた。
もしかして、呆れてしまっただろうか?
そんな世の中甘い考えでは生きていけないって、貴族として生まれたのだから最低限度の義務を果たせと言われてしまうのではないかと思っていれば、父はいきなりバンッ!と机を叩いて立ち上がった。
え?父様??
「・・・・・・とうさま?」
「・・・・・・・・・て・・・い」
「え?」
なんて言ったのか聞き返そうとする前に、父は兄と同じ青い瞳をキラキラと輝かせて私を見ていた。
「と、父様?」
「なんていい子なんだ、アーシャ!!」
私たちの為にそこまで考えているなんて!さすが私たちの娘だ!!
なんて喜色満面で言ったかと思うと、すぐにそばにいた執事のクロイツを呼ぶ。
「聞いたか?聞いたな!!クロイツ!!」
「はい、確かに」
「よしっ!アーシャは一生嫁に出さん!婚約の話は全て断れ!!どこの家からでも、だ。アーシャは成人後も私と暮らすんだ!」
「あら、私もでしょ?」
「そうだな、私たちとだな!!」
「俺もだろ?」
「あぁ、もちろん分かっているとも」
「・・・・・・いいの?父様も母様も」
「当たり前だろ?アーシャが望むことを拒絶なんてしないさ」
「もちろんよ、アーシャがお嫁に行きたくないって言うなら私たちはそれを受け入れるわ」
アーシャに相応しいお婿さんを探さなきゃね。むしろアーシャと一緒にいられて嬉しいわ。
などと言って微笑む母と心底嬉しそうな父と兄の姿に、そこまで喜ばれると少々面食らうのだが、それでも私の要望が通ったことにほっと息を吐き出した。
これで無理に婚約の話を進められることは無いだろうから。
ほんの少し、自分の思い描いた未来に近付けたことに安堵しながら、私はようやく落ち着いた気持ちで食事を再開することが出来たのだった。
そんな私の姿に、家族の方が喜んでいたとは執事であるクロイツからあとから聞いたのだけど。
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