お願いと懐かしい光景
自分の考えを家族に伝えられたうえに、それを否定されず受け入れられたからか、私は少し調子にのっていたのだと思う。
多少のわがままはまかり通るのではないか、もう少し欲を出しても怒られはしないのではないか、と。
中身はアラサーでも、今の私は5歳児。もう少し伯爵令嬢としての特権を使ってもいいのでは?と見た目には不似合いなことを考えてしまったのだ。
もちろん必要のないことを頼む気はないのだけれど、それでも私がやりたいと思うことの中には今の自分ではどうしようもないことも何個かある。それを両親にお願いしてもいいのではないか?とつい思ってしまった。
たとえば私の記憶の中にある日本のお菓子を再現するには小豆や抹茶が必要になる。
しかし、それに似たものはこの国に、私の知る限りではない。だからそれを外交官である父に頼んで、他国に似たものがないか調べてもらえないだろうか、とか。ついでに他所の国のレシピ本が欲しい、とか。
もちろん自分で探しに行けたら、それが一番手取り早いのだがそれはきっと過保護な両親は頷いてはくれないだろうし。
料理長にも珍しい食材などが入ったら教えてほしい、とお願いしてはいるがそれよりも父のほうが交易は広いので早いだろう。ただ忙しい父に、私の趣味の為にそれを頼むのもどうかと悩んでしまっていたのだが、最近さらに私に甘い父を見ていると了承してくれるような気がしてならない。
そのうえ家族からもっとわがままを言ってもいいのだと諭されると、心が揺れてしまうのも仕方ないだろう。
だからこそもう少しだけわがままを言っても許されるのではないか、と。ついそんなことを思ってしまったのだ。
それはリリアから母様が私のことを心配していると聞かされたり、父様がもっとワガママを言って欲しいと嘆いているとクロイツから教えられたりしたのも要因になったと思う。
「旦那様は、お嬢様にもっと頼られたいのですよ」
私としては十分頼っていたし、甘えていたつもりだったのだが、上手く伝わってなかったらしい。
そう聞かされると私も色々考えるもので、もう少し子供みたいに素直に甘えた方がいいのかと思ってしまう。いや、今の私は子供なのだけど。
家族に言う前にリリアにそうした方がいいのかと相談すれば強く頷かれたし。
「お嬢様のそれはわがままじゃありませんよ」
「そうかなぁ・・・・・・」
「そうです!」
それに後押しされるように私は前から絵を描く時に欲しかった、汚れても大丈夫な作業用の服をおねだりすると、母様はとてもいい笑顔ですぐにデザイナーを呼んで来た。
いやいや、既製品で良かったんですか?!
でもそんなこと言えるはずもないので、私は大人しく母の着せ替え人形に徹する。
「どんなのがいいかしら?アーシャは何色がいい?これなんかどう?」
「母様、よごれるのでもっと地味な色でお願いします」
「え〜〜?」
生成のレース生地なんて、汚れが目立つに決まってるからナシですよ母様。
ずらっと並べられた生地の中から比較的汚れの目立たなさそうなネイビーと、クラシカルなオリーブ色の生地を選べば、地味じゃないかしら?と母様に言われたけど作業用だからいいんです。
「せっかくだからもっと明るい色は?ほら、こっちのオレンジなんて可愛いわよ?裾にお花の刺繍とかしたらいいんじゃないかしら?」
「よごれたらかわいそうですよ、母様」
「でも・・・・・・」
まだ納得のいってない母を説得して、私はデザイナーさんに要望を伝えていく。
出来るだけ絵を描く時に邪魔にならないように袖口はシンプルに、でも可愛さは失わずにお花のレースを襟元に付けてもらうようにお願いして、それから一緒にエプロンも。
更にそのワンピースとお揃いの髪飾りもお願いしてしまい、頼みすぎかな?と思ったが母が楽しそうにしてるから、まぁいいかと思った。
そして仕事から帰ってきた父には、以前からあればいいなぁと考えていたことをお願いした。お菓子作りに必要な材料やレシピなんかは、まだ後日だ。一人で厨房に立つこと許されてから、自分で探そうと思う。やっぱり自分の目で確かめたいしね。
「父様」
「ん?なんだいアーシャ」
「あのね・・・・・・」
私の呼び掛けに笑顔で応えてくれた父に、雨の日でも外でお茶会が出来るような場所を作って欲しいと頼んだ。
例えるなら小さな東屋とか、屋根付きのウッドデッキのようなものがあれば雨が降っても庭を間近で見て絵が描けるし、憧れの星空や月を眺めながらのお茶会なんかが出来るのではないかと思ったから。
もちろん断れることを視野に入れて、ダメだと言われたらせめてテーブルセットだけでも中庭に置いてくれないかと頼むつもりだった。
しかし、そんなお願いにも父は二つ返事で頷くと任せておきなさい、と私の頭を撫でた。
そうして数か月後に完成した建物を前に、私は二の句を告げないでいる。
「アーシャ、どうだい?」
出来上がったそれは、私の想像していたよりも立派で、立派すぎる出来栄えに思わずポカーンと口が開きっぱなしになる。
いや、てっきり私の中ではパラソル付きのテーブルとイスが置けれるくらいの規模でお願いしたのだけど、まさかガラス張りの温室が出来るなんて誰が想像出来ただろうか。
「とうさま、これ・・・」
「私の友人たちにも頼んで最高のものを作り上げたつもりなんだけど・・・・・・」
気に入らなかったかい?と聞かれて慌てて首を横に振った。
「そんなことないです!すごくすてきで、驚いてしまっただけです!!」
「本当かい?気に入らないところがあるなら、今すぐ作り変えて…」
「もう充分です!充分すぎるほどすてきですから!!」
むしろこんな立派で素敵すぎるものを前に、気に入らないなんて言えるはずがない。
私の力いっぱいの言葉に、父はようやく信じてくれたようで満足げに頷く姿にホッとする。
やはり貴族、根っこから考えが違うわ……。
それを改めて実感しながら、父の案内で温室に入れば色とりどりの植物が出迎えてくれた。
「わぁ……っ!」
この中が温室ということを忘れてしまうほど、きれいに調和がとれた空間にやさしい風が吹く。
どういう仕組みなのかはわからないが、父が直接選んだという外国の花や木々も植えられており、それが育つように温度なども最新の設備で整えてあるらしい。
「……すごい」
「気に入ってくれたようで、よかったよ」
「はい、すごく、すごく気に入りました」
もういろんなものが凄過ぎて、凄いとしか言えない。赤や黄色、紫といった鮮やかな色彩が目に入ったかと思うと、その隣には白い花をつけた木が私を迎えてくれる。アーモンドに似た花は、秋に赤い実をつけるのだと父に教えてもらいながらゆっくりと中を見て回れば、私は一つの木に目が留まった。
「これ……」
それが何か分かった瞬間、その場に吸い寄せられるかのように目が離せなくなってしまった。だって、その木は私がよく知る、あの世界で何度も目にしたものにそっくりだったから。
春になれば、その花を求めて多くの人が集まっていた。私がいた国を象徴する花でもあった、それ。
薄紅色の花弁を枝いっぱいに咲かせ、幻想的ともいえるその空間にふらふらと近づけば、まるで私のことを受け入れるかのように花弁が頭上に舞い落ちる。
ひらり、ひらり、ひらひらと・・・・・・。
久しぶりとも、お帰りとも、語り掛けているように聞こえて無性に泣きたくなった。
実際そんな声は聞こえていないのだろうが、私にはそう語りかけているように感じた。
まるで春の陽だまりの中にいるような、不思議な温かさを感じながら、私はその身に花びらを受けていた。
そうして幾度となくひらひらと、変わらずに花弁を降らせる様を無心で見つめていれば、父がそっと私の頭を撫でる。
「とうさま……」
「綺麗だろう?ラナの木、というらしいよ」
「らなのき」
……そう、こちらではそう呼ばれているのね。
私の知る桜と同じにしか見えないのに、名前が違うことにやはりここは、私のいた世界とは違うのだと再度実感した。
桜を見つけて、少々感傷的な気分になりかけたが、それよりもこうやって自分の知っている光景に再び出逢えたことに感謝するべきだろう。
それにラナの木のように、名前は違えど前の世界と同じようなのがあるということは、この世界にも似ているものがあるという証拠でもある気がした。
それならば私の求めるものも、きっとこの世界にあるはずだ。
そう思えば、すごく前向きな気持ちになれた。
「父様」
「ん?」
「・・・ありがとうございます」
素敵な空間を作ってくれて、懐かしいものに出会わせてくれて。
そんな思いを込めて言えば、父は私と同じ瞳を細めて穏やかに微笑んだ。その顔は確かに、鏡で見た私の顔によく似ていた。
……ただ今度から父様にはもっと具体的にお願いしようと、学習しました。
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