私たちのお姫様 父ウィリアム・ベッドフォード視点
仕事から帰ると妻のローズから呼び止められた。
「どうしたんだい?」
自分のいない間に何かあったのかと思ったが、妻の様子からそうではないことがわかる。困ったような、それでいて不安そうな視線に彼女がこれから何を言うかがすぐに分かってしまった。
「……アーシャのことかい?」
「えぇ」
アーシャ、私たちの可愛い娘で我が家のお姫様であるアイリーンはまだ5歳だというのに、手のかからない、いい子過ぎるほどのいい子だった。
同じ年頃の女の子たちはかわいいドレスやアクセサリーなどを強請るのに対して、娘から何かが欲しいと強請られたことは片手の数もない。
だからこそ、母であるローズはよく不安を口にするのだが。
以前にも娘付きであるメイドのリリアから鏡を見つめてはどこか諦めたような悲しい顔をするのだと聞かされたことがあり、その時もどうすればいいだろうかとローズは狼狽えていた。
しかしその時は話を妻から聞いたのだろう、メイド長のマリエルが気を利かして新しいリボンを用意し、それをつけてもらったアーシャはにこにこと幸せそうに笑っていたので夫婦揃って一先ず安心したのだが。
ただその姿が可愛らしくて兄であるエドワードが褒めても、それが自分に向けられたものだとはなぜか認識していなかった。
「アーシャ、今日はいつも以上にかわいいね」
「ありがとう。兄様、りぼんとてもかわいいでしょ?」
「うん、そうだね。でもアーシャがつけているから可愛いんだよ」
リボンではなくアーシャが可愛いのだと褒めちぎるエドワードと、リボンが可愛いから、と言うアーシャの平行線のやり取りに、思わず隣にいた執事と顔を見合わせたものだ。
「……あれはわかってやっていると思うか」
「いえ、素かと」
結局最後は褒めちぎる兄に照れたアーシャが話をそらして幕を下ろした。
その前から薄々感じていたが、アーシャはなぜか自分のことを過小評価する癖がある。
それはきっと無意識なのだろうが、いくら私たちがアーシャのことを褒めても身内贔屓だと思い込んでいる。
確かに私は家族が大好きだが、過剰に褒めたことなど一度もない。それはこの家に仕えている者も同じで、メイドのリリアを筆頭に執事であり日中この家を守ってくれているクロイツや庭師、料理長……すべての人間がアーシャを心から可愛いと思い、慈しみ接しているのにあまりそれが本人には伝わっていないようだった。
もちろん蔑ろにされているとは思ってはいないだろうが、なぜか容姿に関しての賛美は彼女には届かないことが多い。
「あら、アーシャ。可愛い髪型をしてるわね」
「リリアがしてくれました」
「ふふっ、本当にアーシャは可愛いわねぇ」
「リリアのおかげです」
「そうだわ!その髪飾りにあった新しいドレスを作りましょうか」
可愛い可愛い娘を着飾りたいと思うのは、親ならば当然の気持ちのはずだ。それなのにそう言ったローズに対してアーシャはあまり嬉しそうな顔をしなかった。どちらかということ困ったような顔になってしまい、もっと喜ぶと思っていたので親の私たちの方が困惑してしまった。
母であるローザが何とか可愛い我が子のためにドレスを贈ろうとあの手この手で理由をつけて作ってはいるが、娘の口から強請られたことは一度もない。
それどころかすぐに着られなくなってしまうから勿体などと言われて、かなり衝撃を受けたものだ。
それでもドレスを作るときにデザイナーと話をする姿や、一生懸命にリボンやレースなどを選ぶ様子から本気で嫌がっているわけではないことはわかる。そうでなければ新しいドレスを毎回律義に私に着せて見せに来てはくれないだろう。
私と同じ髪の色に母譲りの奇麗な宝石のような眼をした娘は本当に愛らしくて自慢の娘だ。艶のある長い髪にバラ色のリボンをつけて、白すぎるほどの肌を赤く染めて薄紅色のドレスを纏い微笑む様など、花の妖精かと本気で思うほど可愛らしい。同年代の子に比べて小さいこともあり、娘のお気に入りの中庭をちまちまと動く姿など屋敷の者にとって最高の癒しになっている。おまけにそんなに愛らしい子が身分など関係なく笑いかけ挨拶をしてくれるのだ。好かれないはずがないだろう。
最近では絵を描くことに熱中しており、またその絵がとても5歳児が描いたものとは思えないほどうまくて、もしかしてうちの子は天才なのだろうかと思ったほどだった。
しかしそんな賛辞にもアーシャは恥ずかしそうにするだけで、自分のことを凄いとは思ってもいなさそうだったが。
そして今日は何があったのだろうかと聞けば、婚約という単語が出てきて思わず固まってしまった。
「こんやく……?」
「あの子に好きな子ができたとか、そういうことではないのよ」
あまりにも酷い顔をしていたのか、ローズに苦笑されてしまったが、それを聞いてほっとした。ではなんなのだろうか、と続きを促せば先日婚約が決まった遠縁にあたる女の子の話をアーシャにしたと言う。
「私としては世間話のつもりだったのよ」
「あぁ、分かっているよ」
いつかは決めなければいけないだろうか、無理に婚約の話を勧める気は私にもローズにもない。それに可愛い娘を嫁に出すのだ、当然ながら相手は自分の目にかなったやつではないと認める気は無いし、むしろ一生嫁になど行かず家にいてもいいくらいだ。
そういえばローズの目が冷たくなったが、それくらい娘を溺愛している。
そしてアーシャはその話を聞いてから、またなにか考え込んでいるらしい。
「いきなり黙り込んでしまって・・・・・・でもその後すぐに笑っていたから・・・」
「笑っていた?」
「えぇ、だから心配しなくても大丈夫だとは思っているのだけど・・・・・・」
それでも心配なのだという妻の肩をそっと抱き寄せながら、娘を思う。
一人で考え込んで、なかなか私たちに話してはくれないアーシャ。それはきっと私たちのことを思い、心配をかけないようにという配慮なのだろうが、そんなことをせずに話して欲しいと思っている。
私達は家族なのだから。
「あとからさりげなく聞いてみるよ」
「えぇ、お願いします」
少しでもアーシャの悩みが消えるように。
あの子が笑ってくれることが、私たちの幸せだから。
そう思っていた私は、まさか晩餐の席で結婚の話をアーシャ自らされるとは思ってもいなかった。
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