今の私とこれからのこと2
毎日のようにスケッチブックに色鉛筆を走らせたおかげでそろそろ白雪姫の物語が完成に近づいている。あとは王子様を描いて、お城で幸せに暮らしましたと書けばめでたしめでたしとなる。
将来に向けて今は自分の出来ることを精一杯頑張ろうと決めてから、私の日常はとても忙しいものになった。
図書室に籠っていた頃を知っている兄の家庭教師から、それならアイリーン様もそろそろきちんと勉強を始めてみますか?と言われ、それに頷いたのが運の尽き。
いや、勉強自体は難しくないのだけれど前と比べて自由な時間は目に見えて減ってしまった。座学に加えて社交ダンス、礼儀作法といった前世の私には無縁だったお嬢様に必須の講義も始まり、始まった一週間ほどは部屋に戻るなり、すぐに寝落ちしていた。
子供なのに、こんなにやることが多いなんて・・・!!
小さい頃からたくさんの家庭教師に囲まれる日々に、お嬢様って大変なんだなぁと改めて実感した。世の中のお嬢様やお姫様は毎日こんなにも色んなレッスンを受けているのかと思うと、本当に尊敬する。だからこそあんなにもテレビに映る宮様たちは優雅な仕草で綺麗に微笑むことが出来るのだと納得した。やはりあれは長年の教育の賜物なのだと。
だからこそ私はかつてテレビで見た優雅なお姫様の仕草を思い出しながら、懸命にレッスンを受けていた。
これもすべて、自分のしたいことをするために必要なこと!と必死に自分に言い聞かせた。
特にダンスなんて前世の時でも体育祭とかで踊るしかやったことがないから、なかなか体に馴染まず慣れない体勢にステップに悪戦苦闘だらけだった。
「いちに、いちに・・・・・・お嬢様、足が遅れてますよ!」
「はいっ」
先生の声に、頭の中でリズムを刻みながら必死で足を動かす。
少しでも父や母の顔に泥を塗らないように、兄の足を引っ張らないように。
それがこのベッドフォード家の娘に生まれてきた役目でもあるから。顔はどうにもならないけれど、中身くらいは立派な伯爵令嬢になろうと。
そうやって毎日立派なお嬢様になる為に努力を続けて、なんとか形になってきた頃には私も5歳になっていた。
5歳になれば、多少なりとも出来ることが増えてきて絵を描くこと以外にも、かねてからやりたいと思っていたお菓子作りも出来るようになった。
・・・・・・と言っても過保護な家族を筆頭にメイド達からも危ないと止められてしまい、貴族のお嬢様が普通は厨房にはいるなんてことしないみたいなので料理長たちにはすごく驚かれ同じようにストップがかかったので、今はまだお菓子を作る料理長のそばで私の要望を伝えて作ってもらう形なのだけど。
いつかは絶対私ひとりでケーキを作るんだから!!
そして憧れのお茶会をひらくのだ!と思いながら美味しくて可愛らしい私の理想通りに作りあげてくれる料理長のお菓子に舌鼓する日々だ。
そんな矢先に遠縁の私よりも少し歳上の女の子が、ある男爵家の次男と婚約が決まったという話をお茶の時間に母から聞いて私の思考は固まった。
婚約、って・・・・・・あの婚約だよね・・・・・・?
確かその女の子は3つ上だったはず。
つまり、8歳ってこと・・・・・・え、そんな小さい時から婚約者って決まるものなの?!
婚約なんて、私の中では恋人が出来て結婚をする前に結ぶもの、というイメージしか無かったからとても驚いた。でもこの世界では、それが普通なようで幼い時から婚約者を決めるのはそう珍しいことではないようだ。
現に驚いて固まっている私をよそに、母はふわふわと柔らかく微笑んでいる。
「アーシャは誰と婚約して結婚するのかしら」
「こんやく・・・・・・」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、私もお父様もあなたやエドの意志を無視することはしないわ」
だから好きな人が出来たら教えてね、お母様頑張っちゃうわ。
なんて少女みたいに可愛らしく笑う母に、自然と体の力が抜けていく。無意識に緊張していた体をほぐすようにリリアが淹れてくれたミルクティーを口に含む。そうすれば優しい花の匂いがして、ほっと吐息が零れた。
きっとこの両親であれば、母の言う通り私の意思を無視して婚約者を決めたりはしないだろう。
世の中政治的な理由で好きでもない人と結婚する人もなかにはいるのだから、そう思えば私はとても恵まれている。
それでもいつか、私も誰かの家に嫁ぐ時が来るだろう。この世界では、それが当たり前なのだから。
それを頭では理解しているのだが、心の中で嫌だ!と叫ぶ私がいる。
私に甘く優しい両親は私に合った素敵な婚約者を探してくれるだろうし、私が嫌だと本気で言えば無理には勧めないだろう。だがそれで家族に迷惑をかけるのは嫌だ。家族のお荷物にもなりたくない。
それでも他所の家に嫁いでしまえば、私は私の夢が叶わなくなってしまう。
だって嫁いだ先で好き勝手にする嫁なんて、相応しくはないだろう。
だからといって嫁ぎもしないで私がこの家に残るのはほぼ不可能だ。行き遅れた娘に周りがなんというかなんて、考えなくともわかる。それにこの家を継ぐ、なんて考えは私には最初から無いし、跡継ぎには優秀な兄様が1番相応しい。
「・・・・・・・・・・・・」
「アーシャ?」
「お嬢様?」
考え込む私に、母とリリアの心配を滲ませた声がかけられるが一人自分の世界に飛んでしまっている私には聞こえていない。
どうすればいい?
どうすれば私は夢を叶えられる?
その時にピコン!と私の頭に浮かんだのは少し前に家族で訪れたベッドフォード家の領地のことだ。
王都より東にあるその場所は気候も穏やかで、とても心地の良い場所だった。
普段は外交官として城勤めの父は、領地の仕事は祖父の代からベッドフォード家に勤めていて現在領地にある屋敷の管理をしてもらっている執事のセバスチャンに任せている。そして領主である父は時折領地の様子を視察し、王都に戻ってくることを繰り返していた。
父が言うには、本当は領地に引きこもって領主の仕事に集中したいらしいのだが、話術と交渉術に長けている外交官の父が抜けては他国との交易で支障をきたすらしく他国の視察団が多く訪れる社交シーズンなどは家族の時間が少ないとよく嘆いているのを聞く。
家では私にでれでれの父でも、外では仕事のできるしっかりとしたエリート様らしい、母曰く。
そしてその領主代行をしているセバスチャンはそれなりの歳だ。未だ現役だといっても、兄が領主になる頃にはそろそろ次を見つけなくてはいけないだろう。
そこで私は思ったのだ。
・・・・・・これ、私が領主代行をすればいいのでは?
そうすれば私はお嫁に行かなくてすむし、私は領地で好きなことが出来るうえに、父様も兄様もわざわざ人を雇う必要性もないし、領主代行なんて仕事は余程信頼していないと他人に任せられないから新しい人選をするのはそれなりに大変だけど、それを私がすれば、私の目で見た事そのままを伝えることが出来る。それに今なら現役のセバスチャンに領主代行のいろはを教えて貰えるうえに私は貴族の煩わしいご機嫌伺なんてしなくていい。社交界だって、領地の仕事が忙しいのだといえばそこまでしつこく言われることはないはずだ。つまり苦手なダンスをしなくてもいい!
うん!これなら私にとっても得しかない!!そして私は優秀な人材をゲットして婿養子になってもらえば何も問題ないはずだ!!
頭の中に浮かんだ案にこれまでの悩みとかが一気に解決気がして私は内心小躍りしたい気分だった。
よし、これでいこう!
「アーシャ」
「ふぇ?」
呼ばれた名前に顔を上げれば、そこには心配そうな眼差しの母。隣に立つリリアも同じ顔をして私を見ていて何かしてしまっただろうかと慌ててしまう。
「アーシャ、何か言いたいことがあったら言うのよ」
私達はあなたの味方なのだから。
そう微笑む母にはい、と頷きながら私はこの考えを早く伝えたくてたまらなくなった。だから早く父様が帰ってこないかなぁと思った。
黙りからにこにこになった私に、母とリリアが視線を見合わせて何を考えていたのかは分からなかったけど。
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